第123話 コボルトの店の椅子とテーブル
今日はなんと、子どもたちが朝ご飯を作ってくれたので、みんなでワイワイとそれを食べている。まさか子どもたちだけで、ご飯を作れるとはな……。子どもの成長に驚くと同時に、まだ危ないので大人の目の届かないところでやらないようにと一応注意をする。
中学生くらいになれば、1人でやらせてもいいんだが、人間とは育ち方もやれることも違うからな……。いったいどのくらいまで大きくなれば、中学生くらいなんだろうか。
だが、包丁と火を使わないように教えてあったのだが、工夫してそれらを使わない方法で、料理をしたことには感動してしまった。
それも、ちゃんと作り方を教えたわけじゃないのに、簡単なものとはいえ、見様見真似で作ってしまったのだ。
もちろん約束したことを破るような子たちじゃないとは思ってはいたが、まさか魔法を料理に使うとはな……。
子どもの成長というのは凄いものだな。
俺はカイアを4歳くらい、アエラキを2歳くらいで考えていたんだが、もう少し上の年齢のことが出来るかも知れないな。お手伝いだけじゃなく、もう少し手順を学ばせてみてもいいかも知れないなと思う。
包丁を使わせるのは……まだやめとこう。
子どもたちの作ってくれたご飯を美味しく食べながら、そんなことを考えていた。
「今日も出かけるのよね?」
円璃花が聞いてくる。
「ああ。コボルトの伝統を売る店の状態と、看板を作って貰っているから、それを見にもな。あとクリーニング店の受付が今日から始まる予定だから、それを見にも行く予定だ。
連日家をあけてすまないな。」
「別に構わないわ。アシュリーさんとララさんに色々と教わってるし、私も2人に教えることがあるし。カイアちゃんたちもいるし、退屈しないもの。」
所属する国が決まるまでは、俺の家に軟禁状態の円璃花は、家でやれることを楽しむしか出来ない。だがそれなりにここの生活を楽しんでくれているようで何よりだ。
「明日は朝から釣りでもしてみるか?
家の裏の川で魚が釣れるんだ。」
「なにか釣れるの?」
と円璃花が言う。
「ああ。色々釣れるぞ。あまり釣り糸をたらす人がいないからか、割と初心者でも釣りやすいからな。アエラキが来る前は、カイアともやったことがある。」
「楽しそうですね!」
ララさんも興味しんしんだ。
まあ、カイアは小さくて釣り竿が持てないから、割り箸に糸と針とエサをつけただけのものでやるんだがな。小さい頃は俺も父親にそうして貰った。それでも結構小さい魚は釣れるのだ。大きいのは重さに耐えられんが。
「へーえ!面白そうね!
前に防波堤釣りを一緒にした以来じゃあない?あの時は入れ食いで凄かったわよね!」
「朝は割りとな。魚も食事の時間だからな。
ここもそうだぞ?朝は入れ食いだ。」
「魚は食べられるの?」
アシュリーさんは案の定、食べるほうに興味がいっている。
「ええ、もちろんです。まあ、川魚なんで、淡白な味ですがね。」
「私たち、川魚は大好きよ。大体川魚か加工した肉を食べるわね。海の魚はあまり手に入らないから、めったに食べられないの。もちろん海の魚を使った料理もあるけれど。」
確かに、山近くの森の中だものな。コボルトの集落は。
「そういえば、コボルトは天気によっても食べる料理が違いますよね?それに合わせた料理にしなくてだいじょうぶなんですか?
その……、宗教的な問題で。」
そういえば、あまり気にしないで作ってしまっていたが。宗教であるなら、食べてはいけないものもある筈だよな。
「宗教というか文化ね。だいじょうぶよ、お客様を招く時に振る舞う料理というのもあるのだけれど、初対面の人に作る料理はみな同じなのだけど、友人として歓迎する人の為に作る料理は、各家庭でそれぞれ異なるの。
もちろん共通のものもあるけどね。以前ジョージにも振る舞ったでしょう?」
そう言えばそんなことを言っていたな。
「つまりジョージの家で出てきたものを食べるというのは、すべて歓迎の料理ということになるのよ。だからなにも問題はないわ。」
「なら良かったです。じゃあ、明日の朝はみんなで早起きして釣りをしましょうか。朝ご飯は、釣った魚を食べましょう。」
「楽しみだわ!」
円璃花もみんなも嬉しそうだ。
「──それじゃあ出かけてくるから。お昼ご飯は冷蔵庫のものを適当に食べてくれ。
カイアもアエラキもキラプシアも、お姉さんたちの言うことを聞くんだぞ?」
わざわざ言わなくても、3人ともいつも、ちゃんと言うことを聞いているのだが、どうしても言っちまうな。こればっかりは。
俺は馬車に乗って城下町へと向かった。
クリーニング工房長のメッペンさんたちとも、そこで待ち合わせの予定なのだ。メッペンさんたちとの待ち合わせまではまだ時間があるので、先にコボルトの店の建築状況を確認がてら、大工さんたちに差し入れをする。
普段は人を雇ってお願いをしているが、俺が行く時は直接持っていくことにしている。
事前にミーティアで、俺が行くことを、差し入れをお願いしている店にも報告済みだ。
──かなり形が出来てきたな。
もともと吹き抜けの、背の高い建物だったのを、改装ついでに3階建てに変えて貰ってある。1階がコボルトの伝統を売る店で、2階がコボルトの料理店、3階が従業員の更衣室と休憩所、それとネイルを施す場所と、アクセサリーの加工体験場にする予定だ。
料理店が2階なのは、窓から覗かれずに、落ち着いて食事をして貰う為だ。
コボルトの店ともなると、興味本位で覗いてくるような人も多いだろうからな。食器やお茶を売っているところを覗かれても、それは逆にありがたいが、食べているところをマジマジ覗かれるのは、ちょっとな。
大工さんたちは差し入れに大喜びしてくれた。最近は警備の関係もあって、放火もおさまっているらしい。だが、まだまだ油断出来ないと、大工さんも警備兵の人たちも思っているようだった。俺もそこは同意見だ。
帰りにルピラス商会に立ち寄る。エドモンドさんが笑顔で出迎えてくれた。
「出来てるぞ、看板。なかなかいい出来だ。
ちゃんと王室御用達マークも彫ってある。
最高級のケリニアという木を使っているからな、ひと目で高級店とわかる。それでいて親近感のある意匠だ。敷居が高過ぎるということもないと分かるだろう。これがあれば、かなり店の印象がよくなるだろうな。」
エドモンドさんは嬉しそうにそう言って、布に包まれた木の看板を俺に手渡した。
「ありがとうございます。
拝見させていただきますね。」
布をまくると、俺がお願いしたイメージ以上の仕上がりになっているのが分かった。
とても素晴らしい出来だった。
「よい職人さんをご紹介いただいて、ありがとうございます。本当に助かりました。」
「大したことじゃないさ。これは王宮側は表立って公言は出来ないが、国をあげての事業なんだからな。コボルトのイメージを、本来与えられる筈だったものにする為のな。俺たちに出来ることはいくらでもするさ。」
と誇らしげに言ってくれる。
「内装はサニーが付き合いのある業者に色々と頼んでいる。一応店に入れる前に、出来を見て欲しいと頼まれているんだ。どこかで時間を取ってくれないか。まあ、サニーのことだからな、恐らく最終確認だけでいいとは思うが。依頼主の意に沿わないものだったら、作り直すことになるからな。」
「分かりました。別に今日でもいいですよ?
まだ、メッペンさんたちとの待ち合わせまでに、だいぶ時間もありますし。」
そういえば、サニーさんは現場にいなかったな。別の現場に行ってるのかな?
「なら、来れるかどうか聞いてみよう。」
エドモンドさんがミーティアを飛ばす。
すぐに返事が戻ってきて、
「ちょうど店に入れるテーブルと椅子の、木工加工職人のところにいるそうだ。
こちらから来てくれるとありがたいそうだから、今からあちらに行こうか。俺も今日はメッペンさんたちの為に時間をあけてあるから、まだ時間があることだしな。」
とエドモンドさんが言った。
「分かりました。さっそくいきましょう。」
木工加工職人さんの工房は、城下町から離れたところにあるとのことで、ルピラス商会の馬車で向かうことになった。
エドモンドさんが御者になり、俺がその隣に座る。それにしても、いい天気になって良かったな。まるでメッペンさんたちの新しい門出を祝ってくれているかのようだ。
俺は頬にあたる心地よい風を感じながら、馬車に揺られていた。
「──ジョージさん!エドモンドさん!」
工房の外に出て待っていた、リアル世界で最も有名な配管工似のサニーさんが、笑顔で手を振ってくれる。
「お久しぶりです、サニーさん。
奥さまのおかげんはいかがですか?」
俺は妊婦である奥さんの様子を聞いた。
「はい、とても良いです。近々安産祈願の為に、一度実家に戻って、カーバンクルさまに安産の願いを捧げてくるそうです。」
「──カーバンクルにですか?」
アエラキのご両親じゃないか。
安産祈願って、戌の日の帯祝いみたいなものか?臨月で行く人もいるが、普通は5ヶ月くらいで行くものじゃなかったかな。イヴリンさんはかなりお腹が大きかった筈だが。
「はい、キシンはイヴリンの実家があるということもありますが、カーバンクルさまはとても多産で、家族を大切にする精霊なのですよ。家族の健康や安産を願う精霊信仰があります。最近お姿を確認出来たこともあり、各地から安産祈願に人が集まっているとのことだそうです。それでイヴリンも行きたいと。
わたくしも同行予定です。」
アエラキの兄弟も多かったな、確かに。
「それでしたら、パーティクル公爵家からのご招待のおりに、一緒に行かれてはいかがですか?ご家族も一緒にと言ってくださっていますし、温泉もあって、カーバンクルのいる場所にも、公爵家の別荘は近いですよ?
それに魔道具で山の上まで運んでくださるそうなので、妊婦さんでも安心して山に登れるかと。招待状は届いていますよね?」
「はい、ですが……。なぜか妻と、わたくしの両親も、と書かれておりまして……。イヴリンはわたくしの母と仲が良いですから、とても楽しみにしているようですが、わたくしは母と顔を合わせるのが苦手で……。」
これは先日俺が頼んでおいたことだ。サニーさんとお母さんが、腹を割って話せる機会をもうけたいのだとミーティアを送ったら、快諾の返事とともに招待状が届いた。
国内有数の水魔法使いの名家である、ニュートンジョン侯爵家の嫡男、サニーさんの貴族籍離脱については、貴族の間でかなり有名な話なのだそうだ。パーティクル公爵も、貴族の時から付き合いのあるサニーさんと、そのご両親のことを、かなり心配なさっていたとのこと。自分たちが雪解けに手を貸せるのであれば、とても嬉しいと言ってくれた。
「俺も祖母と両親を連れて行く予定だ。サニーのご両親が、うちの親の話し相手になってくれたら嬉しいよ。駄目かい?」
エドモンドさんも後押しをする。
「……正直決めかねているのです。ですのでまだ、両親には話せていなくて……。」
サニーさんはそう言って目線を落とした。
「──それより、まずはテーブルと椅子を確認して下さい。中で木工加工職人の方がお待ちです。その話は、また今度ゆっくりと。」
「ああ、それもそうですね。長いこと外で立ち話をしてしまいました。では入りましょうか。とても楽しみです。」
俺たちは話を中断して、コボルトの店のテーブルと椅子を作ってくれている、木工加工職人の工房の中へ入った。
中は木の削りカスが散らばり、雑然としていたが、とてもいい木の香りがした。よく手入れのされた道具たちが、この工房の主人の腕を物語っているかのようだった。
「やあ、どうも、あんたが依頼人かい?
木工加工職人のレーベンだ。」
「ジョージ・エイトです。
今日はよろしくお願いいたします。」
レーベンさんは日に焼けた、少し目の小さな、たくましい中年男性だった。
気難しい人が多いという、職人さんにしては、かなり気さくな印象を受ける。
「レーベンさんはアンデオールさんという、国内有数の木工加工職人の弟子なんですよ。
王宮のテーブルと椅子も作っている程の方なんです。なので腕は確かです。」
とサニーさんが紹介してくれた。
「アンデオールさんのお弟子さんでしたか!
実は今、アンデオールさんに、馬車の車輪を大量にお願いしているんですよ。」
「師匠に馬車の車輪を大量に……?ああ、ひょっとして、あんたがジョージさんか!
師匠から聞いているよ。あんたのおかげで息子が独り立ちしたとな!師匠のところの妖精も、1体預かってるんだって?」
レーベンさんがカラカラと笑う。
「妖精だって!?
ジョージ、また守護者が増えたのか?」
エドモンドさんが驚いてる。
「いえ、カイアのペットです。」
「ペット?」
ああ、ペットという言葉を知らないのか。
「ああ、ええと、パーティクル公爵の犬みたいな感じの存在です。樹木の妖精なので、カイアのそばは居心地がいいらしくて。」
「妖精が、犬と同じって……。
さすがジョージだな……。」
なにがさすがなんだろうか。
「だからかねえ?あんたが来た途端、木が喜んでるよ。妖精に愛されてるんだな。」
レーベンさんが笑う。
「──木が喜ぶ?」
随分と不思議なことを言うなあ。
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