第8話 同居人が増えた

付喪神社 夜


 雑木林を抜けて、見えてきた付喪神社。数年前に別れた子がこんな近くにいたと知ったら、梅さんも驚くだろう。


「……本当じゃ。以前のように、とまではいかぬが……確かに力を取り戻しつつある」


「ささ、梅さんはこちらですよ!」


「う、うむ……」


 そのまま、近くにあった梅さんの家へと歩いていく。すると、そこにはちょうど縁側で夜空を見上げている彼女の姿があった。


「…………! あなたは、まさか……!」


「……久しぶりじゃのう、梅」


 フウリを見た瞬間に立ち上がり、駆け寄る梅さん。そのまま二人は抱き合い、数年ぶりの再開を噛み締めた。


「……よかった、まだ力が残っていたのね……!」


「うむ……心配をかけてすまなかった。まあ、本当は力なんぞ尽きておったのじゃが……そこのスマ子とやらに叩き起こされたおかげで、こんなに元気になってしもうたわ」


 ひねくれ口を叩きながら、梅さんの背中を擦るフウリ。その光景はまさに感動の瞬間というもので、スマ子は泣き出してしまっていた。


「うっ、うっ、よがっだでずお婆ちゃん……」


「これにて一件落着ってとこだな。めでたしめでたしだ」


 これできっと、梅さんも寂しくなくなるだろう。後はゆっくりと後継者を探せばよいだけだと、そう思ったのだが──


 ──まさかまさか、話は予想外の方向へと進んでいく。


──────────


それからしばらく


「……えぇぇぇぇ!? フウリが俺と一緒に住む!?」


「うむ、よろしく頼むぞ!」


「いやいやいやいや。え? 梅さんは大丈夫なんですか?」


 二人で話しているのを邪魔しないようにしてしばらく。戻ってきたフウリから伝えられたのは、一緒に住むという衝撃の言葉。


「ええ、大丈夫よ。この子は人見知りで、あまりここから外に出たことがないのだけれど、あなたになら安心して任せられるわ」


「え、えぇ……?」


「な、なんじゃ! われと共に暮らすのは不服か!?」


「いや、不満はないけどさ……一人暮らしだから問題もないし」


「私も問題なしですよ! これからよろしくしますね、ふーちゃん!」


「よろしくなのじゃ、スマ子!」


 俺より先に、握手を交わす二人。

 一応、俺が家主なんだけれど、お構い無しのようだ。

 というかふーちゃんって。それでいいのか付喪神よ。


「……私の心配は大丈夫よ、博文君。この子が自由に生きてと言ってくれたのなら、私も自由に生きてと返したいだけだから」


「それならまあ、いいですけど……」


「話はまとまったようじゃな。ではよろしく頼むぞ、博文とやら!」


 てくてくと鳥居に向かって歩きだすフウリ。長すぎる髪を引きずっているのが気になるが、ひとまずは三人で俺の家へと帰るのだった。


──────────


その道中にて


 借りているアパートへの道のり。もう夜中とはいえ、ただの道に障害物があるはずもないと思っていたのだが…それは違かった。


「ひうぅぅぅぅ…………」


 目を潤ませて、俺の手を握りしめ、さらには服の裾まで掴んでくるフウリ。今までの態度はどこへやら、めちゃくちゃビビっている。


「……えっと、歩くぞ?」


「う、うむ……分かったのじゃ……われも、頑張るのじゃ……!」


 おや、こっちの車線に車が来そうだ。


「……ひぁぁぁぁ!?」


 通り過ぎた瞬間、こちらの体にしがみついてくるフウリ。さっきからこの調子で、全然進まない。


「うぅぅぅぅ……」


【ほら、ふーちゃんファイトですよ! お家まで残り500mです!】


「ご、ごひゃく……ひろぶみぃ……われはもうむりじゃぁ……」


 弱々しい表情に加えて、上目遣いで助けを求めてくるフウリ。なんだこの可愛い生き物は。


「……しょうがねぇな。ほら、乗れ」


「んぅ……?」


 背中を向けて、おんぶの体勢を取る。さすがにこのままだと夜が明けそうだし、これなら髪を引きずることもないはずだ。


「……うむぅ」


 そっと、背中に身を預けるフウリ。それを受け止めた瞬間、俺の体を駆け巡ったのはまるで稲妻のような感覚。まるで、何かに目覚めるような強い衝撃。


(……!? もしや、これが……父性!?)


 なんだろう、すごく……守らねば! という意思が湧いてくる。そして、さりげなく首筋に顔を埋めてくるとか反則では?


「よしよーし、大丈夫だからな……」


 泣き出しそうなフウリをあやしながらしばらく歩くと、見えてきたのは俺のアパート。

 こうして俺達は、無事に部屋へと帰ってこれたのだった。


──────────


博文の部屋


「う、うむ! ご苦労であったぞ博文! そ、その……誉めて遣わす!」


 どうやらフウリは外が極端に苦手らしい。部屋に入ったら今まで通りの、のじゃロリへと戻っていた。


【それじゃあまずはお風呂ですね! ふーちゃん、土で汚れてますから綺麗にしないと!】


「……! よし、それは俺がやろう。任せてくれ、下心なんて一切ないから」


「うむ、では任せたぞ」


「ああ……ってえぇ!? ほ、本当にいいのか!? アイがお背中流してオーケー!?」


【…? 別に大丈夫では?】


 その思いもよらない返答にめちゃくちゃ驚く。正直なところフウリに嫌がられるか、スマ子に妨害されると思っていた。

 しかし…良いと言われたのならこの車田博文、遠慮せん!! 


「よ、よーし! それじゃあ風呂に向かうか……! ぐへへ……」


「うむ、綺麗にするのじゃ!」


 こうして、美少女の背中を流せるとウキウキで風呂の準備をする。そしてついにやってきた、入浴の時。

 鼻息を荒げながら、開けた扉。その中で俺が見たものは…………







 ただの風鈴だった。


「…あるぇ????」


『ほれ、早く洗うのじゃ。この方が洗いやすいじゃろう』


「……ウソダドンドコドーーーーン!!」


 その日、俺は風呂場で必死に風鈴を磨いた。泣きながら、磨いて磨いて磨きまくった。

 

(こんなのってありかよ、ちくしょー!! くそっ、こうなりゃ自棄だ!! ピッカピカにしてやるからなぁぁぁぁ!!)


【にゃん? 今、お風呂場からご主人の叫び声が……? まあ、気のせいですよね!】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る