第145話 新人の面接
今日はラグナス村長の村の人たち以外の、ルピラス商会の店舗看板を見て応募して下さった方たちの面接日だ。
住居あり、子連れ可、敷地内保育所ありにしたからか、子連れのシングルマザーが予想よりも多かったのだが、中にはシングルファーザーも一定数いたのには驚いた。
こっちの世界は昔の日本みたく、生活していかれないから誰かと暮らす人たちが多いなとか、女性は家事と畑仕事の人が多いなと感じていたんだが、普通に離婚もあるんだな。
面接の前に、まずは施設をひと通り案内して回る。子連れ面接可にしていたので、お子さんを連れてきている人たちもかなりいた。
子連れのお母さんたちはまだ若い人が多くて、俺の無駄に顔面強者で転生させられた顔面をジーッと見てきては、頬を染めたりなんかしている。久しぶりだな、この反応。
ラグナス村長の村の奥さんたちは、旦那さんとラブラブな人が多くて、俺にまるで興味を示さないか、俺の体が若過ぎて無理なんだろうなって人ばかりだったし。とりあえずシレッと知らんぷりをして説明を続けた。
ただ、この世界には保育所なんてものがないらしく、保育所の案内をします、と言ったところ、みんな興味津々だった。
「──こちらが年齢別にお子さんたちが遊ぶ教室という場所になります。
外には砂場や遊具なんかもありますよ。遊具は年齢制限をもうけていますので、保育担当職員の指示にしたがっていだきます。」
ある程度大きな子どもたちは、さっそく遊びたい!と大騒ぎだったが、今は遊べないんだと親御さんたちにたしなめられてブゥブゥ言っていた。続いて給食の案内をする。
「こちらを皆さんお持ちください。」
俺は野菜や果物のイラストが描かれた魔道具をみんなに手渡した。ミスティさんに事前に作っておいたものだ。
「お子さんが食べたことのある食材を押してみて下さい。これはお子さんが食べて問題がなかった食材を、保育所と共有する為のものになります。どうぞ、試して下さい。」
「──……色が変わったわ……!」
この世界は識字率が低いからな。イラストでわかりやすくすることにしたんだ。
「保育所でも、給食で食べて問題のなかった食材を押して、親御さんにお返しします。」
俺はみんなに一人の男性を紹介した。
「聖魔法使いのアントンさんです。
お子さんが初めて食べた食材が体質に合わなかった時は、アントンさんが状態異常を回復してくれることになっています。」
「その……質問いいですか。」
赤ん坊を抱いたお父さんが手を上げる。
「はい、どうぞ。」
「食材が子どもの体質に合わないというのはどういう状況でしょうか?」
「よい質問ですね。他の人が食べても問題のないものが、その人にとってだけは毒になることがあるのです。それはその人の体質の問題なので、食べられるようにはなりません。
──最悪死ぬこともあるのです。」
親御さんたちがザワザワしだす。
こっちじゃアレルギーなんて、あんまり知られていないんだろうな。現代だって割りと最近知られるようになったことだし。
「俺の地元では、初めて食べる食材は、必ず聖魔法使いか医師に見て貰える時間に食べさせることになっているのです。」
まあ、ほんとは医者がやってる時間だけどな。これはこっちに合わせた説明だ。
一応医師と薬師というスキル持ちの人でも治せるそうだが、毒は状態異常回復という、聖魔法のスキルで回復出来るから、食あたりとか食べ物の毒に当たったとかなら、聖魔法使いでも回復出来ると教わり、今回アントンさんを雇うことにしたんだ。
アナフィラキシーショックは、少しでも早く治療するに越したことはないからな。
まあ、アントンさんは薬師のスキル持ちでもあるので、工房というか、俺の商会全体の産業医ポジションの人だ。この世界の薬師はただ薬を作るだけでなく、海外の独立型処方権を持つ薬剤師のように、自分で病気を判断して薬を処方出来るのだそうだ。
いずれはと考えてはいたが、保育所を作ることにした時点で雇うことにした。
良い人が見つかったと思っている。
「離乳食が始まったお子さんには特に注意が必要ですからね。ほんの少し食べてさせてみて、問題なければ次から給食に加えます。
既に色々召し上がってきているお子さんたちの場合は、問題のなかった食材を、その魔道具で保育所に教えて下さい。それに合わせて給食の献立を考えますので。
それと申し訳無いのですが、お預かり出来るのは、1歳以上、6歳以下までです。」
さすがに0歳児は1人につき保育士が1人必要だからな。いずれは考えたいが今は予算的にも保育士の人数的にも難しいところだ。
なんせ保育士の資格を持ってる人なんていないからな。あまりたくさんは見られない。
育児経験のある人を雇って、1〜2歳児3人につき1人の大人をつける、みたいな感じだ。貴族の乳母をしてたって人が見つかったから、その人には所長先生になって貰った。
「保育費用はお子さんの年齢と、預けるお子さんの数で変わります。ただし工房からの補助金が出ることと、こちらに住まわれる場合は、税金からも補助金が出ます。」
それを聞いて親御さんたちがまたザワザワとしだした。
「……うちは2歳と4歳なのですが、その場合はおいくらでしょうか?」
「今後稼ぐ金額にもよりますが、補助金を引いて大体小金貨1枚というところですね。」
と俺が答える。1万円だな。
「1人につきですか?」
「いえ、2人合わせてです。朝保育所に預けて出勤し、勤務が終わったらお迎えに来ていただき、一緒にお帰り下さい。」
更にザワザワが強くなった。
「現在預かれるお子さんの数に限りがありますので、申し訳ありませんが入園希望は従業員に限らせていただいています。
入園しないと働けない場合は、就職自体お断りすることになりますが、今はまだ空きがたくさんありますので、年齢次第で20人から30人まで預かる予定でおります。」
保育所の案内をひと通り終えて、続いて食堂の見学、住居の見学、着替えて貰って工房を見学した後で、ようやく面接だ。
そのうち採用人数を増やすことになったあかつきには、これは他の人に任せないとな。
俺はやることが多くて、さすがに手が回らない。面接時に泣かれると大変なので、子どもたちは保育所で預かって貰う。遊具で遊べると分かって、少し大きな子たちは、それはもう大はしゃぎだった。
なにせコボルトのアンテナショップの改装をお願いした大工さんたちに頼んで、保育所の庭に、ジャングルジムと、すべり台と、ブランコと、鉄棒と、砂場を設置したからな。
今まで見たことがないだろうし、そりゃあもう、遊びたくて仕方がないだろうな。
保育所には既に保育士さんたちがいて、馬房担当のナッツさんの息子さん2人と、アーリーちゃんが砂場で仲良く遊んでいた。
保育士さんたちには、子どもたちが他の子と一緒に仲良く遊べるかも見て貰うことになっている。幼稚園のように入園試験があるわけじゃないが、今のうちには、あまり手に負えない子を預かるのは難しい。よそのうちの子をしつけられるわけじゃないし、専門知識があるわけでもないからな。乱暴な子がいたら、すぐに親を呼び出す手筈になっている。
面接は一人ずつ。応募動機、ここに住みたいか、子どもを保育所に入れたいか、前職と何を何年やっていたか、自分の未来の展望、などなど。みんな字が書けないから、履歴書なんてものはないので、1人ずつ話を聞いたら、それを記録用魔道具で録画しつつ、俺がメモを取る。ここからは工房長のラズロさんも同席している。ここの責任者だからな。いずれはラズロさんに面接は任せる予定だ。
たいていは問題のない人たちばかりだったのだが、1人面倒くさい人がいた。
やたらと派手な化粧をしていて、俺に媚を売ってくる若い女性だ。ここのトップで金があるとでも思ったんだろうな。仕事よりも俺の妻におさまるほうがよいと考えたらしい。
知らんぷりして面接を続けながら、仕事をする際はハンバーグに粉が入ると困るので、化粧を落として貰う必要があると伝えたら急に怒りだしてしまった。
ラズロさんが、外に待機して貰っていた警備兵に、お帰りいただけ、と声をかけ、その人は面接の途中でつまみだされたのだった。
そして、本人に問題はないのだが、1人心配になる人がいた。それがシングルファーザーの1人である、ニールさんだ。
「このことは、先にお話ししておいたほうがよいと思うのでお話しするのですが……。」
ニールさんはうなだれながら言う。
「僕の息子は、僕の実の子ではありません。
前妻の……その、連れ子だったのですが、僕が出稼ぎに行っている間に虐待を受けていまして。それで、離婚と同時にあの子を引き取って、住むところと、息子と離れずに暮らして行かれる仕事を探しているんです。」
実の子でもないのに、彼を父親と懐く息子さんを、放っておけなくなったらしい。
それを聞いたラズロさんが、ちょっと涙ぐみながら、それをこらえていた。
「母親が危険な存在であるとして、正式に役場に、僕の養子として認めて貰うには、僕が安定した稼ぎがあることが必要とのことで、一度は他のところで住み込みで雇っていただけたのですが、運悪く先日雇い主がお亡くなりになって、事業をたたむことに……。」
「そうだったのですね。では、今は家も?」
「はい。雇い主のご家族に、仕事が決まるまで、住むところは貸していただいています。
今は仮親の状態で、5年間きちんと息子を育てられたら、正式に親になれます。
今も若い女性に怯えるあの子を、母親に返したくはありません。息子を安全に暮らさせる為の家と、役場に認めて貰えるだけのお金をいただけるのであれば、なんでもします。
どうかよろしくお願いいたします。」
ニールさんは力強く頭を下げた。
その時、保育士さんの1人が、慌てて俺たちを呼びに来た。どうも1人の子どもが暴れているらしい。あっ!と思った瞬間には、もう目の前の子どもを突き飛ばして、その子に怪我をさせてしまったそうだ。
「若い女性をその子が怖がるので、今は所長先生が抱っこしていますが、お父さんを呼んで泣いています。」
保育士さんの言葉に、ニールさんが青い顔をして、ガタッと椅子から立ち上がる。
「コーリー……!!
あの、すみません、面接の途中ですが、息子が心配で、その、」
「はい、中断しましょう。俺も行きます。」
「俺も行こう。」
俺はニールさん、ラズロさんを伴い、保育士さんとともに保育所へと急ぐ。
泣いている男の子を抱っこしている所長先生のマイラさんの前で、自分の子どもをかばってわめいているのは、なんとさっきの、俺に色目を使ってきた若い女性だった。
「うちの子が悪いって言うの?遊びたがっているのに、譲らないのが悪いんじゃない。」
「先にこの子が遊んでいたんです。お子さんに優先権はありませんし、ほんの少し順番を待てばよいだけでは?それなのに、すべり台のてっぺんから突き落とすだなんて……。」
マイラさんに抱きかかえられ、わんわんと泣いているコーリー君に、アントンさんが心配そうに聖魔法をかけていた。コーリー君を突き飛ばしたのであろう男の子が、母親の後ろでアッカンベーをしている。
アントンさんにコーリー君の怪我の様子を聞くと、怪我はもうだいじょうぶですが、ショックが大きくて……とのことだった。
すべり台の1番上から落ちたんだものな。そりゃあ怖かっただろう。
「怪我はこの人が治療したから、なんともないんでしょう?だったらいいじゃないの。」
「いいわけないでしょう。たまたまうちには聖魔法使いがいましたが、あんな高いところから落ちたら、打ちどころが悪ければ即死していましたよ。即死はいくら聖魔法でも、助けることが出来ません。」
俺が母親を睨むと、
「子どものしたことじゃないの。」
と、まったく悪びれなかった。
「子どもの監督責任は親にあります。
子どもが他人に怪我をさせたら、賠償するのは親の責任です。
それに、子どもがしたこと、というのは、加害者側が言ってはいけない言葉ですよ。」
「そんな法律、この国にないわよ!」
「ありますよ、ここは俺の自治区なので。」
「は?」
母親は眉をひそめて俺を睨んだ。
「──俺はここの商会の商会長であり、この地区の領地をおさめている男爵です。
領地ごとに領主が取り決めた税金と法律があるのはご存知ですよね?この地区で子どもが犯罪を犯した場合、親が賠償責任を負う法律を作ったんですよ。賠償金は役場から徴収されますから逃れることが出来ませんよ。無視すれば、あなたが役人に捕まります。」
これは保育所を作ることになった時に定めておいたものだ。何かしらのトラブルがあった場合、判断する為の法律は必要だからな。
まあ大変だったが、六法全書を出して、この世界の基準に合わせたものを、役場に申請してあったのだ。
子どもが何かしらをした場合、子どもがしたこと、で許すことを強要される空気が、ずっと気になっていたんだよな。
もちろん程度はあると思うが、子どものしたこと、と言って躾を放棄する親に対する抑止力になればよいと思っている。
「い、いくらだっていうのよ。」
「聖魔法使いの治療費はおいくらですか?」
俺がアントンさんに尋ねる。
「全身検査をしましたので、中金貨1枚になりますね。1銅貨もまかりません。」
アントンさんが厳しい表情で睨んだ。
「ちゅ、中金貨1枚って……。」
それを聞いた母親が、サーッと青ざめる。
まあ、10万だな。保険のきかない世界の治療費用なんて、そんなもんだろう。
「国に定められた正式な金額です。
怪我の程度次第では、こんなものでは済みませんでしたよ。安く済んだほうです。」
アントンさんがシレッと言った。
平民は仕事を得ようとする時、月に中金貨1枚も稼げればいいほうなのだというのは、給料を決める時に、冒険者たちや出稼ぎに出ていたラグナス村長の村の人たちから聞いていたから、この人は仕事があっても、ひと月分の稼ぎをまるまる失うことになるのだ。
うちの給料はそれからすると、だいぶお高いから、飛びついてくる人たちも多いんだ。
大人しくして、うちの仕事につけていれさえすれば、分割で払いながら生活も出来ただろうにな。まあ、雇うつもりはないが。
警備兵が呼んだ役人が来て、女性と男の子は何ごとかわめきながら連れて行かれた。アントンさんが役人に、後で治療費用の請求を役場を通じて行います、と告げている。
コーリー君はニールさんに抱っこされ、ようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「申し訳ありません、こちらでお預かりしていたのに、お子さんに怖い思いをさせてしまって……。」
俺とラズロさんとマイラさん、そして他の保育士さんたちが、一斉にニールさんとコーリー君に頭を下げた。
ニールさんは一瞬驚いて、
「いえ、すぐに治療していただけて助かりました。息子もなんともないようです。少し驚いただけで……。──コーリー、もうこの保育所には、通いたくないか?」
と、コーリー君の顔を覗き込んだ。
ニールさんの言葉に、コーリー君はまだ涙を浮かべた目でフルフルと首を振った。
「ほいくじょ、すき……。またあそぶ。」
コーリー君の言葉に、みんなホッとして笑顔になった。コーリー!ぜったいまた来いよな!と、ナッツさんの上の息子さんのコーラ君が、コーリー君に手を振っている。どうやら遊んでるうちに仲良くなったみたいだな。
そしてその日のうちに、当然というか、俺はニールさんに、ミーティアで採用通知を送ったのだった。
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