第10話 ワイルドボア(猪肉)のトンカツとワイルドボアの角煮とワイルドボアの爆弾煮
俺は日の出とともに目覚めると、さっそく土作りの準備の為の道具を出した。クイ、ロープ、鍬、苦土石灰だ。
畑をイジる時は、収穫したものを朝食にすることが多い関係で、朝飯を食べる前にやる週間がついている。
まあ、まだ種も植えてない段階だから、何が取れるわけでもないが、習慣というのは恐ろしいものだ。
目覚ましもないのに、きっちり目が覚めた。まあ、楽しみにしていたことが他にもあるからかも知れないが。
俺はワイルドボアの肉を食べる為に、土作りの前に料理の下ごしらえと、時間のかかる料理を先に作ることにした。
今のうちにやっておかないと、3時間は漬ける必要があるし、圧力鍋を使う予定だがそれでも2時間近くかかる料理をするからだ。
卵、大根、白ネギ、キャベツ、生姜、三温糖、にんにく、唐辛子、薄力粉、パン粉、ソース、作動圧力98kpaのワイヤーハンドル付きの30リットルの圧力鍋、ナイフとフォークを出して、醤油、酒、みりん、チューブの練りカラシ、ごま油、サラダ油を準備した。
圧力鍋は作動圧力が高いと、時短にはなるが煮崩れしやすくなったり、食感が大きく変わってしまう。
料理に合わせて時短を優先するなら作動圧力が高いものがいいし、煮崩れしやすいものなら低い方がいい。
肉なら作動圧力が高くてもいいのだが、今回作るものは、本来じっくりコトコト煮込むものだし、使い慣れた数値のもののほうがいいだろうと思った。
まあ、ここまでのサイズで作ったことはないが。
俺は冷蔵庫からワイルドボアの肉を取り出すと、そのうちのロース部分を水で洗ってペーパータオルで拭き取ると、1センチ程の厚さにカットして、周囲の脂身と赤身の境目に等間隔に筋切りを入れた。
肉が厚くて下まで刺しづらい時は両面を筋切りしてやるといい。
こうすることで焼いた時に反り返ったり縮んだりしなくなり、均一に火が通る。
それから念入りに肉を叩いて更に柔らかくしてやる。
ジップロックと塩麹を出して、肉200グラムに対して大さじ1の塩麹を中に入れた。ジップロックの中で肉に塩麹を塗り込んでいく。こいつは更に冷蔵庫に入れて数時間寝かせてやる。
次にアバラ周辺の肉、つまりバラ肉を、分厚いままフライパンに少し油を引いて、表面に焼き目をつける程度に焼く。
少し冷ましたら一口サイズにカットして、肉が浸かる程度に水を入れ、鍋でひと煮立ちさせて、お湯で洗って余分な油を取ってやる。
皮を剥いて半月状に切った大根と、白ネギの緑の部分3本分、スライスした生姜200グラム、肉8キログラムに対して醤油、酒、みりんを各大さじ20、三温糖を大さじ30、水1200ミリリットルを、ワイルドボアの肉とともに圧力鍋に入れてやる。
圧力鍋は食材によっては3日かかる料理でも45分で出来たりするのだ。肉を40分加熱して、12分加圧する。鍋をテーブルに置いてやり、そこからフロートが降りるのを待つ。大体50分くらいだ。
下茹してるからもう少し短くてもいい気もするが、普通に肉を煮るのと違って、柔らかくトロトロにしたいので、少し長めにした。このまま置いておけば、ワイルドボアの角煮の出来上がりだ。
残りは後でやるとして、まずは家のそばで畑にする場所と範囲を決める。
クイを打ってロープを引き、均等に耕せるようにする。
鍬の先端で少しずつ土を掘り起こしていく。
生えていた雑草や、出て来た石ころを取り除いてやる。
ここにも粘土質のような土が出るんだな。
粘土質の土もいったん取り除いて、固まりになっている土を少しずつ粉砕していく。
俺はプロではないので、土壌分析までは行わないし、作物に合わせてPH値をはかったりまではしないが、PHを0.5上げるのに、大体100グラムから200グラムの石灰が必要とされている。
作物がはる根っこの長さまでの土壌分析なんて、農協や農家でもないと普通やらないが、作物の育ちが悪いなと思って調べてみると、カルシウムの数値が高すぎたり、バランスが悪いことが分かったりするのだそうだ。
ちなみにカルシウム5、マグネシウム2、カリウム1が一番栄養の吸収がいいとされている。
今日は風もないから、粉タイプの苦土石灰をまくのにちょうどいい日だな。
風があると粉タイプはすぐに飛んでいってしまうから、日を改めなくてはならなくなる。
苦土石灰を1平方メートルあたりに対して、200グラム程度撒いてやる。
土を酸性から中性、またはアルカリ性に寄せていく為と、カルシウムとマグネシウムを土に与える為だ。
かきがら石灰だと分解に時間がかかるから、撒いてからすぐに作物を植えられるというメリットがあり、土日しか畑をいじれない時はたまに使っていたが、一度も掘り起こしていない土であることを考えると、時間をかけて一度基本を作りたいと思った。
苦土石灰を撒いた土をさらに耕して土と混ぜてやる。これで1度、1週間から2週間、間をあけてから、鶏糞と腐葉土を混ぜてやるだけでも、じゅうぶん美味しい野菜が取れるようになる。
使うものは人それぞれだと思うが、うちは親父がそうだったので鶏糞派だ。
たまに生ゴミが分解されたやつも使う。
ただ粘土質の土が混ざっているから、川砂も混ぜてやらないといけないな。
このままじゃ根を張りにくくなっちまう。
この土の感じだと、以前耕したことのある土と性質が似てるから、苦土石灰が200グラムでも、多いということはないだろう。
いったん今日出来ることは終わったので、朝飯にすることにした。
夢中になってやっていたせいで、朝というか既に昼飯だが。
残りのワイルドボアの肉を冷蔵庫から取り出して、水で洗ってキッチンペーパーで拭き取り、一口サイズに切ってやる。部位はどこでも構わない。大きな筋だけ取り除いてやり、下茹でしたものを、もつ煮を作る時のようにお湯で洗ってやる。
ごま油でキツネ色になるまで、にんにくを炒める。
肉を鍋に戻して、酒、醤油、みりんを肉800グラムに対して大さじ4、三温糖を大さじ1、炒めたにんにくと、唐辛子を入れ、浸る程度の水で煮る。
にんにくと唐辛子は多ければ多いほどピリ辛でうまいが、苦手な人はお好みでいい。
三温糖の代わりに砂糖でもいいし、三温糖とみりんがなくても構わない。
程よい噛みごたえになったら、落し蓋をして水分を蒸発させながら更に煮込んでやる。味が薄ければ醤油を加える。
水が半分まで減ってしっかり味がついたら、ワイルドボアの爆弾煮の出来上がりだ。
そのまま食べても酒のツマミにもいい。どの部位を使ってもいいというのが、作りやすくていいところだと思う。
ジップロックに入れておいた塩麹漬けのワイルドボアの肉を冷蔵庫から出し、塩麹をざっとペーパータオルで拭う。この時決して水で洗わないのがポイントだ。
既に肉は叩いてあるが、細かくフォークで刺しておく。
卵を箸で縦に切るように溶いてサラダ油を小さじ1加えて混ぜ、薄力粉、溶き卵、パン粉の順にワイルドボアの肉につけ、余分なパン粉を落としてやる。下味がついているので塩コショウはしない。
衣をつけたら15秒ほどなじませる。
ここで二度付けをする。もう一度薄力粉、溶き卵、パン粉の順に付けてやり、今度は10分放置して衣をなじませる。
フライパンに薄くサラダ油を注ぎ、衣をつけたワイルドボアの肉を入れ、更にその上からヒタヒタになるまで油を注ぐ。
ここで初めて火を付け、弱火から徐々に弱火と中火の間くらいの火にしてゆき、ジワジワと油の温度を上げていく。
大体10分で100度くらいまで上がるので、ゆっくりと揚げ焼きにする。
パン粉が定着するまでは触れずに、じっくりと片面を揚げてやり、ひっくり返して更に4分加熱する。
衣がキツネ色にはならないが、中に火は通っているので問題ない。
1度フライパンから肉を取り出し、今度は油の温度を180度に上げて、両面をキツネ色になるまで1分ずつくらい揚げ焼きする。色が変わるなら30秒でもいい。
切って並べてワイルドボアのトンカツの完成だ。
別に普通に揚げてもいいのだが、使い終わった油の処分を考えると、あまり量を使いたくないと思ってしまうのでいつも揚げ焼きだ。
俺はたまに無性にトンカツが食べたくなることがある。俺はこれを発作と呼んでいる。
今日はその日だった。
箸で抑えながら包丁でカットしていく。サクサクと気持ちのいい音がする。
キャベツを剥がして、小さい葉は大きい葉にくるんで、ひっくり返して出来るだけ長く千切りにする。
氷水に入れるとパリッとするが、栄養分が水に流れ出てしまうので俺はやらない。
今日は朝昼兼用で、ワイルドボアのトンカツ、ワイルドボアの角煮、ワイルドボアの爆弾煮だ。
量を作ったし、食べ追わったら後で残りの肉も揚げて、村に持っていこう。
ご飯は既に炊いてある。まずは揚げたてのトンカツだ。ソースに練りカラシを付けて熱々の白飯と一緒にかきこみ、キャベツの千切りを頬張る。
ああ〜……。やっぱりイノシシ肉はボタン鍋よりもトンカツだよな。
角煮も口の中でとろけるようにほどけてゆく。うん、いい出来だ。圧力鍋さまさまだな。
爆弾煮も程よく辛くてたまらん。
いかん、酒が飲みたくなってきたな。
少し取っておいて夜のツマミにしよう。
異世界の魔物肉、うまいじゃないか。
こうなると早くオークを狩りたくなってくる。他の魔物の肉も気になるし、山菜もうまかったよなあ。
俺はすっかりこの世界の食材が気に入ってしまったのだった。
すっかり腹いっぱいになり、大満足で朝昼兼用の食事を終えて、俺は村へと向かった。
夕食に合わせて持っていくつもりだから、先に準備してたら悪いと思ったからだ。
ついでにラズロさんから借りていた籠も持っていく。
ラグナス村長の家を訪ねて、肉がたくさん取れたので、料理したものを皆さんにお裾分けしたいと言うと、ラグナス村長は飛び上がるかのごとくに喜んでくれた。
そこまで期待して貰えると作りがいがあるというものだ。
ラズロさんの家を訪ねると、ラズロさんは仕事に出ていていなかった。
ティファさんに籠をかえして、村長のところに、取れた肉を使った料理を夕飯に合わせて持っていくことを伝えると、ティファさんも一瞬飛び上がりそうになった。
喜んだ時に飛び上がりそうになるのは、この世界の人の癖なのだろうか?
俺は家に1度戻って、残りの肉もトンカツにする為に、衣をなじませて準備をしておいた。
暗くなる前にトンカツを揚げていると、俺の家のドアがノックされた。
「──はい?」
ドアをあけると、手に手に皿の入った籠を持った村人たちが立っていた。
一番先頭にはラグナス村長とラズロさんが満面の笑みで立っていた。
「皿を人数分準備するのも、運ぶのも大変だろうと思ってね。
みんなで直接取りに来たんだ。」
「ああ、それは助かります。」
鍋ごと運ぼうと思っていたが、取り分けることを考えたら、その方がありがたいな。
俺はみんなの籠と皿を受け取ってテーブルに並べると、均等になるように、角煮、爆弾煮、ソースをかけたトンカツとキャベツの千切りを入れて練りカラシをそえ、村のみんなに籠を順番に渡していった。
「こっちの皿のは辛いやつなので、お子さんには与えないようにして下さい。」
俺は爆弾煮に対する注意を伝えた。
みんなとても嬉しそうに籠を見ている。
こんなに喜んでくれるなら、また作りたいなと思わせる笑顔だった。
「君の料理は本当に珍しくて美味しいからね。これも食べるのがとても楽しみだよ。」
「そう言って貰えると嬉しいです。
作りがいがありますよ。」
あまりご近所付き合いなんてしない俺だが、この村の人たちとは、うまくやっていけそうだった。
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