マゼラン星雲まで届け!星歌聴こえる高原の吹奏楽
楠本恵士
星歌聴こえる高原
第1話・とりあえず、やってみた
「あんた、また何やったのよ! さっき職員室の前を通ったら先生たち、あんたの名前を出して揉めていたわよ!」
高校の吹奏楽部に所属している、ユーフォニア奏者の女性部長。
『牧村 南』は部室で、のんびりと焼きそばパンを食べている、トランペット奏者の男子部員『野辺山 夜空』に向かって腰に手をあてて怒鳴る。
「最近、やたらと大人しくしていると思ったら……なんか企んでいたでしょう、あんた!」
焼きそばパンを食べ終わった野辺山は、動じる様子もなく傍らに置いてあった愛用のトランペットの手入れをしながら言った。
「別に悪いことはしていないぞ」
そう言って、野辺山は手にしたスマホの画面を、牧村に向ける。
顔をスマホに近づけて、表示されている文章を読んだ牧村が、呆れ返ったような驚いたような声をあげた。
「これかぁ! さっき、地元新聞社の腕章した人と廊下でスレ違ったから、変だと思ったけれど……あんた、誰にも相談しないでなんてコトしてくれたのよ! 地元では有名な新聞社が学校に取材に来ちゃったじゃない」
動揺している牧村とは対照的に野辺山は、平然とした口調で言った。
「思ったより早かったな……取材が来るの。姉貴が言った通りだ」
拳を握り締めた牧村は、ワナワナと震える。
「やっぱり、吹奏楽部OBの。野辺山先輩とあんたが企てた、野辺山姉弟の計画」
野辺山の両親は、世界的な楽器奏者で世界中を飛び回っていて。
年に数回しか、家には帰ってこない。家に居るのは野辺山姉弟と週数回訪れる、男性家政夫だけだ。
自由奔放で放任主義の両親に育てられた、野辺山の性格も大胆で自由奔放。
野辺山が言った。
「オレは肯定から入る、思いついたら即行動──とりあえず、やってみる」
「モノは言いようね、そう言えば聞こえはいいけれど、早い話が後先考えない無計画のバカじゃない……はぁ、いつも周囲が振り回される。この流れだと、引くに引けない状況にまたさせられる」
ギロッと野辺山を睨む牧村部長。
野辺山の両親が世界的な楽器奏者なのに加えて、野辺山 空もトランペットの独奏で何回も賞を獲っているので、教師たちも何も言えない。
唯一、野辺山に文句を堂々と言えるのは部長の牧村だけだ。
その時、部室のドアが控えめにスゥーッと開き、吹奏楽部顧問の女性教師『青沼』がすまなそうな顔を覗かせて言った。
「あのぅ……牧村さん、忙しいところ悪いんだけれど、新聞社の取材受けてくれない……今回のイベントを企画提案した吹奏楽部として」
青沼先生の背後に見えた、新聞記者の顔に牧村は頬をヒクヒク痙攣させた。
次の日、新聞には写真つきで記事になって載った。
にこやかに、インタビューを受けている自分の記事写真を部室で見ている、牧村の新聞を持つ手が怒りでプルプルと震える。
「しっかり、吹奏楽部が主体でやるコトになっとるがな」
牧村の背後から紙面を覗き込みながら、野辺山が他人事みたいな口調で言った。
「部長、完全にカメラ目線でノリノリだな」
「あんたが、写真には写りたくないって逃げたから。しかたなく、あたしが記者のインタビューに応対したんでしょうが! まったく、青沼先生も肝心なところでビビって逃げちゃって」
記事の見出しと、記事の内容はこうだった。
【高校の吹奏楽部が提案して企画、被災から復活した楽器と、その演奏者をインターネットで募り星歌の高原でチャリティーコンサート】
新聞の記事に、頭を抱える牧村 南。
「学校も地域も全面的に、高校生のコンサート企画に協力……なんか、とんでもないコトになっている」
「まぁ、がんばれよ」
「なに、他人事みたいな顔しているのよ! 企画した張本人が!」
コンサート開催に向けて勝手に周囲が、進まされている感じだった。
牧村が指で数えて、現在の吹奏楽部の演奏ができそうな、楽器の数を数える。
「今この吹奏楽部の一年生と二年生が扱える楽器は──ピッコロ・フルート・ホルン・サクソフォンだけ……オーボエがいない」
「オレのトランペットと、部長のユーフォニアもあるぞ」
「それと、被災して奇跡的に鍵盤が生き返ったグランドピアノかぁ」
牧村は、取り出した自分のスマホで、コンサートイベントに参加してくれる楽器の募集を野辺山がしているツイッターを見た。
かなりの数の応援メッセージや励ましの言葉、参加希望の楽器演奏者からの書き込みがあった。
そもそも、野辺山が高校生が企画するには無謀とも思える、今回のコンサートイベントを計画したきっかけは。
水害で被災して泥を被ったグランドピアノが復活して音が出るようになった……と、いうのをネットで目にして。
【被災から復活した楽器を集めて、チャリティーの吹奏楽コンサートをしたい】という強い想いからだった。
「メインの被災したピアノの演奏は、オレの姉貴が担当してくれるって……町の人たちが協力してピアノの調律師と一緒に、コンサート会場までピアノ運んでくれるってさ」
「野辺山先輩なら、ピアノ演奏のコンテストで、受賞経験もあるから演奏者としての実力はあるだろうし。
確かに、あんたのやろうとしているコトは悪いコトじゃないんだけれど……だけどなぁ、コンサートやるとなると、いろいろと準備が……演奏日時とか、練習場所とか、コンサートする場所とか」
「そんなに心配するな、なんとかなるなる」
「あんたは、少しは心配しなさいよ! あっ、心配しすぎてお腹痛くなってきた」
下腹部を押さえて屈んだ牧村に、野辺山が少し下品な冗談を言って。
怒った牧村は、近くに置いてあった音楽雑誌で野辺山の頭を強く叩いた。
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