第21話 『埋伏』の計略
幸いにも―――傷の一つも付いていなかった…まるで、眠っていいるかの、ようだった。 けれど何が原因で“死”に至ったのか―――上半身と下半身を縫い合わせた痕、冒険者間で本来の名とは違う名で呼ばれている【美麗の森の民】―――その名に相応しく、その美貌までは損なわれていない。 けれど―――もう―――息をしていない…愛していた自分の
「いえ、あなたの
そんな事が、なぜ判る?
「私も当初は、私の考えに賛同してくれた事は嬉しくありました。 けれどその意思には大変危険が伴う事も承知していました、ですから私の方も細心の注意を払い―――」
「もういい…言い訳は沢山だ、ここから出て行ってくれ。」
「え、いやですが、しかし―――」
「いいから出て行けえ!当分お前達の顔は見たくもない!」
“何”が気に障ったのか、烈火の如くだった。 それにカルブンクリスも交渉を得手としていた為、こう言った精神状況の相手に例え丁寧な説明を尽くしたとしても理解は得られないものと感じ、日を改めて出直す事としましたが―――
「(面会謝絶…困ったものだ、これでは箸にも棒にも掛からない。 私としては一刻でも早く誤解を解き、エルフ王国との関係を築きたいのに―――)」
しかしこの後200年余り、エルフ王国はどこの勢力とも国交を開く事はありませんでした。 そう鎖国状態―――それが何故か200年の後に要請に応じたのかと言うと、そこには所属している母体〖聖霊〗の説得があったからではなかっただろうか…それが時を隔てるとカルブンクリスの政権にはなくてはならない存在にまでなっていた、そこはシェラザードの功績があったからこそなのですが…
* * * * * * * * * *
「(ある程度の拒絶は想定はしていたが…まさかあれ程とはね、それはまあ置いておくとして当面はどう局面を持っていくかだが―――)」
エルフの王国『エヴァグリム』との関係もそうでしたが、今現在でのこの局面で大事なのは魔王軍との戦局。 神仙の本拠であるシャングリラはどうにか失陥は免れましたが、魔王軍との戦闘で壊滅寸前まで追い込まれてしまった、多くの施設や路や橋などは軒並み損傷され物資の流通も儘ならない…加えて多くの神仙が死傷したのも痛手でした。 けれど、長である女媧が生き残っている―――この事実はカルブンクリスにすれば一筋の光明でもあったのです。 それというのも神仙族の多くは女媧より産み出された…いわば母体である女媧が安全であればまた新たな神仙が産み出されるのです。 それにこれは負傷した神仙にも言えた事でした、今回魔王軍に対抗する為に防衛の軍を率いた二郎真君も今回の戦闘で著しく傷つきましたが、女媧が生き残っている事で回復・再生することが出来たのです。
だからと言って順風ではありませんでした。 傷付き亡しなった者を復活させるのに何の不利益も被らないものか―――
「今回の事で
「リリア―――それは違うわ、私達上位種が本来眷属であるあなた達を護ってあげなくてはならなかったのよ、それを私の失態で…」 「それはいいとして、ならばあなたはどうするのです。 どこの勢力にも手を貸さないと言うのであれば、今後一切私達とも関わらないつもりなのですか。」 「ホホヅキの言う通りです。 厳しい事を言うようですがあなた様は本来は神仙の重鎮中の重鎮、私達と混ざっての行動は怪しまれるのでは…?」
「(…)一体誰にモノを言っているのかしら?私が神仙?あんなお高く留まった連中と一緒にしないでもらいたいわね、私はこの魔界で最弱種の一つとされているヒト族のアンジェリカなのよ?」 「―――ッハハ!そうだよなあ~?神仙て言ったらいつもお高く留まって、『ここの風呂の水は汚く濁ってる』だの、やれ『ここの定食屋の飯は不味い』だの、やれ『宿の寝具が不良品で寝付けない』だの…挙句にゃ『
「え…は、はあ~~~?わ、私そんな事一度も言ってないわよ?」 「おやおやおかしいですねえ、あなたは確かヒト族のアンジェリカのはず…なのに―――」 「先程のは確か竜吉公主様が仰っていた…と、コーデリアさんが言ってましたけど。」
「(あ…あンのクソ天使ぃ~~!)わ、私が聞いてる竜吉公主様は倹約家でそんな贅沢はしない方ぁ~~……」 「アンジェリカ殿…そんなに必死にならなくとも好いですから。」
引き続き本来の自分を偽ってヴァーミリオン達との関係を密にしていく竜吉公主、しかしその中では自身の評価を著しく損なうモノもあったようなのですが―――現在公表されている〖聖霊〗の立場は、『どこの勢力にも加担せず協力もしない』…つまり今までと同じ様に中立の立場を明確にしたものだったのです。 ―――となれば、今のアンジェリカ(竜吉公主)の立場とは? これが詰まる処の偽装・偽態、本来とは違うヒト族を装っていれば神仙が秘密裡に叛乱軍に関与している事を隠せる…と言いたい処なのでしたが、今回のシャングリラ襲撃の件はそこから漏れたこともあり、当面はアンジェリカは表立っての行動には制約がされていたのです。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その一方、魔王軍内部では。
「今回あれだけシャングリラを叩ければ、それ以降叛乱軍に手を貸そう―――等と言うバカな考えはしませんでしょうな。」 「ほう、つまり総参謀殿はそれを見越して……」
「(…)まあそれも一つにはありますが、神仙と言えば事実上の〖聖霊〗の
今回どうして“
それでも魔王の手は緩められる事はない―――現在ベサリウス達魔王軍はエイブラムスの駐屯地にいましたが、そこに魔王の使者を名乗る者が現れ…
「何者ですか、あんた―――」 「わたくしは、魔王ルベリウス様のお側に仕える者…本日は魔王様よりの新たな指令をお持ちあそばせました。」
「ふうん―――判った…それで、あんた名前は?」 「(…)わたくしは、生憎“
「ふうん……“
その使者は女だった―――それも『絶世』や『傾世』と称していいほどの…しかもその女には名などないと言う。 その事にベサリウスは疑義を抱きました、よくもこんな経歴不詳の女に信を置き『指令』と言う重要事項の伝達を任せられるものだと。 とは言え、指令は指令―――上からの指示には従わない訳にもいかず、その不祥な女からの伝達に耳を傾けたのです。
すると……
「(…)今度は、『ヴェルドラリオン』―――
「さあ…わたくしのような
「判った、オレが納得いかなくとも指令だものな、言う通りにはしますよ。」
「(この男―――中々のキレ者のようだねえ…このわたくしの事をただの
ニュクスは、ベサリウスを一目見た時から油断のならない者だと察しました。 恐らくこの男は気付いている―――今回の『指令』の内容は自分が拠出したのだと…しかし、その事を判っていながら敢えて受ける…今現在に於いて現政権は―――或いは魔王軍はやる事為す事上手く行っている、いや行き過ぎている…この異常性をこの男は感じているのだろう、感じた上で指示に従っている。 では果たしてその先に待ち受けているものとは?
「(『シャクラディア』に続き『ヴェルドラリオン』―――ねえ…まあその動機も判らんわけじゃない。 竜人はある機会に魔王軍所属の大将軍を務めていた人物の突然の罷免―――そこから始まる竜人族の兵士の大量罷免を被って来た前歴がある、それに…ここ最近じゃ魔王軍の拠点が強襲を受けた時に竜人族の
今回魔王が
けれど、その事が判っておきながらベサリウスは―――
「まずは
「なんと自分が?その栄誉は有り難いが…ヴェルドラリオンと言えば元大将軍閣下であらせられたプ・レイズ殿の故郷―――果たしてそう易々と…」
「まあ、第一軍直々に―――となると、他への協力を求めてくるでしょうなあ…しかしそれがこちらの狙いだ。 今回の一件で有耶無耶だった“例の件”が明るみになれば、
「(…)承知した―――それで自分達は強襲をかけるだけでいいのだな。」
「ああ…そうさ―――今回は竜人共も叛旗を翻した事が明るみになればそれいい。 それであとの『第二軍』『第三軍』なんだが…」
この時、ヴェルドラリオンの強襲を申し渡されたのは『第一軍』の司令官を任されたホウンセンと言う武将でした。 赤毛の馬体に上半身が筋骨隆々の猛者とも呼べる半人半獣の
むしろ心配するのはその後に続く『第二軍』と『第三軍』…この2つの軍を率いている司令官は共に
「あんた
「本当か?ふふん―――どうやら総参謀殿は判っていらっしゃるようだ、なあ?兄弟。」 「ああそうさなあ、あんな蜥蜴臭いやつらと一緒にされるとは我慢ならなかったんだ、ゼハハハ!」
「(これで当面は善し―――これで
―――【
現在の地位『総参謀』に就いてから、その“噂”―――その“
『叛乱軍』と
それにこれは“策略”だった、ベサリウスが肌身で感じた魔界の異常―――正体不祥の女ごときが魔王の重要な指令を持ち運べる異状……
ベサリウスが不幸だったのは、本来大恩を返すはずの人物の下に仕える事ではなく、半ば強引に魔王軍に召し抱えられて『総参謀』の地位を約束された事、その
* * * * * * * * * *
こうして魔王軍のヴェルドラリオン攻略は端を発しました。 まずはホウンセン率いる第一軍が強襲をし、それに続く第二・第三軍がヴェルドラリオン近郊の衛星都市を蹂躙…そうした最中、彼方から鬨の声が上がる―――
「うおぉおお!故あって助太刀する!私の名は【清廉の騎士】―――知らないならこの機会に覚えておけ!」
「私の名は【神威】―――我が愛刀『布都御魂』の錆となりたくなければ退くがよい!」
これ以上の残虐非道は
「ホウンセン―――まさかあなたが…」 「自分がこの場に立つ事の意味、分かって頂いて何より。」
「ホウンセン、そこを退け!」 「ク・オシム殿、それが出来ぬ事はあなたなら判っているはず。」
「プ・レイズ様ここはお退がりを…この分からず屋の石頭めには判らせてやらねばなりますまい。」
『第一軍』は魔王軍の中でも主力中の主力、本来その軍団の長や指揮官は軍団の指揮を任されてはいましたが、第一軍はその性格上大将軍の麾下にあったのです。 だからこそ互いの実力を知っている……自分も認める
「なあ―――ク・オシム殿…自分はこの度『ヴェルドラリオンを強襲せよ』ただその事だけしか聞いてはおらん、魔王様の―――
「(な…っ?)何を言っている―――『それ以上』とは言っても結果、我等の救援要請は出させないでいるではないか!」
「確かに…(フッ) だが今現在近隣の衛星都市を第二・第三軍が攻めている―――」 「(!)要請を送る―――必要がないと? それに第二・第三軍て……」 「
「間もなく―――だろう…今巷で大変噂になっていると言う【緋鮮の】……」
「ほう、この私がここに来る事を事前に察せられていたとは―――それは魔王軍を指揮する総参謀とやらの策略か…それともそこもとの
「自分はただ―――上からの指令に従ったに過ぎない。 まあ尤も『襲撃する』だけだったから簡単なモノだったよ。 いずれここで騒ぎを起こせば、必ずやそなたが駆け付ける―――」
「フッ、総ては承知の上でか……ならば覚悟の方も出来ているのだろうな。」
「悪いが、その様な挑発に乗る様な性分ではないのでな、ただ自分は貰った俸給分の働きしかせん。 此度も総参謀殿からは『ヴェルドラリオンを襲撃する』だけでいいと言われたからそれに従ったまでだ。 それ以上の働きを望むならその分の俸給を出して然るべき…そうは思わんかな。」
「ではなぜ私の到来まで待った。」
「自分は、知っておきたかったまでだ。 ここ最近巷で噂になっている―――未来の英雄の姿を…な。」
第一軍の指揮官は口ではそう言ったものの本気でヴェルドラリオンを陥落させる意思はないのだ―――とプ・レイズはそう感じました。 何より彼は自分の麾下だった時代に一日で盗賊達の
しかし、その
それでもホウンセンが去った後で…
「お久しぶりにございますプ・レイズ様―――間に合って何より。」 「ヴァーミリオン、要請も出していないのに駆け付けてくれた事感謝します。 けれど……」
「ヴェルドラリオン含む近隣一帯が次の目標地点である事は我が盟友も判っていた事…ただ事前に食い止められずにいたのは―――」
「それも、その方の策謀の内なのでしょう…」 「プ・レイズ様―――」
「いいの、別に…利用されても。 それに私にはもう今の魔王軍のやり方には付いていけない―――そう思ったから私から辞表を提出したのよ。 ただそれでは魔王としての面子も潰れてしまう…だから世間体では私は辞めさせられた事になっているはず。」
ニルヴァーナとプ・レイズとは面識がありました。 それもプ・レイズが魔王軍を辞した折、彼女に魔王軍の城塞を失陥させる依頼と協力を申し出た時に。 そこで双方は相手方の実力を測り知ることが出来ました、片や“元”魔王軍の大将軍に就いていた者として…片や
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