第5話 ファンからの差し入れ

 俺はかなりピンチな状況に陥っていた。

 まさか心愛と話しているところを知り合いに、それも翔に見られていたなんて……。


 「ええと……あの子はその知り合いでさ」

 「ふーん。知り合いって?」

 「えっと……なんて言ったらいいのか」

 「人には言えない関係って事?」

 「そ……そんなわけないだろ」


 翔からの言葉に少し動揺してしまった。

 人に言えない関係と言うのは、その通りだと思ってしまったからだ。


 いい年したおっさんサラリーマンに、突然女子高生のファンが出来たなんて意味不明すぎて他の人に言えたもんじゃない。

 そして本当に、心愛との関係は不純なものではないのだ。


 ただの……サラリーマンとファン?の関係なのだから。


 「ならどう言う関係?ハッキリとその部分を聞くまでは引き下がれないよ」

 「どうしてそこまで」

 「だって悟が、もしも犯罪行為に手を染めていたとしたら俺がやめさせないで誰がやめさせるって言うんだよ」


 はい?

 こいつ、かなりの誤解をしていないか?


 俺が犯罪行為?

 馬鹿言うんじゃない!女子高生なんかよりも二十歳をすぎたちょうどいい女の子の方が好きなんだ!


 「待て待て。翔は大きな誤解をしているぞ」

 「なら説明してよ」

 「まず、心愛とはそう言う関係ではない」

 「へぇ、あの女子高生心愛ちゃんって言うんだ。下の名前で呼ぶなんて凄く仲がいいんだね」


 しまった……。

 ついそのままの感じで言っちまった。


 「これは、その……あれだ」

 「どれ?」

 「つまりだな、あの子とは友達なんだよ」

 「友達?」


 何だよ友達って。

 勢いでわけわからん事を言ってしまったぞ。


 それを言われた翔も全く理解が出来ていないようだ。


 「そう友達!歳は離れているが、趣味が同じでな。意気投合ってやつだ」


 オーバーなジェスチャーをつけながら、必死になって説明をした。

 もうこれで、納得してくれればいいのだが。


 「悟に趣味なんかあったっけ?」

 「ああ、最近できたんだ」

 「どんなの?」


 翔が疑いの目で、じーっと見てくる。


 キツい。これはあまりにもキツい。

 人生で一度も趣味と言うものを経験した事がない俺は、この場での最適解がすぐには見つからないでいた。


 何て答えるのがベストなんだ。

 スキー?スノボー?ここは思い切ってサーフィンとか?

 どれもしっくりとはこない。


 「もういいよ」

 「え……」


 趣味についての返答を考えていた俺に、痺れを切らした翔が口を開いた。


 「悟がそこまでして言いたくないのなら、俺はもう聞かない」


 まさかの発言に驚いた。

 だが、翔が気を使ってそう言ってくれたのが雰囲気や表情から伝わってきた。


 「すまん」

 「でも、これだけは守って欲しい」

 「何だ?」

 「法律は犯さないでね」

 「犯すか!」


 そうして、心愛との関係は何とかバレずに終わった。

 しかし、翔には怪しまれているのも確かでそのうち本当の事を話さないといけないだろう。



 ◇◇◇


 次の日。


 朝、俺はいつものように社畜小屋へと続く道を歩いていた。

 季節が夏という事もあり、朝から太陽が照りつけセミがミンミンと大合唱を行っている。


 そして今日は、特に暑い猛暑日で朝から汗だくになっていた。


 ああ……暑い。

 何故朝だと言うのに、こんなにも暑いんだ。

 朝でこれと言う事は、昼になると外でいる人間はみんな溶けてしまうんじゃないのか?


 そんな事を考えていると、目の前に見覚えのあるシルエットを確認した。


 「おはようです。神谷さん」

 「昨日ぶりだな。ファン第一号」


 そう、この見た目にこの妙に聞き心地の良い声は心愛だ。


 「ちょっと神谷さん!ファン第一号はファン第一号なんですけど、私を呼ぶときは心愛にしてください!」

 「わかったわかった。それで今日は何だ?」


 心愛が何か嬉しそうに、鞄の中から何かを取り出してくる。


 怖いな。拳銃でも取り出して、俺を撃ち殺すつもりなのか?


 少し身構える。


 「うふふふ。どうぞ、受け取ってください♪」

 「な……何だこれは」


 受け取ったのはピンクのリボンで可愛くラッピングされた、四角い掌サイズの箱だった。


 「私の手作りクッキーです!」

 「手作り?」

 「はい♪愛情込めて作りました♪」


 心愛は両手でハートを作りながら、そう言ってくる。


 「何でくれるんだ?」

 「ファンだからですよ!ファンが差し入れをするのは当たり前です!」

 「そう言うものなのか」

 「そう言うものです」


 よく分からないまま、遠慮なくもらう事にした。

 元々甘い物は嫌いじゃないし、手作りの物とかにも抵抗はないタイプの人間なので少し得した気分だ。


 「じゃあ昼飯の後にでも食べるわ」

 「是非感想を聞かせて下さいね」

 「わかった。クッキーサンキューな」

 「あの神谷さんが、人にお礼を……」

 「お前は俺の何を知ってんだ」


 本当この女子高生といると、自分のペースが乱される。


 だけど、不思議とこのやり取りが心地いいと感じてしまっている自分もいるんだよなぁ。


 「それでは私は学校に向かいますね」

 「おう。しっかりと勉強してこい」

 「神谷さんも仕事でミスとかしない様にして下さいね」

 「余計なお世話だ」


 そんなやり取りをした後、心愛は学校に俺は会社に向かった。





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