第23話 “未来”へと続く因縁
「(ククク…実に好くこなれてきておる―――我輩が治めし世の時分には“内乱”“内紛”なぞはついには起こらなかった。 退屈なものだった―――本来であればその様な事象を軽く収めさせてこその統治者冥利に尽きると言うモノ、それも出来ずに天命を全うするものかと思いきや…殊の外良い巡り合わせであった―――としか言う外はあるまいて…。)」
魔王城の玉座に重たい腰を据え、今回自分が決定した事に思いを馳せさせる魔王ルベリウス。 そして彼自身不詳の女からの
それに、前回のミカエルの言にもあったように彼の1200年もの治世の間に“内乱”や“内紛”の類など何一つなかった事も明るみになってきました。 だとて―――彼自身も王の一人ならば、そんな不祥事の一つでも収めさせてみたくなるとの慾が出てくる…そうした機会に不詳の女―――ニュクスの来訪、彼自身この事自体を機会と捉えニュクスが自分の世界で何を企てようとしているのかを知り、敢えて 豹変する―――と言う態度に出てみる事にしました。
それに彼の“眼”は曇ってはいなかった―――
「(さて…それは良いとして、果たして何者が我輩の前に現れたるかな―――我輩としては200年前に我輩の講演会を開いた折、我輩の治政の理念を聞きにきおった者がいた事があったな。 我輩と同じく〖昂魔〗出身の……紅き髪に、やけに紅き瞳を“キラキラ”と輝かせておったあの女史―――果たして名はなんと名乗っておったか…)」
そしてルベリウスは過去に思いを馳せる―――現在から200年前、丁度カルブンクリスが彼の開いた講演会を聞きに行った時の事、その講演会の後で情熱的な女史の―――カルブンクリスからの質問責めに遭っていた事を思い出すルベリウス。 しかしその余りにもの情熱の際に、その女史の名を聞くのを失念していた…けれど印象としては深く残っている、まるで焔の様な情熱的な“紅”の髪と瞳―――その時の熱の籠り様を片時ですら忘れたことはなかった。 ルベリウスはこの時まで未婚ではありましたが、将来的に娶る際には例の女史を…と、考えてはいたようです。
* * * * * * * * * *
それはそれとして―――自分の悩みを須らく解決させたカルブンクリスは…
「皆には申し訳ない、私の下らない悩みで足を止めさせてしまった。 けれどもう、私は迷わない―――何としてでも現政権を倒すのだ!」
「そうこなくっちゃなあ~!」 「ふふ、停滞をした分速度を速めなくては。」 「けれどそれをするには敵側の情報が必要ですよね、こういう事もあろうかと既にここ2・3日の魔王軍の動向は掴んでおります。 つきましては―――」
「(何だ…今の、違和感?確かに私達はカルブンクリスの意思を重んじ現政権に反旗を翻してきたが―――それが昨日まではそこまで強くは言っていなかった…『政権の打倒』等とは!)」
つい先程前の彼女とは違う―――それはカルブンクリスの矜持に感銘を受け、彼女に師事を仰いでいたニルヴァーナには感じていた事でした。
ニルヴァーナがカルブンクリスの師事を仰いだのは、主には昏迷しつつあるこの
そして“決起”の壇上から下がった盟友に―――
「待て、カルブンクリス…何があったと言うのだこの短時間で。」 「ニル―――君か…まさか君がこんなにも早く気付くなんてね、嬉しい誤算だ。」
「(!)その口ぶり…やはり先程何かあったと言うのですな。 ならば一体ミカエル様と何を話し合われておられたのです!」 「今回の―――“動機”…かな。」
「(“動機”?)しかしそれを話される為に私達を招集したと伺ったが、土壇場で中止の意向を伝えられたとも……」 「聡くなったなあ、君も……ああ、そう言う事だ。 “
「ま……さ、か―――」 「ニル、この事は口外無用だ、少なくとも私達の叛乱が収まるまでその胸にしまっておいてくれないか。」
やはり―――違和を感じた…どころの話しではなかった。 自分の盟友は大天使長からの啓示を受け、魔王ルベリウスの
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一方、叛乱軍のカルブンクリスが決意を新たにしたのに対し、
「な―――なんて言いました?今…」 「……。」
「返答を―――第一軍司令官ホウンセン殿。」 「故あって、軍籍を退きたい―――そう言ったのですが、総参謀殿…」
「その“故”とやらを明らかにしてもらいたいですな、魔王軍主力である第一軍が主力でなくなったら…」 「おかしな事を言われるモノだ、第一軍は無くなりはしない、ただそれを指揮していた自分が職を退きたいと申し出ているのだ。」
「だから!判んねえなあーーー何で今の大事な時期に辞職など…」 「自分も、100年に亘って軍籍を置いてきた、その間に功労は尽くしたと感じております。 つきましては―――」
「いい加減、肚割りましょうや…この50年の間で忠誠を尽くす価値が無くなったと。」 「しかし、実に好い内容(俸給)でした、蓄えも目標額に達し第二の人生は土に塗れようと考えている次第であります。」
「(…ち)いくら引き留めても無駄って事ですか―――オレとしちゃあんたは割かし“いい駒”の一つだったんですがねえ。」 「期待に沿えなくて残念至極、それではいずれ、また。」
魔王軍でも主力とされる第一軍の司令官であったホウンセンが何故かこの時期に自ら職を辞した…その事に当初ベサリウスは戸惑うばかりでした。 それもそのはず、今回の『ヴェルドラリオン襲撃』の意図を理解してくれた上で自分の軍略に従ってくれたのです、だからこその“いい駒”―――悪い意味ではなくこちらの意図している事を理解して動いてくれると言う意味合いでベサリウスはホウンセンを評価していたのです。 その将校が自ら『辞めたい』と言って来た、しかも理由も取ってつけたかの様な理由で。 それにベサリウスもホウンセンの動機に一定の理解を示しました、実に100年もの間魔王軍に軍籍を置き、その間の勲功も目を見張るばかり…第一軍司令官を拝命した時でも軍籍を置いてから40年経った頃と言えば遅咲きとの評価は拭えないのですが、それでも彼は魔王に一途に忠義を尽くしてきた―――それなのに…しかしもう、辞める決意を固めている者にこれ以上の説得は無駄だと判断したベサリウスはホウンセンからの辞表を受けざるを得なかったのです。
「(しかし困った……あのおやっさんはオレの意図を理解してくれていたからいいようなものを、後任誰が来るのかは知らないが人選によっちゃ“詰む”事も有り得るぞ。)」
今ベサリウスが頭を悩ませている事は、如何にしてこの戦争を終息させるか―――叛乱軍の噂は聞きつけていた、50年前から方針転換した現政権のやり方に反発をする。 その事自体ベサリウスは“悪”だとは思いませんでした、何故なら彼も現政権のやり方には思う処があったから―――だとてその事を声高に言って何になるだろうか、ベサリウス自身も今は現政権下に仕える者の一人、そんな者が現政権を批判すると言う事はあってはならない話し。 それに今の時期に“内乱”“内紛”を平定するのも無理があると思っていた、現政権の膝元で叛乱軍が騒ごうとも―――まずは話し合う機会を設けるべきだと…しかしそんな事すらせずに魔王はシャングリラを襲った―――襲わせた…しかも最悪な事に魔王軍は敗けることなく寧ろ連戦連勝、これでは講和の際の交渉も神仙―――延いては〖聖霊〗を追い詰めかねない条件しか提示する事が出来ない。
しかしそこへ一筋の光明が―――今までは本格的な叛意を見せてこなかった叛乱軍が主戦力を動員させシャングリラを援護したのです。 それを機にベサリウスは女媧と講和を結びどうにか魔王軍を退かせる事が出来たのでしたが……問題はそこから―――ここからどうやって終息させていくか…その為の“駒”を、たった今失ったのです。
「(それよりもまあ、もう少し柔軟に事に備えるか……それに、オレの“嫌がらせ”はこういう時に発揮しなくちゃあなあ。)」
彼の軍略は、一言で説明してしまうと簡単明瞭―――“嫌がらせ”…それが転じて『ヴェクサンシオン』と言われていました。 無論、戦力が整っている時には使う必要のないものでしたが、その『ヴェクサンシオン』が本領を発揮するのは、弱体化した…或いは寡兵を以て大軍と相対する時―――
ある方面で珍しくニルヴァーナが撤退を余儀なくされました。 そして撤退した陣営では―――
「珍しいわね、あなたが撤退をしてくるなんて。」 「申し訳次第もないアンジェリカ殿、私も些か頭に血が昇ってしまったようだ。」
「それこそ珍しいわね、どんなに煽られた処で平然としていたものだったのに。」 「私も、私自身の事なら悪く言われても我慢は出来る―――が…」 「仲間の事となると―――か、むしろ賞賛すべきなのはニルヴァーナを嵌めた者だな。」
「ちょっ―――コーディ!それっていくらなんでも…」 「もう少し厳しい言い方をするなら、その者の策略にはまってしまったニルヴァーナに非はある、なにしろ弱点を知られたようなものだからな。 それに今後、相手としたらその手を使わない手はない。」
「(……)それより、ニルヴァーナを嵌めた者って何者なの?」
この頃になると名将の風格さえ漂わせ始めてきたニルヴァーナが、出撃時の兵数を半数に減らして戻って来た。 名将と呼ばれる条件は自軍の損害を最低にしておきながらも最大の功績を上げられる者―――巷でも【
「(……ッッ!ベサリウス―――)」
『魔王軍総参謀ベサリウス』―――その名を聞くと同時にアンジェリカの表情が引き
それにアンジェリカにしてみれば、味方がそんな目に遭ったのだから直接そいつの頬を引っ叩いてやりたい―――とはしていたのですが…
「(それが出来ればこんな苦労はしなくてもいいのよねえ~。 ホンッッット、そもそもの原因作ったのはあのクソ魔王でしょうにい~!)」
「(
「(それより、我慢ならないのはローリエの事を悪く吐った事です。)」 「(珍しい事もあったもんだなあ~?生前には鬱陶しいとしか思えてなかったお前が―――)」
「(その事、今では後悔しています…その身を呈して私を護ってくれた事に―――どうして私は邪険に接したものだと…)」 「(悪かった―――けどな、その事は判るにしても今度はお前が…)」
「(それは一番私が判っています、忍たる者いついかなる時でも冷静に状況を判断しなくては―――それに私が生き延びる事こそがローリエへの一番の供養…と、そう考えています。)」
今回ニルヴァーナが撤退した事は、叛乱軍にとっては悪い情報でしたが身内の仲間にとっては結束を固くする良い機会となったようです。
それに―――時間が経つにつれ、戦局も傾き始める…蜂起した当初は魔界の正規軍相手に―――と、誰もが及び腰になっていたものでしたが、叛乱軍の広報活動が効いてきたのか叛乱軍に参画する者達も増え始めました。 中でも注目すべきだったのは、カルブンクリスと距離を置いていたはずの―――
「(エルフ…それに―――)私に何か?」
「私の名は『イレーヌ』…そしてこちらは―――」 「『ロクサーヌ』…と申し上げます。」
奇しくもエヴァグリム出身のエルフ―――と、エルフにしては肌の色素が濃い『ダークエルフ』…その2人がカルブンクリスの下を訪ねてきたのです。
「確か…イレーヌと名乗ったあなたは。」
「お察し頂きありがとうございます。 如何にも私は“元”エヴァグリムの王宮に仕えていた身。 そしてこちら―――」 「私は『ネガ・バウム』と言うダークエルフで形成している国の官僚でした。」
「『でした』―――とは、職を辞されたと?また、なぜ。」
「あなた…いえ叛乱軍が掲げる矜持に時勢を感じたまで、我が国の王妃ヒルデガルド様は
「了解した。 ありがたくその心意気受け取らせて頂く。 それに本音を漏らさせて頂くと本当に助かる、軍事面に於いては充実は図られているものの内政面は―――ね…。」
その、エルフとダークエルフの経歴を聞くなり察するに至れた。 『イレーヌ』と名乗ったエルフはエヴァグリムの王宮仕え、しかも国王であるセシルの妃である『ヒルデガルド』付きの侍女だった、片や『ロクサーヌ』と名乗ったダークエルフは、『ネガ・バウム』と言うエヴァグリムに隣接する王国の一つでロクサーヌ自身そこの官僚の一人でもあったのです。 しかも叛乱軍の広報活動が効いたものか、それを機に叛乱軍へと参画したと言うのも…ともあれ人員の拡充は課題の一つでもあった為、断る理由もないのです。
* * * * * * * * * *
それは―――それとして……
「(まだ…足らない―――ヤツに対抗するには圧倒的に…あの
ニュクスは
終には『とある神』の策略に嵌り、全面的に争う体を取るしかなくなってしまった…けれど、争うにしても『とある神』自らが対処する事はありませんでした。
神ではないものの、神と同義のニュクスを敗った者達―――それは奇しくもニュクスの支配地域にも多勢いた『ニンゲン』なる種属でした。 それにニュクスは知っていた―――ニンゲン《彼ら》は
「(バカな?なぜわたくしが…ニンゲン共の手によって屈辱を味わわされている?)」
「覚悟はよろしいか―――【
「当然じゃないか、誰があんなヤツなんかに―――!」 「どうやら、口の利き方がなっていないようですなあ?ニュクス…最弱である我等の前に屈する恥辱だけでは物足りませんでしたかな。」
「ああ残念だ―――無念だよ!だが敗軍の将を前に名くらい名乗ってくれてもいいんじゃないかね、それがせめてもの情け……」
「(そこで聞いた―――その者の名前…けれどそれは『名前』ではなかった。 わたくし達には産まれ出れた時よりその親から名前を授けられる、それがわたくしの様な『ニュクス』であったり、『ベレロフォン』であったりするものだ、けれど…今回わたくしを敗かしたヤツはそんな名前をしていなかった―――いや、あれは個人を特定する『名前』ですらなっかった、まるで役職―――まるで職業名の様な…)」
後で判った事でしたが、その当時ニュクスを敗った者は『とある神』からあるモノと引き換えに
「(『勇者』…こんな者を自分の手駒とするなんて―――しかも、生来からあった名前を捧げさせてヤツはなにを企もうとしているんだ!?)」
そしてニュクスの処分は決まる―――そう、彼女本来の世界『幻界』ではなく、『魔界』を攻略する為の礎と成る…成って、果てる―――それが魔界を我が物にしようとした『とある神』、【邪神アンゴルモア】唯一つの野望だったのです。
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