こじらせ中年の深夜の異世界転生飯テロ探訪記

陰陽

第1話 土鍋ご飯蟹チャーハンとモヤシと卵の中華スープ

 気が付けば、真っ白な世界にいた。

 目の前には、光り輝く空中に浮いた老人。

「ちょっと間違えてしまっての。」

「はあ。」

「君を元の世界に戻すことはかなわんのだ。」

「そうですか。」


「……君、少しも動揺しとらんな。」

「だって無理なんですよね?」

「まあそうなんだが……。」

「じゃあ、考えても仕方がないんで、別にいいです。」

 日本のサラリーマンは、思考を止めることに慣れているのだ。


 俺はそれなりに仕事をして、それなりにお付き合いした女性も何人かいたが、いまだ独身。特に困る相手もいない。

 相手の女性が良くなかったとかそういうことではなく、仕事が忙しかったり、飯を作って食べる時間が楽しかっただけだ。


 あまり話さないので、よく知らない人からは、いつも機嫌が悪いかのように思われがちだが、単に関心のないことを無理に話したいと思わないというだけだ。

 1人で気楽に好きな料理をして暮らせるのであれば、それでじゅうぶんなのだ。


「せめてもの詫びとして、好きなスキルを3つ授けよう。」

「スキル?」

「まあ、平たく言えば、あちらの世界で、便利に使える能力ということだな。」


「じゃあ、どんな食材でも手に入るスキルと、どんな食材かを理解するスキルと、まだ見ぬレシピを知るスキルを下さい。」

 俺はひと息でそこまで言った。

「急に食い気味だな。

 ──というか、そんなのでいいのか?」


「料理することと、食べることにしか、興味がないので。」

「……まあ、いいだろう。本人の望みだからな。」

「あ、調味料とかも、ちゃんと手に入りますよね?

 肉があって塩コショウがないとか、魚があって醤油がなかったら、最悪なんで。」


「……欲しいものが何でも手に入る、にした方が、いいんじゃないのか?」

「じゃあそれでお願いします。」

「見た目は君じゃない人間を召喚する時ように準備してたものになるから、大分若返ることになるが、……まあ、君なら気にせんか。」


「性別が女になるとか、生まれつき難病を抱えてるとかでなければ。」

「健康な若い男だから安心してくれ。」

「じゃあ、それでいいです。」

「言葉も分かるし読み書きも出来る。

 ちゃんと服や簡単なものは与えることになっているから、それも安心してくれ。」

 全裸の可能性は考えていなかった。


「では、頑張ってくれ。

 本当にすまんね。」

 こうして中年サラリーマンだった俺は、ある日突然異世界に送られることとなった。

 仕事引き継ぎ出来なくて申し訳ないなあ、と思いながら。


 たどり着いた先はどこかの村の近くのようだった。

 ちゃんと服を着ている。半袖にベストのような上着、ズボンに紐のついた長い革靴。

 これがこの世界の標準装備ということか。

「とりあえず、家を見つけて飯を食おう。」

 俺は村の人をたずねることにした。


「あの、すみません。」

 洗濯物を干している若い女性に声をかける。

「この村に、空き家はありませんか?

 住むところを探してるんですが。」

 いきなり見知らぬ相手に話しかけられて怖かったのだろうか。

 女性は突如真っ赤になると、体を強ばらせて小走りに逃げていってしまった。


「──なんだ、お前、突然やって来て。

 この村に住みたいだ?」

 かわりにコワモテの男がやって来た。

 年齢的に彼女の父親だろうか。

「はい、家を探しています。」

「そんなもんねえよ。

 他をあたんな。

 勝手に森の木を切り出すんじゃねえぞ?」

 そう言って追い返されてしまった。


 まいったな。家も準備して貰えば良かった。

 とぼとぼと道を歩きながら、そういえば、何でも手に入るスキルを貰ったことを思い出した。

 家も出せないだろうか。


 俺は何もない野っぱらの前で、

「家。」

 と言った。

 すると目の前に丸太で組まれた家が、突然、デン、と現れる。


「こいつはいいや。」

 中に入ると、本当に家だけで、調理器具もベッドも何もなかった。

 まあ、そんなもんか。

 俺はフライパンとカセットコンロを出した。


 やはり簡単に食べられるものといったらチャーハンだよな。

 しかし、電子レンジは出したところで使えない。米をどうしたものか。

 俺は思案の結果、無洗米と土鍋とプラスチックのボウルとペットボトルの水を出した。


 直接料理名を言えばそれも出てくるんだろうが、俺が料理をするのは、自分好みの味付けにしたいからだ。

 せっかくどんな食材でも手に入るのに、それじゃ味気ない。


 米2合に対して500ミリの水に30分ひたす。米が透明から真っ白になり、全体が白濁するのを待つ。

 この時土鍋で直接ひたすと、土鍋が割れやすくなるので、ボウルの中でやるのだ。


 土鍋ご飯を使うのなら、せっかくだし贅沢にいこう。

 茹で蟹、蟹バサミ、万能ねぎ、卵、鶏ガラスープの元、ごま油、塩コショウ、まな板、包丁、小皿、皿、スプーン、しゃもじ、フライ返し、お椀を出す。

 卵をといて鶏ガラスープの素を少々加え、蟹の身を取り出してあらくほぐす。

 万能ねぎを切って小皿に入れておく。


 水の量は土鍋の大きさの、半分より少し上くらいをこえると、吹きこぼれやすくなるので、量には注意が必要だ。

 土鍋に蓋をして中火で沸騰するまで火にかける。


 土鍋で米を炊く間に、別のカセットコンロと鍋を出して、もやし、醤油、片栗粉、大さじ小さじを追加で出す。

 もったいないがペットボトルの水でもやしを水洗いして、鍋で茹でる。


 鶏ガラスープのもとを10グラムほど。

 醤油と塩コショウをお好みで味を整えたら、片栗粉大さじ1を大さじ2の水で溶いたものを、そっと混ぜながらくわえる。

 最後に溶き卵を流し入れた。


 土鍋が沸騰したら、更に弱火で15分炊く。時間が分からないので、クッキングタイマーを出してセットした。

 最後に蓋を開けて水分が残っていなければ完成だ。


 鍋から水や泡がブクブク出ているなら、水気を飛ばし足りていないので、1分ごとに様子を見ながら火にかける。

 炊きあがったら10分蒸らすのだが、蓋を開けたことで温度が下がっているので、ここで蓋をしめて中火で10秒程再加熱する。


 俺はしゃもじで完成した米をほっくりかえした。炊きたての米のいい香りがする。

 こう考えると、揃えるものが本当に多いことに気付く。何より電気が使えないから冷蔵庫が使えないのだ。

 日持ちしない食材を使い切ることや、保存方法を検討しなくちゃならないな、と思った。


 フライパンにごま油を少し入れて、熱したところに鶏ガラスープの素を少々加えておいた溶き卵を流し込む。

 半熟になったところで1度、フライ返しで取り出し、皿に移した。


 再度フライパンにごま油を入れ、ご飯とほぐしておいた蟹の身をフライ返しで炒める。

 鶏ガラスープの素と塩コショウを適当に加えて味を見たら、卵を戻し入れて、切っておいた万能ねぎを加えてざっくりと混ぜ合わせる。

 皿に移して完成だ。

 作っておいたもやしと卵の中華スープをお椀に注ぐ。


「──いただきます。」

 手を合わせてさっそくいただく。

 土鍋で炊いた米がほっくりして最高だ。残った米はまた夜に食べるつもりでいる。

 俺はチャーハンはパラパラよりもモチモチ派なのだが、あまり市販品や中華料理店にそれがないのだ。


 スープもスプーンで食べる。

 洗い物が少ない方がいいので、いつもあまり食器を色々使わない。

 大満足で腹いっぱいになったところで、ふと、洗い物と、出たゴミをどうしようということに気が付いた。

 カセットコンロのボンベを使い切っても捨てられないんじゃないか?

 特に蟹の殻だ。放っておいたらすぐに臭くなる。


 村からは追い出されてしまったし、そもそもゴミの回収の日なんてものが、この世界にあるのだろうか?

 何でも出来そうに見えて不便な能力を貰ってしまったことに、俺は今更ながらに気が付いたのだった。

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