第9話

 各々の部屋に案内され、アシルは剣帯を外し重い剣を置いた。

 どさりとベッドへ倒れこみ痛む頭を押さえた。

「お疲れのようですね」

 どこからともなくオーバンの声が聞こえ、先ほど開けておいた窓から一匹の鴉が顔を出した。器用にその鴉はくちばしで窓を閉める。その鴉の首にはアーバンが吹いていた笛が揺れていた。

「守備はどうだ」

 しゃべる鴉にも、驚きもせず見向きもしないでアシルはそのまま話している。

「上々ですね。フェルズから連れてきた20人を私と同じ姿で見張らせております」

「そうか、ギャランは怪しくはないのか?」

「ギャランにことを企てるだけの知識はありませんよ、彼はただこのレイバンを豊かにするのと、お二人の婚礼しか頭にないようです」

「そうか…」

「よく観察し話を聞いていればわかるかと。盲目になっておられますね。まあ、ずっと恋焦がれてきた王女がそばにいらっしゃるんですから無理もないですかね」

 オーバンは右の翼を広げ、自分の痒い所をつつく。

「またその話か…一体いつまでするんだ」

「私の気が晴れるまでですよ。まったく、私が鴉になれるからと言って婚礼挨拶前にオフィーリア様の監視に! それも多忙で仕事の多い私に押し付けるなんて非常識もいいところですよ、殿下」

 ぎゃあぎゃあとうるさい声でオーバンは羽をばたつかせた。

「お前以外に誰も頼めるはずがないだろう、あんなこと」

「あんなこと? もっとあなたは人に言えないことを恥ずかしいことをしてきたんですよ、王太子だというのにその価値を自分で下げているのはわかっているのですか?」

 舌打ちをして、オーバンはベッドへ横になっているアシルのもとへ飛んできた。その背中に乗り頭をつついてやる。するどい嘴が頭皮に刺さり、アシルは呻いた。

「そうだ…賊はどうなってる?」

「三羽から音沙汰ありませんし、やられたわけではないと思いますが…気になりますね。遠くからやって来たのか疑問です。私の追跡も思うようにいきませんし」

「何かに阻まれているようだな、」

 考えることは山ほどあるというのに、新しい展開はやってこない。

「オーバン、いつまでその鳥の姿でいるつもりだ?」

「私はまだ監視と守備魔法をかけなければなりませんので、しばらくはこのままです。滞在は3日でしたよね」

「そうだ、4日の朝に発つ。それまでにバテてしまっている馬を変えて欲しい」

「もう手配済みです」

「さすがだな、オーバン」

 二人は頷き不適に笑う。

 これだけ軽口を叩けるのはオーバンとアシルが幼い日から片時も離れず、剣の稽古や護身術、魔術などを学び、兄弟同然のように育ってきたからだった。

 幼い時はオーバンもアシルを呼び捨てで呼んでいたのだが、ある時から呼ばなくなった。それはオーバンが成長し、自分とアシルでは身分が違うのだと気づいたからである。

 貴族と王族は同等の地位ではないのだと、教師に注意されたのもその始まりであったし、何よりも堂々たる立ち振る舞い、王家の血筋を受け継いでいるからこそ出てくる言葉や対応などアシルを側で見守る中でそれは、オーバンの中で着実に築かれてきた。

 だからこそ、彼が下してきた数々の無茶ぶりをYESの一言で片付けてきたし背負ってきたりもした。その一つが、アシルが何よりも変えがたく特別と思っている人物。オフィーリアだった。

 彼女のことを最初聞いた時は、アシルが恋をするなんて驚きで、なんだかいてもたってもいられない状態だった。

 挙げ句の果てに、鳥や鼠になりオフィーリアの様子を逐一報告しろだの、と言われる始末であった。そこまで惚れ込んでいて、未だにお澄まし顔をしている王太子に喝を入れたいが、また骨の折れる仕事を押し付けられては溜まったものじゃないと思い、オーバンは口うるさく言うのをやめた。

 しかし、アシルがどれだけオフィーリアにうつつを抜かしているかと言うとそれは言葉にするのが難しいぐらいで、側近のオーバンでもそれは形にするのは非常に悩ましく、困難なことであった。側でアシルを支えてきたからこそ、葛藤や交渉、想いや焦がれ、やきもきした気持ちや、悩みに悩んでやっと求婚の申請を出したこと。視察、観察、ありとあらゆるものを駆使し、使いを送り、これでもかというぐらい頭を回転させたのは他でもないフェルズの王太子アシルだ。

 アシルの思いはいくら紙に綴っても紙とインクが足りないくらいで、オフィーリアを王妃に迎えるのに思案して計算し尽くし、その長さ実に3年がかかった。そして近日やっとの思いでその一途さを実らせたのだ。

「オーバン、あと2日で賊を突き止めろ。絶対にだ」

「承知いたしました」

 頭で窓を開けて、オーバンは飛び去った。

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