第34話 八宝菜丼とチョミックル(サワガニもどき)の素揚げ
俺は朝食を取ると、畑作りを再開することにした。そろそろいい感じに土が出来上がっている頃だ。
畝にマルチフィルムという、地温の調節、雑草抑制、乾燥防止、病気予防の効果をもたらすビニールシートをはっていく。色はダークグリーンを選んだ。
マルチ資材には藁を敷く方法などもある。
U型のパイプを畝の脇にさして、0.075ミリの農業用ビニールをかけてやり、小さなビニールハウスのような状態にしてやる。端っこに先端の曲がった杭をさしてとめ、ビニールのあまりを巻きつけ、杭を地面に押し込む。反対側にも杭をさして、足で強く踏み込むと、どれだけ強い風が吹いても、ビニールが外れなくなる。
新品のビニールなので、ところどころ熱が逃げるように、裾はあえて地面から離してあるのだが、この場合は風が強すぎると外れてしまうので、天候によっては裾を地面とつけてやる必要がある。
隣の畝とは2.5メートルほど間をあけている。それでも成長すると、間を通ると植物が体に当たるくらい成長する。
区民農園を借りている時はそこまで間をあけることは出来なかったが、これだけ広い土地が余っているのだ。一番いい状態で育ててやりたい。
風で飛ばないようにマルチフィルムの上に土をかぶせた。これでまた一週間もすれば、地温が上がって、苗を植える時に野菜にストレスがなくなる。
マルチフィルムも農業用ビニールも、どちらも植えた後で、太陽の熱から守ってやる為だ。それがないと熱で土が熱くなり、人の手で触れないくらいの温度になってしまう。
そうなったら当然植物も弱ってしまう。
最近じゃ100均でもこういうものが売ってるから凄いよなあ。
もうすぐ植えられる。楽しみだ。
「は〜……。疲れた。」
すっかり汗だくだ。
軽く風呂で汗を流して、服を着替えた。
すると、カイアがもじもじしながら、じっとこちらを見つめている。
「──?
あっ!そうか、もうこんな時間か!」
俺はすっかり夢中になってしまい、昼飯を食べるのを忘れていたのだ。
ドアの取手はカイアの背では届かない。届いたとしても枝の手では開けられないのかも知れない。外で作業する俺に、お腹がすいたと言えずに困っていたのだろう。
「──ごめんなカイア、急いでお昼ご飯にしような。」
俺は畑に夢中になる時だけ、空腹を忘れてしまうのが悪いクセだ。今は俺1人じゃないのだからと反省した。
カイアがお腹をすかせているから、すぐに食べられるものにしないとな。
そういやサワガニもどきもあったんだ。水につけておいたし、そろそろ食べるか。
俺は豆腐、わかめ、豚肉、にんじん、たけのこの水煮、白菜、小松菜、缶詰のヤングコーンを出し、醤油、味噌、塩、片栗粉、鶏ガラスープの素、出汁の素、あごだしの素、オイスターソース、炊きたてのご飯、サラダ油、キッチンペーパーを準備した。
豚肉を一口大に切り、フライパンで中火で炒めつつ、野菜を一口大に切っていく。
豚肉にほぼ火が通ったら、野菜をすべてフライパンに投入して炒め、野菜がしんなりしてきたら、水100ミリリットル、鶏ガラスープの素とオイスターソースと醤油を大さじ1、塩を少々入れてひと煮立ちさせる。
その間に、サワガニもどきを素揚げにする為、油を鍋に入れて180度に熱する。
野菜に火が通ったらいったん火を止め、材料を端によせて集めた煮汁に、水溶き片栗粉を入れて混ぜ、もう一度火を漬けて混ぜながら炒めて、丼にご飯をしいてその上に乗せ、八宝菜丼の出来上がりだ。
サワガニもどきを水で洗おうとしたら、
〈チョミックル〉
淡水に生息する甲殻類。海水の近くにも存在する。味はサワガニに近い。
と食材情報が表示された。
やっぱりサワガニもどきなんだな。
水で洗ったチョミックルをキッチンペーパーでふいて、片栗粉をまぶして1つずつ箸でつまんで油に投入する。心地よい音とともに真っ赤になったチョミックルがあがってくる。5分程揚げたら塩をまぶしてチョミックルの素揚げの完成だ。
火の通りやすい豆腐とわかめのお味噌汁も準備して、お昼ごはんを机に並べた。
「さあ、カイア、ご飯にしようか。
まずは手を洗おうな。」
カイアを抱き上げて手を洗わせてやり、一緒にテーブルについた。
「いただきます。」
カイアも真似して手を合わせる。
今日のお昼ごはんは八宝菜丼とチョミックル(サワガニもどき)の素揚げと、豆腐とわかめのお味噌汁だ。
カイアにはスプーンを出してやると、上手に八宝菜丼を食べた。
俺は八宝菜には必ずヤングコーンが欲しい派だ。カイアもヤングコーンがお気にめしたらしく、1つとってはキラキラした目で見つめて食べ、2つとってはまたキラキラした目で見つめてから食べている。
多めに入れておいてよかった。
だがカイアがそれよりも気に入ったのはチョミックルの素揚げだった。
サクサクとした食感に、ちゃんとカニの旨味がある。これはたまらない。
……ビールが飲みたいな。昼間だけど飲んじまおうかな。
ビールを出そうかとも思ったが、カイアがもっと食べたそうだったので、俺の分も分けてあげた為、ビールは諦めた。
……カイアが喜んでくれるのが一番だな、うん。嬉しそうに食べるカイアを見ながらそう思う。
ビールを飲まなかったことだし、アシュリーさんに頼まれた、出汁こし布を販売登録する為に、商人ギルドに行ってみるか。
いい店の出店場所も教えて貰えるかも知れないしな。
「カイア、1人でお留守番出来るか?」
そう尋ねると、寂しそうな顔をする。
1人でお泊りするわけではないのだが、やはり不安らしい。
「どうしようかな……。」
そこにドアを叩く音がする。
「はい?」
「ジョージ、突然来てごめんなさいね、おすそ分けに来たのよ。」
やって来たのは、手にふきんを被せた籠を持った、笑顔のマイヤーさんだった。スカートの端をつまんで、マイヤーさんの後ろに隠れたアーリーちゃんもいる。
「ああ、それはすみません。
ありがとうございます。」
マイヤーさんの差し出した籠を受け取る俺の足元から、恐る恐るカイアが顔を覗かせる。アーリーちゃんとカイア、人見知り同士が目を合わせ、ぱちくりしている。
「え……、ジョージ、それは魔物なの?」
マイヤーさんが恐れたようにカイアを見おろす。その態度にカイアがビクッとして俺にすがりつく。
「ああ、いえいえ、ドライアドという精霊の子株だそうです。」
「精霊……!?初めて見たわ。」
マイヤーさんもアーリーちゃんも興味津々だ。
「カイア、ちゃんとご挨拶しなさい。」
カイアが俺に言われて、2人にペコリとお辞儀をする。
「まあ〜、かしこいのねえ。」
マイヤーさんがカイアの可愛らしさに目を細める。
「あら、どうしたの?
アーリーったら、珍しいわね。
カイアちゃんと一緒に遊びたいの?」
見ればアーリーちゃんが、カイアにそっと手を伸ばしている。
「……マイヤーさん、ぶしつけなお願いなのですが、カイアを一日預かっていただけないでしょうか?俺はこれから出かける予定なのですが、カイアが寂しがっていて……。」
「あら、別に構わないですよ?
アーリーも一緒に遊びたがっていることですし。カイアちゃん、おばあちゃんのおうちにいらっしゃい、アーリーと遊んでくれたら嬉しいわ。」
マイヤーさんが目を細めて微笑む。
「カイアちゃん……、あそぼ……。」
あまり自分からは話さないアーリーちゃんが、カイアにそう言って手をのばす。
カイアが笑顔になってアーリーちゃんに手をのばした。
「すみません、じゃあ、お願いします。
夜に迎えに行きますので。」
「はいはい、了解しました。
あ、お土産にお酒は持ってこなくていいですからね?」
としっかり笑顔で釘をさされてしまった。
お礼に持って行って、ついでにガーリンさんと飲もうと思っていたのを察知されたらしい。俺は苦笑しながら頭をかいた。
「いこ、カイアちゃん。」
カイアはアーリーちゃんと手をつないでトコトコと歩いて行く。
「さて、俺も準備するか。」
俺は商人ギルドへと向かうことにした。
商人ギルドにつくと、前回申請したキッチンペーパーの登録が終わっていて、販売を担当する商団を紹介するので、品物をおろしてほしいと頼まれた。
かなり手広くやっている、有名なところらしく、店を持ちたいと話すと、商団に相談してみたほうがいいのではないかと言われた。
「実際に町に詳しいのは、商団の皆様のほうですので。」
なるほど。
「副長さんがちょうどいらしてますから、ご紹介いたしますね。」
商人ギルドの受付嬢が、奥で人と話していた、もみあげから髭のはえたたくましい男性を連れてくる。
「こちらエドモンドさんです。
ルピラス商会の副長さんです。
こちらの方がジョージさんです。」
「ジョージ・エイトです。
良かったんですか?お話のほうは……。」
「エドモンド・ルーファスだ。
ちょうど終わったところだから構わない。
見本を見せて貰ったが、あれはとても素晴らしいものだった。
きっとこの国どころか、他の国にも広まるだろう。君はあれをどこで?」
「まあ……、それは商売上の秘密ということで……。」
「まあ、それはそうだよな。
こちらは商品の質さえよければ問題ない。
取引に感謝する。」
エドモンドさんが快活に笑いながら握手を求めて来た。
俺はエドモンドさんと握手をかわす。
「こちらこそ、よろしくおねがいします。
それで、先程受付嬢の方から伺ったのですが、俺は店を出したいと考えていまして、それなら商団の方に相談したほうがよいとのことで……。なんでも町にお詳しいとか。」
「まあそうだな、俺たちはあちこちの店に顔がきくし、客層なんかも把握している。
どうだ、どこかの店でゆっくり話をしないか?」
「それが、実は先ほど昼を食べてきたばかりでして……。」
「ああ、それならキャフェに行こう。
今度ジョージの商品をおろす予定の店さ。
なかなかいいコーヒーを出すんだ。」
キャフェ?カフェのことか?コーヒーを出すというし。どこかの国の発音だと、カフェがキャフェだったよな、確か。
エドモンドさんが連れて来てくれたのは、やはりカフェだった。コーヒーを2つ注文すると、飲み慣れたコーヒーが出てくる。
名前は違うけどマヨネーズがあったり、小麦粉はそのまま小麦粉だったり、全然違う食材もあったりで、不思議な世界だな。
「おいしいです。」
「それは良かった、ところで、どこにどんな店を出したいと思ってるんだ?」
「若返りの効果のあるお茶と、絵柄が美麗な食器と、精霊魔法のかかった魔宝石があるので、貴族の住む地域に出したいと思っているのですが……。」
「なんだって!?
それは本当か?ジョージ。
それは確かに貴族にうけるだろう。
君は本当に凄いな。」
「ですが土地を買うにしても、借りるにしても、色々と問題があるようで……。」
「まあ、そこは確かにそうだな。
買ったほうが俺は良いと思うが、貴族の保証のあてはあるのか?」
「王宮勤めの友人がおりまして、あたって貰おうかと思っているのですが……。
既に何か動いてくれているようです。」
「ふむ。なら、先に店の場所を探したほうがいいな、そこを誰が持っているかで話が変わってくる。」
「ですが、友人から、俺の売りたいものが原因で、貴族の住む場所は難しいと思うと言われてしまいまして……。」
「なぜだ?商品はどれも、貴族の気をひくものばかりだ。
貴族の護衛は精霊魔法を使えない。
精霊魔法の使える魔宝石なんて、いくらでも買うだろうに。
若返りのお茶だってそうだ。
美しい食器も興味を示すだろう。」
「俺の出したい店は、料理も出すつもりなのですが、それがコボルトの料理なのです。
お茶も、食器も、精霊魔法の使える魔宝石も、すべてコボルトたちが作っています。」
「コボルトだって!?」
突然エドモンドさんが眉間にシワを寄せ、目を見開いて俺を見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます