第44話 早見ちゃんと10円パン
今日の仕事は外回りだ。
俺の部下である早見ちゃんと一緒に、取引先をいくつか回って自社の商品を売り込んでいく。
営業成績があまり良くない俺のチームは、ここで何とか結果を出したいのだが……。
早見ちゃんの自由奔放な性格と発言が原因で、取引先からの評価があまり良くない。
それでも上からの指示により、早見ちゃんを現場へと同行させなくてはならないのだ。
……大変すぎる。
「せんぱ〜い、あれ食べませんか〜?」
「……10円パン?」
「はい!今若者の中で結構流行ってるんですよ〜」
「駄目だ。今は仕事中だし、次の約束までもう時間があまりない」
「ええ〜いいじゃないですか〜。ちょっとくらい待たせといても問題ないですよ〜」
「それ絶対駄目だから。食べたいならせめて昼休憩の時まで我慢してくれ」
「……は〜い」
あまり納得がいってない様子で返事をしてくる早見ちゃん。
自分のやりたい事をやりたい時にすると言うのが、早見流だったのだろう。
しかし、仕事をして社会で生きていく上でそんな自由が罷り通るわけがない。
そう言う事も先輩である俺が、しっかり教えていかなくてはいけないんだろうな。
「このビルが次の取引先だ。資料の準備は出来てるか?」
「ちっちゃいビルですね〜」
「大きな声でそういう事は言わないで!それに人の話聞いてる?」
「聞いてますよ〜。これですよね〜」
「……よし、じゃあ中に入るぞ」
ビルの入り口である自動扉を通り、受付を済ませる。
そしてすぐに担当者がやって来て、応接室へと通された。
「少々こちらでお待ちください。すぐに社長の方が来られますので」
「……え?社長さんがいらっしゃるんですか?」
「はい。私も詳しいことは何も聞いてないのですが、そちらの早見様に会いに来られるとかで」
「せんぱいじゃなくて私ですか〜?随分変わった社長さんですね〜」
「やめなさい!余計な事は言わないの!」
「は〜い」
取引先の社長を待つ事数分。
応接室の扉が開く。
「どうもお待たせしてしまい申し訳ございません。私が社長の上川隆史と申します」
「初めまして。私は神谷悟と申します」
「私が早見月姫で〜す」
「挨拶の仕方のクセ!!でとすの間は伸ばしちゃ駄目だ!」
「あなたがあの千年堂創設者、早見竹虎氏のご令嬢ですか」
「トトの事知ってるんですか〜?」
千年堂創設者のご令嬢?早見ちゃんが?
千年堂と言えば世界的大企業だよな。
数々の大ヒットゲームを生み出して、一気にゲーム業界のトップに立った。
創設者であり社長の早見竹虎はかなりのやり手だと聞いていたが……。
まさかそんな人にこのような娘がいたとはな。
「竹虎氏にはかなり良くして頂いております」
「そうだったんですね〜。じゃあ今私が働いてる会社と契約してくれますか〜?」
「……は?今この流れで契約の話し?」
「はい、是非させて頂きます」
「え?契約成立?」
「ありがとうございま〜す!じゃあ後の細かい事はせんぱいよろしくで〜す」
「お……おう」
こうしてとんとん拍子で契約が取れた。
早見ちゃんが千年堂の創設者、早見竹虎の娘であると言う事実証明にも繋がった。
どこかの金持ち令嬢だとは思っていたが、まさかこんな大物の娘だったとはな。
これからどう接したらいいんだよ……。
「せ〜んぱい!早く10円パン食べにいきましょうよ〜」
「そ……そうだな。行くか」
考えがまとまらないまま、俺たちは10円パンを買いに行った。
10円パンを二つ購入し、近くの公園のベンチで座る。
「この見た目最高じゃないですか?」
「そうか?10円で買えないのに10円の見た目と言うのはよくないと思うが」
「韓国発祥の食べ物らしいですから〜。元々は韓国の10ウォン硬貨を模した食べ物だったみたいですけど、日本で売るなら10ウォンに似てる10円玉にしよーみたいな?」
「500円もするんだから、ちゃんと500円玉に似せて500円パンにして欲しいな」
「せんぱいは正義感強めですね〜」
「これは正義感なのか?」
10円パンについて色々と話をしながら、昼休憩をまったり過ごした。
早見ちゃんともなんだかいい雰囲気だったと思う。
まあいくら良い雰囲気になったところで、早見ちゃんの家が千年堂と言う事実が変わらない限り俺と早見ちゃんが結ばれる事はない。
千年堂とは、それほどまでに庶民が近づけないレベルの会社なのだ。
ああ……金持ちになりたい。
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