第19話 寝耳に水、青天の霹靂。
そんなとき、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい?」
ベルミラが返事をする。
すると、ドアが開いて家政婦さんが入ってきた。
「お嬢様。お食事のご用意が整いました。お持ちしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。お願いします」
ベルミラが返事をすると、家政婦さんがなにやら廊下の奥に合図を送った。
そして、家政婦さんは廊下に一時的に置いていたのか、テーブルを持ち上げると部屋の中に運び入れる。
だが……そのテーブルは、ありえないほど大きい上に長かった。
一体、どうやって持ってきたのか……?
その疑問は家政婦さんが部屋にテーブルを運んだ姿で納得がいった。
あんなどでかいテーブルを肩に担ぎ上げている。
強靭な肩をお持ちのようですね。家政婦さん……。
あぁ。一見すると、普通のおばさまなのに。
とても、そんなもの持ち上げる人には見えないのに。
世の中、見た目じゃないのである。
僕は妙なところで納得していた。
そのテーブルが部屋に運び込まれると同時に、廊下から大きな皿を山ほど持った女の人たちが現れた。
全員、黒いスカートにふりふりのついた白いエプロンをしている。
メイドさんなんじゃないかな? と思う普通の格好(?)である。
顔の真ん中にピエロがつけるような赤い鼻とキラキラ光る謎の眼鏡さえなければね。
眼鏡は、どこかのサーカスでつけるような日常有り得ない光沢を放つものである。
まさか、画用紙で出来ているんじゃないよな? と思うくらいうそ臭い代物だ。
そんな人たちが5~6人大きな皿を抱えて入ってきて、テーブルの上に皿を置いていく。
皿には沢山の料理が盛ってあった。
テーブルが皿でいっぱいになったとき、その変な人たちは全員そのまま部屋を出て行った。
それを見て、家政婦さんは
「それでは、ごゆっくりお食事をお楽しみください」
と言いながらドアを閉めて去っていった。
僕は改めて、テーブルに並べられた料理を見た。
どこかで見覚えのある料理が並んでいた。
「あ!」
思い出した。船の中だ。
バイキングでまったく同じ料理を見ている!
「どうかしたのですか?」
僕が声を上げたので、ベルミラが心配そうに聞いてきた。
「あ、いや。前に見た料理と同じものがあったから、つい」
僕が苦笑いをしながら言うと、
「それは、もしかして船の中の擬似レストランの中で、ですか?」
ベルミラが言った。
「ギジレストラン??」
僕が言うと、サイアスが後ろから
『お前が行ったバイキングのレストランのことだ』
と言った。サイアスの言葉に
「あ、それ! それだよ。全く同じ料理!!」
と僕は叫んだ。
「私の家ではレストランのシェフを雇っていますから。
料理も同じものになってしまうんです。でも、美味しいんですよ?」
ベルミラが慌てて言うのを聞いて
「うん。知ってる。とっても美味しいよね」
と僕が笑って言うと、ベルミラはほっとした顔をした。
そして、
「それはそうと、船の中のレストラン。本物そっくりだったでしょう?」
ベルミラが嬉しそうに言う。
「え? なにが?」
僕が不思議に思って問いかけると
「え? ですから、レストランそっくりだったでしょう? と」
ベルミラが思わぬことを言った。
「えぇっ? レストランじゃなかったの!?」
僕がビックリして言うと、
「あの……もしかして、ご存知なかったのですか?
全部バーチャル映像だったと思うのですが」
とベルミラが言った。
『なんだ。気づいてなかったのか?』
サイアスまでそんなことを言う。
「気づいてなかったって、どういうこと? バーチャル映像って……?」
僕が聞くと
「あの船はこの島にある唯一のレストランを宣伝するために、レストランに似せた映像でレストランの雰囲気を疑似体験できるようになっているのです。
もちろん、料理は本物ですから安心してください!
それに、映像はリアルタイムで中継されるので実際の同時刻のレストラン内のものですからリアリティーにあふれた体験ができると評判なのですよ!?」
ベルミラが、笑顔で説明してくれた。
しかし、そうなると疑問も湧いてくる。
あれが、レストランじゃなかったとすれば本当はどんなところだったのだろう?
「あのさ、じゃあ、本当はあそこは一体どういう場所なの?」
僕がベルミラに聞くと、僕の言葉を聞いていたサイアスが
『今度、自分の目で確かめたらどうだ?』
と言った。
その言葉にベルミラも
「あ、それがいいかもしれません。口ではちょっと説明しづらいので!」
とサイアスの言葉に同意した。
「う~ん。わかった」
僕はしぶしぶ頷いた。気になるが仕方が無い。今度、船に乗る機会があれば確かめてみよう。
そう思いながら、料理を見た。
いいかげん、腹ペコだ。
窓から外を見ると、空を夕闇が覆いつくしている。
メイレンは目の前の料理を見て、空腹に耐え切れなかったらしい。
いや、耐える努力もしてないと思うが、すでに
「いただきま~す!」
と言う間も惜しんで食べ始めている。
今、気が付いたが山ワニのチャコちゃんのためにテーブルの下に皿が用意してあった。
その皿には何かの肉が乗っている。
それをチャコちゃんは必死になって食べている。
トルキッシュとエバァは、なにやら懐から取り出したものを口に放り込んでもぐもぐしている。
レオンはというと、なんだか悩ましげな表情で外の景色を眺めている。
「あの? レオン様はお食事は……」
ベルミラが外を見ているレオンに声をかける。
ベルミラの呼びかけにトルキッシュが
「ほっとけ。ほっとけ。今、なんか考えてるんだろうからよ」
と言った。
「でも……」
ベルミラが躊躇っていると、レオンが振り返って
「申し訳ありませんが、俺は必要ありません」
と言った。
「え? 必要ないって、どういうこと?」
レオンの言葉に素早く反応したメイレンが言うと、ちょっと笑ってレオンが
「だって、俺たち魔道具ですから♪」
と言って、トルキッシュとエバァを見た。
トルキッシュとエバァは、その視線を受けて続ける。
「そうそう。俺様たちは魔道具だからよ。普通の食事はしないんだよな」
「これで、やっとメイレンに俺たちは魔導師じゃないってわかってもらえるね」
その言葉にメイレンが顔をひきつらせながら、
「またまた~。冗談ばっかり! そんな冗談、面白くないわよ~?」
と言った。
すると、
「冗談じゃないんだな~コレが」
とトルキッシュが両腕を頭の後ろに組んで答えた。
「残念ながら全て本当のことなんだよね~」
と言いながら、足元で必死に食事しているチャコちゃんを見ているエバァ。
その言葉を聞いて、メイレンが固まった。
「ウソ……でしょ?」
メイレンは口もうまく動かないくらい動揺しているようだ。
口を開いたり閉じたりしながら、それだけ言ってレオンを凝視している。
まぁ~そりゃそうかもね。自分の好きな人が魔道具だって知ったら誰だって驚くし、
残念に思うんじゃないかと……。
「ちょ……ちょっと! 章平っ!!」
メイレンが物凄い勢いで僕の方に顔を向けてきた。
「な……なに?」
僕は何を言われるのか、ちょっと不安に思いながら返事する。
メイレンはそのままの勢いで聞いてきた。
「本当なの?」
「え?」
「本当に、本当のことなの?」
あ~~こりゃ、ずいぶん動転しているな。
でも、今言わないと僕が後でトルキッシュとエバァに文句言われそうだしな~。
「う……ん。三人とも魔道具なんだ。ごめん。黙ってて」
僕は申し訳ない気持ちいっぱいで答えながら、メイレンの顔を窺い見てみる。
すると…………
「やったわ」
ん?メイレン??
「ついに、やったわ! ……人型魔道具に出会えたっっ! 運命の人!!」
「へっ?」
僕はつい間抜けな声を出してしまう。
そりゃ、そうだろう? だって、想像してたリアクションとあまりに違いすぎる。
「やっぱり、運命の人だったのね!! レオン様!!」
さ~ま~?
しかも食事そっちのけで、いつの間にかレオンの手を握っている。
え? いつの間に! まじで、瞬間移動?
しかも、メイレンはレオンをキラキラした目で見つめている。
レオンが困った顔をしながら、助けを求めるように僕を見た。
いや、見られてもどうしようもないが……。
とりあえず、メイレンに声でもかけてみるか?
「あの……メイレン?」
「……レオン様。❤(うっとり)」
あ、ダメだ。こりゃ。全然、視界にすらいれてもらえない。
残念だが、頑張ってくれ。レオン……。
僕は笑顔でレオンに手を振った。
心なしか、レオンの顔が引きつった気がしたが、気にしない。気にしない。
あ、そうだ! こういうときこそ!!
「こういうときこそ、サイアスの出番だよな!!」
僕は勢い良く叫んで、サイアスを肩から外した。そのまま、片手に握りしめる。
『なっっ。やめろっ!』
サイアスの悲鳴に似た声がした。が、無視。無視。
反撃する間を与えず、ふいをつけば外せるんだな。僕は一つ賢くなった。
って、そんなことはどうでもいい。
僕はサイアスを持ったまま、レオンに近づいていった。
僕がレオンの腕をとったことで、メイレンがこっちを見て
少し不機嫌そうな顔で
「なんなの?」
と言ってきたのに
「ん? ちょっとしたお守り」
と答えて、
サイアスをレオンの手首に
「結びつけてっと。はい。これで、よしっ!」
僕が言って、数歩後ずさる。
「なんですか? これ」
レオンがひきつった顔で聞いてきた。
「なにって、助っ人。んじゃ、頑張れ!」
僕は言って笑顔で再び手を振った。
すでに、僕のことなんか眼中に無いメイレンはキラキラした瞳でレオンを見つめてなにやら言っている。
なにか僕に言いたそうにしていたレオンは、顔を無理やりメイレンの方に軌道修正させられてそれどころじゃなくなっている。
さてと。そういえば、さっきからトルキッシュとエバァの姿が消えたが、一体どこにいったのだろう?
周りを見回すと、庭に面した大きな窓がほんの少し開いている。
そこから、風が入り込んで水色の薄いカーテンを揺らしていた。
あ、なんだ。外か。
僕は窓を開けて外に出てみる。
しかし、広いテラスだな。こりゃ。
僕の目の前には、見事なテラスが広がっていた。
ずいぶんと横にも長いテラスだ。
まぁ、建物が長いんだから当たり前か。
白いタイル貼りの床とそこに置かれた白い椅子が闇の中でぼんやりと光って見える。
なるほど。床と椅子のおかげで、陰影が余計美しく見えているのであろう。
庭にある木々や花がその白さと対照的な存在感を醸し出している。
こういうのも綺麗かもしれない。
昼間はまた違った庭の様子になるのだろうか? ぜひ、見てみたいものだ。
そんなことを思っていると、トルキッシュとエバァの話し声が遠くに聞こえた。
白い柱(これまた、綺麗な細工が施されているような凝った造りの柱だ)が二人の姿を隠しているのか、ここから二人が見えない。
この柱はずっと続くテラスを半分ほど覆っている二階部分を支えるために、均等に並んでいるものだ。
そこの柱の影からこそこそと話し声がするのだ。
さっきの仕返しに急に行って驚かせてやろう。
僕は抜き足差し足で、そ~っと近づいていった。
二人から辛うじて見えない場所で止まると、そっと二人の姿を確認した。
よ~し。やっぱり、驚かすときは「わっっ!」っていうのが定番だよな?
僕が大きく息を吸い込んだとき、二人の声が聞こえた。
「……よかったね。うまくいって」
「当たり前だろうが。レオンが考えた案だぜ? うまくいかないはずがねぇ」
ん? 何がうまくいったのだろうか? あ、もしかしてベルミラちゃんを助けることか?
ま、いっか。んじゃ、いくぞ~。せ~のっ!
「あぁ。そうかもね」
しかし、エバァが放った暗い声が僕を一瞬ためらわせた。
同時に口の中の息を静かに吐き出す。
なんで、そんなに暗い声なんだ?
そして、僕はそれに気をとられて、声をかけるタイミングを完全に失った。
なんだか、深刻な話をしていたのだろうか?
だとしたら、僕が邪魔するわけにはいかないよな。
そう思って立ち去ろうとしたのだが、トルキッシュの声が聞こえてきて、つい会話を聞いてしまった。
「なんだ? その、曖昧な言い方。今まで、レオンの言うことに間違いがあったかよ?」
「ないね。ないけどさ」
「けど……なんなんだよ?」
「なんか、最近思うんだけど、レオン。あの小僧に気持ちが流されてない?」
「何?」
「なんか、章平、章平って煩いんだよね」
え? 僕?
今、僕の名前が出た?
気になって完全に足がその場に縫い付けられた。
風が僕をあざ笑うかのように吹き抜けていく。
「バカ野郎。そのおかげで疑われずにすんでるんじゃねぇか」
「ま、そうなんだけど」
「俺たち、指令を受けてここにいるんだってこと、忘れてるんじゃないかと思って」
「ば~か。気を回しすぎなんだよ。エバァは。レオンがそんなこと忘れるわきゃねぇだろ?」
なんだ? この会話。なんなんだよ?
「だいたい、レオンが言ったとおりになってるじゃねぇか。必ず、親しくなってみせるからお前たちは後から来いって言ったのはレオンなんだぜ?」
今、なんて?
「ま、そうだよね。レオンに限って指令を忘れるなんてありえないよね」
この会話は一体なんだ?
僕は一体何を聞いている?
冷水を浴びせられたように、体が動かないまま僕は立ち尽くしている。
「でもさぁ。こんなの本当に必要なのかな?」
「なんだ? エバァ、いまさら」
「だって、いくら指令だっていってもさ。まどろっこしくって。
こんなことしないで、ちゃっちゃと片付けちゃえばいいんじゃないかなってね」
「まぁなぁ~。ま、いろいろあんだろ?」
「いろいろってなんだよ?」
「そりゃ、大人の事情ってやつだ」
「何それ?」
それ以上聞いているのが辛くなって、僕はその場を静かに立ち去った。
何を聞いたのか、理解できなかった。いや、したくなかった。
何も考えられなくなっていた。
とりあえず、何事もなかったかのように戻らなくては……咄嗟にそう思った。
そうしなければ、壊れてしまう……。
何が? というのは、自分でもわからなかった。だが、戻らなければならないと思った。
それ以上は、何も考えられなかった。
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