第15話 不祥な女の蔭

突如としてときの声が上がる―――ここは、“三柱みつはしら”の 1つ 〖聖霊〗を統括する神仙族の本拠地『シャングリラ』。


当初から神仙族を束ねる女媧は、魔界の現政権である魔王ルベリウスに対しては恭順な態度を示していました。 ―――で、あるのになぜか…神仙族自分達が魔王の正規軍である『魔王軍』により攻め立てられている。 その理由はいくら聡明である女媧ですら見当がついていませんでした。 しかし現実は受け止めなければならない―――いくら理不尽だと言われても、無慈悲だと言われたとしても、神仙族自分達が何かしらの理由で魔王ルベリウスからの不興を買い、―――…そこはそう思いたくなくともこの現実は受け止めなくてはならないのです。


それに女媧も、このまま―――為すがまま…為されるがまま…為すすべもないままこの事態を受け入れる事は出来ませんでした。


「(ここは抗うだけ抗ってみて、局面を見計らった上で講和に持ち込むのが次善じゃな……)」


後手に回ってしまったのは否めなくもない、しかしこのまま為す術もないままに蹂躙を受け入れてしまうのは余りにも利の無い話し―――しかし神仙族自分達は何のいわれをして魔王軍の襲撃を受けているのか…その理由を知る為にもまずは応戦しなければならないのです。


とは言っても、相手は『魔界最強の軍団』―――魔界各地から選りすぐりの戦士達を寄せ集め、その構成を以てしても『鬼人オーガ』や『竜人ドラゴニュート』はもとより、中には『獣人』で勇名を馳せさせた者や『圃人ホビット』で最強を冠した者など、げれば枚挙まいきょいとまもない程でした。

それに神仙族の戦況も思わしくなく、連日にわたって報告されるのには―――外周環に備えてある砦や拠点の相次ぐ失陥や、その応戦に出ていた将校の死…いずれも将来を嘱望された者達が、この度の戦役でその生命を散らして逝ったのです。


その事に対し遺憾を表明するも、このまま黙っている女媧ではありませんでした。 このまま“ずるずる”と戦局を長引かせていては、いずれ損耗そんもうし尽くすのはこちら―――ならばここは一か八かの賭けに出るより外はない…とし、新たに二郎真君を筆頭にした精鋭隊を編成すると反撃に打って出たのです。


果たして―――結果は“吉”と出ました。 二郎真君以下100の精鋭の反転攻勢のお蔭もあり、一時いちじはシャングリラに後数里と差し迫っていた魔王軍を10里も退かせたのは神仙族の意地と申すべきだったでしょうか。

しかし―――片や魔王軍としては面白くもない話し、今回の出師では力攻めだけで勝てるものと思ったからなのでしょうか、指揮官もまたそうした考えの持ち主だった…だからこそ無用な犠牲が増えるばかりだったのです。 ―――到来きてはいけない存在が到来きてしまう…その者が採用されたのは武勇にあらず、帷幕いばくにてはかりごとを行う“鬼謀の策士”―――『魔王軍参謀』ベサリウス。


「(まあったくうちの将軍殿にも困ったもんだぜ。 まあ確かに魔王軍の戦力は精強にして精悍せいかん、それゆえに力技を得意―――としちゃいるものの、今回の神仙族の様に策略あたまで以て引っ掻き回されちゃ意外と脆い面を見せちまう。 まあ―――オレとしちゃこのまま負け続けて交渉のテーブルに着く方が落とし処が見えて来るってなもんなんですがね。)」


ベサリウスは、『戦の流れ』と言うものをよく理解していました。 確かに強軍を以て相手を殲滅するのは理想的な話しなのですが、今回の場合はそうではない―――言ってみれば今魔王軍が攻撃をしているのは同じ魔界に存在している勢力でもあるのです。 そう、大きな括りとしてみれば同じ世界に居る存在…魔界に住まう魔界人でもあるのです。 そうした者達を何故か今回魔王ルベリウスは攻撃するよう下命した―――当然のことながら現場も同じ魔界人と殺し合うのは善しとはしていない為、混乱が生じようとしていました。


けれど“現実”は―――…だとするならば、魔王軍に何が起こっていたのでしょうか。


         ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今回の〖聖霊〗―――神仙族の本拠シャングリラを攻めるように命令を受諾たのは、“牛人ミノタウロス”の『ギャツビー』でした。 彼の武勇・武名は音にも聞こえていましたが、愚かではなかった―――その証拠にシャングリラ攻略の命令を受諾た時には一度反対の意を表明したのです。


それを受けて到来したのが―――


「(む・ん?)何用だ―――女…ここは魔王軍、女独り身の存在が出入りしていいものではないぞ。」

「あら…これは―――流石に軍律には厳しい方であると、さある御方より聞かされておりますれば。」


見たこともない…女だった―――この魔界せかいのどこを探してもまずいないとされるほどの、それ程の美貌の持ち主…その女の容貌の美しさに、“武遍”で知られる雄将ゆうしょう見惚みとれてしまいました。

“妖艶”―――と、未来にそう伝えられる女の美貌…いつしかギャツビーも、その女の艶美に溺れ、酒にも呑まれてしまう始末…そして一度は断ったハズの命令も、唯々諾々として受諾うけてしまう始末―――…


「(フ・フ・フ―――籠絡おちたか…あの男の時には相当苦労をさせられたものだが、あの男よりも劣る者ならば雑作もない事よ。 さあ―――踊れ…このわたくしが操るままに、そしていずれこのわたくしの策謀に気付きたる者が出でよう、そしてその時こそ……)」


この時、その女は“”乗らずにはいました。 しかしながらその女の腹中には潜むものがあったようで―――とは言ってもまだこの段階では詳らかにはされないまま、今回ギャツビーを訪れたと言うのも自分の施策を一度と言えど断った存在に自身が近付く事により従わせた……明けて朝、あれだけ攻略を渋っていた指揮官の変わり様に配下の兵卒達は色めき立ちました。 色めき立ちました―――が、それだけ…上官に逆らう事は軍律に於いても一番重い罪に課せられる事もあり、下の者はいくら否定した処で従わなくてはならなかったのです。


その事実を一部の情報提供によりベサリウスは知っていました。 それに彼にしてみればいい機会だった―――この度捕縛した叛乱軍の指揮官と見られる者が、よもや大恩ある人物だったとは…彼にしてみれば考えたくとも考えたくはない懸案事項だったのです。 だから過度な尋問や拷問などは行わずに『放置』を決め込んでいた、もし上層部が怪しみ出して虜囚に危害を加えようとするならば―――その事も織り込み済みで彼自身の部下にもよく言い含めさせた上で処置の方を済ませ、急遽この戦場へと駆け付けた…


「(ヤレヤレ―――正気の沙汰じゃねえ…旦那、あんた判ってんですかい?今魔王軍が攻め立てているのは、あんたの国民でもあるんですぜ、それに攻め立てるならそれだけの理由も用意しなくちゃならない…況してや神仙と言やあ、この魔界せかいの重きを為す三本の柱の一つ〖聖霊〗だって事、忘れたんじゃないでしょうねえ。)」


後詰として駆け付けた“軍師”や“参謀”がやる事は一つ、それは軍全体の状況の把握でした。 今自分達は“何”と戦っているのか―――それに“何”の為に戦っているのか…それをただす為にまずは将校クラスの者からの聴取を行いました。 そして兵卒―――最終的にはこの軍の指令であるギャツビーに…しかしベサリウスはギャツビーに辿り着くまでに大方を把握しました。


「(ま―――なんて言っていいのか、連中何で自分達が神仙を攻めているのか判っちゃいねえ、ただ上からの命令を遂行してるだけだ。 んが…その事自体は間違っちゃいねえ、上官からの命令に従わないてのは軍律でも大きな罪になるって事だしな。 だけど、理解しちゃいるけど納得まではしちゃいねえ―――それが事態の進行を遅らせてるって事ですかい。 その事はいいとして…問題はこの軍の司令官であるギャツビーだ。 確か奴さんは愚直で知られちゃいるけど分別までは間違えちゃいない…報告ではルベリウスの旦那からの命令を一度蹴ったって言うしな。 しかし…その事を受けて旦那からの使者が到来した―――変調をきたしたのはその使者を受け入れた後となっちゃいるが…)」


そう、ギャツビーが今回ここまでの事をするのは考えにくい事とし、この出師前後の関係を洗い出したのです、すると浮上してきたのは魔王ルベリウスからの意向を受けてきた者を受け入れた時点でギャツビーが変わってきた事が判明したのです。


そしてギャツビーを聴取してみた処……


「一体何用だ。」

「初めてになりますかね、司令官殿。 オレはこの度魔王ルベリウス様より総参謀を拝命したベサリウスってもんです。」

「ふん…戦働きではなく策略あたまを使って勲功を得たのか。 しかし残念だかこちらとしては間に合っている、状況を報告する為く帰ってもらおう。」

「そう言う訳にゃ行かないんですよ―――。 一応こちらとしましてもですね、魔王様より閣下を手助けるよう仰せつけられたのです、ですので係る上は閣下の気の赴くままにオレの策略をお使いなさいませ。」

「う、むむう…“閣下”―――のう……あ、いや判った。 魔王様よりの命令とあらば聞かぬわけにもいくまい、それに神仙如きに時間を割いてばかりはいられまいて。」


「(ふっ…チョロいもんだ、ちょいと『閣下』とおだて上げればこの手の人種は気を好くする。 これでこの戦線の掌握は上手くいくてなもんだろう。 ただ……落とし処をどうするか―――オレが駆けつけるまで神仙側の被害は甚大と言った処だ…こちらが今講和を引き合いに出したとしてもすんなり受け入れてくれるもんじゃねえ、それだけこちらは…『勝ち過ぎ』ってのは軍部からしてみたら甘い蜜の様なものだが、『講和を結ぶ』って言う政治的判断の時には毒にも成りる…それだけ勝ち過ぎるのは双方にいい影響を与えやしないのに。)」


もしここに自分の大恩ある方がいたらどうしただろう―――この最悪の状況の中に駆け付けた自分の意を汲み取り、いい具合に廻してくれたに違いはない…ただ惜しむらくは、自分の大恩ある方は自分のこの手で捕縛し、魔王軍に囚われている……ここは自分の裁量で切り抜けなければ、今後の魔王軍―――いや魔界の将来は見込めない。 そうした思いを胸に秘めベサリウスは軍議に挑みました。


         * * * * * * * * * *


一方その頃、女媧は事態を把握しつつありました。 何故―――神仙族自分達が魔王軍から攻撃を受けているのか、もしかすると神仙族自分達は知らずの間に魔王からの不興を買ってしまったからなのでは…と、気を揉ますばかりなのでしたが、ここにきてようやくある事実が判明してきたのです。


それが―――…


「なんと、公主が?」

「はい―――公主様は現政権の余りの変わり映えに思う処がございまして、単身にて内偵を進めていた模様なのであります。」

「なんと……して、内偵自体は吾らにも内密の下に―――とな?教主よ。」

「然様で―――儂もここ最近公主の動向に目を向けませんでしたからな、それに…」

「むう―――あの者はに次ぐ権限を与えておる、それは実力もに伯仲するものありと判断したからじゃ。 その公主がよりにもよって―――」

「あまり考えたくはありませんが…魔王様の手に落ち、尋問を受けたとすれば或いは。」

「それも考え難い事よ、あの者がそう簡単に口を割るとは思えぬ。」

「では、死を以て擬態が剥がれたものとでも?」

「それは、まずない―――ぬしら神仙が死せればどうなるか判っておるじゃろう。」

「そうでしたな…神仙族我等が死すればその魂魄は一度つどう、そしてその後あなた様の胎内にて洗浄された新たなる魂魄は、また新たなる神仙を紡ぎ出す―――で、あれば…」

「うむ、最悪だけでもシャングリラより脱出し、機会を伺うための雌伏をせねばなるまいて。」


竜吉公主が単独行動にはしり、その挙句魔王の手によって捕えられてしまった、そして今は厳しい監視下の下で尋問や拷問に晒されているに違いはない…その推察まで達する事は出来ましたが、ここにきて神仙族のが判明したのです。

そう―――神仙は、その長である女媧から産み出された…そしてそれぞれが与えられた役目を全うして行き、その上でもし死んだとしてもその魂魄は不滅であり、またその拠り所を求めて本来あるべき場所…それが女媧の胎内だと言うのです。 それから一度死した魂魄は女媧の胎内で洗浄され、また新たな神仙としての役目をまっとうする為に産み出される…つまりは、女媧一柱ひとりが無事でさえいれば他の神仙はどれだけ死傷しようが関係がないと言う事を物語ってもいたのです。


ただ、今回に限って言えば竜吉公主はまだ存命―――その事は女媧がよく心得ていたのです。


しかし判ったところでどうする事も出来ない、今は魔王軍からの猛攻をどうにか耐え凌ぎ、機会を伺うしかないのです。


        ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


話しは変わり、現在より10年ほど前―――ある不詳の女が魔王ルベリウスを訪ねてきました。


「何だ、お前は…我輩に用でもあるのか。」

「これはこれは、お初にお目にかかります魔王ルベリウス様。 わたくしはしがない女―――“”乗るほどの者ではございません。」

「そのことは判った、それで…?我輩もお前のような女にうつつを抜かしている時ではないのでな。」

「ですれば…このわたくしが魔王様の扶助の担い手になってご覧に入れましょう。」

「何が目的だ女……我輩の側に登用されたければちゃんとした手続きを踏め、それをせず我輩の側近くに侍ると言うのならば―――」


「ククク…フフフフ―――」


「何が可笑しい、女。」

「流石は―――と言った処か、この程度のたらし込みじゃ動じない…と言った処のようだねぇ。」

「ほう…この我輩を『たらし込む』―――とな。 女、どうやらお前は“敵”のようだな。」

「『ようだ』―――じゃなく、敵そのものさ。 だけど勘違いするんじゃないよ、確かにわたくしはこの世界を侵攻するよう命令された…だがね、わたくしにはそんな意思はこれっぽっちもない。 だけど ―――“敵”…これがどう言う事だか、あんたには判るよね。」


その、ルベリウスのもとを訪ねて来た者こそ、不詳の女。 自らの身元をつまびらかにさせず、されど魔王の懐深くに潜り込もうとしている不逞の輩、その事にルベリウスはこの女の事を“敵”と判断しました。 しかも、その女自身も自らの事を否定しなかった…それにルベリウスは、この時この不詳の女が吐いた言葉に捉われもしたのです。


「(この女…我輩が治めるこの地を侵略する意思がない―――と言うのに“敵”である事を否定しなかった…どう言う事だ、侵略する意思がないのに我輩を籠絡させようとしている。

…そう言えばジィルガが言っていた事があったな、『この世界を侵略しようと企てている不確の存在がいる』と…よもや―――この女が?)」


        * * * * * * * * * *


この魔界せかいが、自分が魔王に在位するより以前から不確の存在より侵略を受けていると言う話しは、自分を魔王に強く推挙してくれた人物より言い聞かされていました。

それに『魔王軍』―――その存在自体ももとよりこの不確な存在からの侵略を防ぐ手立てである事も知った。 ルベリウスは、元は“三柱みつはしら”の1つ〖昂魔〗出身の軍人―――その武勇は誰しもが認めながらも少しばかりの知恵を持つ者として軍部の中枢に籍を置いていました。 そこに目を付けたのが同じ〖昂魔〗の長であるジィルガだった―――ジィルガはこの当時に於いても5000年を生きてきた者として、あらゆることに通じていました。 それは勿論『不確な存在』の事も…けれどこの事実は―――『不都合な真実』は誰にも知られてはならない、何よりこの魔界各地の強者を選りすぐった魔王軍でさえ、幾千・幾万もの犠牲を常に払っているのですから。

何より悪い事にその事実はルベリウスが魔王に登極してからすぐに知れる処となりました。


「(我輩も永きに亘って軍の要職に就いておきながら、こんな重要な事を知らないでいたとは…)」


ルベリウスは自分を魔王に推挙してくれた恩はありながらも、すぐさま〖昂魔〗の長であるジイルガに問いただしました。


「ジィルガよ、我輩を魔王に推挙してくれた事、大変感謝しておる―――が…これは一体どう言う事だ。」

「ふ…どうやら知ってしまったようだな、『不都合な真実』と言うものを―――いかにも、この事実は事実であるが故に、民草に広く知られてしまえば混乱のもととなる…故に、ワレが公表を差し止めておいたのだ。 汝の先代の魔王に、な。」

「ぬ…う―――我輩が何故魔王に強く推されたのか不思議に思っていたが、よもや先代は……」

「果たしてくれたよ、魔王としての責務を。 しかし、あやつの生命と引き換えに―――それが精一杯であった…さて、気分を害するようなモノさておき、ルベリウスよ汝はどうなのだ?『不都合な真実』を突き付けられて性根が挫けでもしたかね。」

「見くびられては困る、我輩も“三柱みつはしら”の期待を背負っている。 それに…先代のキュクレインの失策を我輩が上塗りして帳消しにしてくれるまでよ。」

「頼もしい限りだ、ルベリウス…しかしだな、相手を侮ってはならぬぞ―――今でこそ『不確の存在』と銘打ってはあるが、どうやら彼の者共は多少の知恵が回るらしい…ワレらとはまた違う知識―――と言うべきか、故にこそ油断が大敵である事を知るがよいぞ。」


自分が抱いていた疑問をそのままぶつけてみた―――するとジィルガからは意外とも思える返答が。 臆面する事無く彼女自身5000年間ずっと見続けてきた事をありのままに話し始めたのです。


それこそが“不確判らない”―――不確ながらもその知識は魔界にも匹敵し得ると言う…後世、魔界はその存在を『ラプラス』と認知し対処するのですが、またそれは別の話し。


         * * * * * * * * * *


話しを戻すとして、素性の知れぬ『不詳の女』と対峙しているルベリウスは、この女こそ〖昂魔〗の長が言っていた存在に違いはないと確信していました。


「なるほどな…お前がそうだと言うのか―――お前こそが、我輩が魔王登極以前から魔界を騒がしている『不確の存在』であると言うのだな。」

「…ふ、どうやら認識の差に違いがあるようだね。 ああ、確かにわたくしはあんたの言う様な『不確の存在』ではある…が、わたくしがこの世界に放り出されたのはここ最近の話しでねえ。」


「なんだと?」


「全く、割に合う話しじゃないってなもんさね。 こちとら、元の世界で悠々自適にやってたって言うのに、いきなり上の方から頭ごなしにある事ない事を吹っかけられて、それで反発して今やご覧の有り様さ。 “否”“応”なしにお前はこの世界に行け―――その際多少の犠牲はいとわないとさ。 あんたなら同情してくれるのかい、この敗残者に対しかける情けが!だが、こちらとしての意地もある…わたくしは、態勢に抗った者として処罰の対象と成った―――味方の兵卒すら一人としていない、要はね、この犯罪者の処分を他人に…あんたらにゆだねたって事さ。 しかも…運が良ければこの世界の侵略の足掛かりにしようとねえ。 これで、わたくしからの諸事情とやらの説明は終わりだ―――ただ、だからと言ってただでこの生命いのちくれてやるつもりもない…。」


確かに、しんに迫る勢いではあった―――嘘を吐いているとも思えない。 それだけに見受けられる必死さ、ここで…自分の前で嘘偽りを申し立てる道理もない―――とすれば…


「よかろう、女よお前自身に思う処など何もないが、その心意気に免じ決闘を申し込む。」

「案外、お人好しな魔王もいたもんだねえ……」

「女よ、決闘の前にお前の名を名乗るがよい。 我が名は魔王ルベリウス―――」

「わたくしは…『ニュクス』―――こんな身でも元の世界じゃ【夜の世界を統べし女王】を張ってたものさね。」


その不祥の女の正体こそ、後世の歴史書などで『随一の悪女』として捉えられているニュクスなのでした。



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