実力差

 この町はすでに闇に飲まれている。

そして────



「闇は俺の領域だ」



 俺は手を伸ばし、振り下ろされる大剣を掴もうと。



「馬鹿が! あの大剣を素手で?!」


「鋼鉄の盾だってぶち破る一撃だぜ!」


「そのまま真っ二つだぁ!!」



 ならず者が口々に言う。


────だが、そうはならない。



「馬鹿、な…………」



 大男が驚愕きょうがく面持おももちで呟いた。

その目が凝視しているのは、自身の振るった大剣の刃を掴む俺の手。

大男は渾身こんしんの力を込めて刃を押すが、その剣は微動だにしない。


 俺はその手にまとわせていた闇の濃度を上げた。

俺が力を込めると、バリバリと音を立てて俺の指が大剣に食い込む。


 しょせん人間の振るう金属の塊。

レッド・ドラゴンの爪と比較するのも可哀想だが、あの爪さえ俺は防ぐ事ができる。

そう、仮にも俺は聖騎士団の騎士だったんだ。

リーンハルトのせいで団を追われたが、決して俺が弱いわけじゃない。


 喧嘩を売る相手を間違えたのは────



「俺じゃない。お前達だ」



 俺は小声で呟いた。

いで大男に向かって。



「どうした? 来世の教訓を教えてくれるんじゃないのか? 鋼鉄の盾をぶち破る? はは、小僧の手のひら1つ破れなくてよく言ったな」



 俺は乾いた笑い声と共に言った。

その言葉に大男は顔を真っ赤に染め、青筋を立てる。



めるなよ! 小僧……!!」



 大男が憤怒ふんぬの表情で叫んだ。

同時に大剣から炎が巻き起こる。

俺の視界を覆い尽くした紅蓮ぐれんほむら

俺は瞬く間に炎に飲み込まれる。



「俺は鑑定の儀を終えて火の力に目覚めていた。強靭きょうじんな魔物の肉体さえ燃やし尽くす浄化の炎だ! 骨も残らず燃え尽きてしまえ!」



 大男は勝利を確信してげらげらと笑い声を上げた。

他のならず者達も一緒になって笑っている。


 一向に気付かない。

その炎が俺に効いていない事を。



「…………なぁ、それが限界か?」


「ぎゃははは…………は?」



 笑い声を上げていた大男は、俺の声を聞いてすっとんきょうな声を漏らした。

ならず者達が一斉に炎に飲まれた俺を見る。


 俺は全身にまとっていた闇を拡散させ、浄化の炎を消し飛ばした。

実際の炎や灼熱のブレスなどは今のような防ぎ方はできないが、浄化の炎は熱で対象を焼くわけではない。

飲み込んだものを浄化によって白き灰へと変える、火の形をかたどった本質の異なる現象。

そして俺の闇の力を浄化するには、この大男1人の炎ではまるで力不足だ。



「俺の炎が……消し飛んだ? 馬鹿な。あり得ない。何をしたんだ?」



 大男は震える声音こわねで呟いた。

ふるふるとかぶりを振り、目の前で起きた事が理解できずに狼狽うろたえている。



「何事じゃ」



 その時、老人の声が聞こえた。

どこか懐かしいその声に振り返ると、そこにはこの町の町長の姿。

俺の記憶の中の姿と比べるとずいぶんと痩せ、頭もかなりさみしくなっていて。

だがようやく会えた見知った顔を前にして、思わず俺の張り詰めた緊張の糸が切れる。



「町長さん!」



 俺は鷲掴わしづかみにしていた大剣を無意識に放り投げた。



「ぐえっ」



同時に大剣を握っていた大男も宙を舞い、背中から地面に叩きつけられる。



「お主は……リヒト! もしやリヒトか!」



 町長さんも俺の事を覚えていてくれたらしく、俺に気付くと険しい表情から一変。

嬉しそうに笑って俺に駆け寄ってきた。



「おお、リヒトよ。ずいぶんと成長したな!」



 町長さんはそう言って俺の体をぽんぽんと叩く。



「町長さん、町に一体何が起きたんですか? あいつらは?」



 俺は町の惨状を見回し、逃げ腰になっているならず者達に視線を向ける。

ならば者達は俺が視線を向けると小さく悲鳴をあげ、捨て台詞ぜりふも残さずに逃げ出した。



「半年ほど前から聖騎士様による闇払いの儀がはたりと途絶えたのじゃ。町はみる間に闇に飲まれ、2月ほど前から、ついには町の中で魔物が生まれるまでになってしもうた。どうやら大きな都市を除いた他の町や村も同じようじゃ」


「そんな」



 半年ほど前と聞いて思い当たるのは1つ。

ヴィルヘルム様が退団し、リーンハルトが総団長になった頃だ。


 町長が話を続ける。



「なんとか町に用心棒を雇おうと思ったが、残念ながらギルドで正式な手続きを踏んで用心棒を雇い続けられるだけの金がこの町にはない」


「他の街への移住は」


「それも考えたが、どこの村や町も考える事は一緒じゃ。大きな街はどこも移住希望者が殺到さっとう。なんとか小さな子供のいる家族を何組か迎え入れてもらったが、それが限界じゃった」



 町長は肩を落とすと、ならず者達の消えた方向を見て。



「そんな折りにやってきたのが奴らじゃった。奴らは町の用心棒として自分達を雇わないかと相談を持ちかけてきた。提示された金額はギルドでの相場の10分の1。背に腹は変えられんかったんじゃ」


「町長さんの報酬とは別に、町の人達からもお金をとっていたことは?」


「…………知っておった。リヒトはわしを情けない町長だとわらうかね。自分の町も守れない、名ばかりの町長だと」



 悲痛に歪む町長の顔。

俺は町長の言葉に、首を左右に振る。

そこで俺は思い出す。

あんなならず者達よりもこの町の用心棒にふさわしい人を。



「そういえば俺の父さんや母さんは?」



 俺は町長にいた。



「2人とも若い頃は冒険者をしていた。弱い魔物くらいなら2人でも倒せる」


「…………」


「あんな奴らを雇う必要はない。そうでしょ?」


「…………」 


「……町長、さん?」

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