第13話 光浮き蜘蛛
窓から見えた陸の最後の風景は、メイレンの部族の人たちが手を振って見送ってくれている姿だった。
水の中に入ると、そこは思ったより明るかった。
しかし、この河はけっこうな水深があったみたいだ。どんどん機体が沈んでいく。
静かで本当に別世界のようだ。だが、僕はそこで不思議なものを見た。
蛍光灯のような長細い形をしたものが水面より少し下あたりの水中に浮かんでいるのだ。遠くてはっきりとはわからないが、大きさは僕の身長くらいあるんじゃないだろうか?
しかも、それは緑色の蛍光色で時おり強く光っていて左右に4本ずつ棒のようなものがついている。
なにか、下の方から糸のようなものが出ていて地面とつながっているように見える。
水中に電灯があるようで、ものすごく神秘的で綺麗だ。
「なにあれ?」
僕が言うと、メイレンが言った。
「知らないの? 光浮き蜘蛛ひかりうきぐもよ。通称、ピピロテ。あれがいるから、普通の船が使えないんじゃないの」
「ピピロテ?」
すると、もう一人の若い男の操縦士―名前はロジェルだとわかった―が教えてくれた。
「ピピロテは、ああやって特殊な粘液と砂を混ぜて糸を作り、地面に繋がって浮遊するんです。そして……」
その時、その緑色の細長い物体は見る見るうちに膨らんで丸くなった。
丸くなると、さらに大きく感じる。あれは、絶対僕より大きい!
でも、提灯ちょうちんみたいで綺麗だけど……。
「ああやって、周りの水と一緒に微生物とかの生き物を吸い込んで膨らむんです。
奴らはポンプみたいに大量の水を吸い込むことができます。しかも体の中に強靭な胃を持っていて、生きているもの全てを自分の養分に変えるんです。
そして周りにエサが少なくなると、吸い込んだ水を推進力にして今度は糸を切り離して進むんです」
ロジェルはそう語ると目の前のピピロテを見つめた。
もしかして、だから僕たちの葉っぱの船は水中に消えたのか? だとしたら、すごい吸引力だ。
その時、僕はあることに気が付いて口を開いた。
「この船と同じような形なんだね」
すると、メイレンが
「この船はあれに擬態した作りになっているの。じゃないと、あいつら見境ないから吸い込まれるわ。吸い込まれて養分にされるなんて、まっぴらごめんよ!」
と言った。
「仲間だけは吸い込まないようになっているみたいなんです。奴ら、集団で行動しますから。それと、この船がP型って呼ばれてるのもピピロテを表しているんです!」
ロジェルが補足するように言った。
その時、目の前にピピロテがたくさん見えてきた。
どうやら、その集団らしい。
「さてと。ここからは話しかけないでよね! ちゃんと、座席に座ってベルトで体を固定したほうが身のためよ。さ、ロジェル、集中するわよ。じゃないと、糸にでも当たったら気づかれるからね」
「わかりました」
そういうと、メイレンとロジェルは巧みな操縦でピピロテが出している糸を避けながら進んでいく。僕は周りの景色を見たくて窓にかじりついていた。レオンたちも同様である。だって、吸い込まれたら大変そうだけど、ピピロテの集団って見てるだけだととっても綺麗なんだ!!
水の中に沢山の緑色に光る電灯があるのを想像してみてよ!!
見ていたくなるだろ?
だけど、僕たちはあとから、ものすごく後悔したんだ。
メイレンの言ったとおり座っておけばよかった……って。
メイレンとロジェルの操縦はとてもうまくて、僕たちを乗せた船は途中まで本当に快調に進んでいた。
途中までは……。
異変に気づいたのはロジェルだった。
「メイレン様。一匹の糸が離れています!」
「なんですって!?」
メイレンが急いでロジェルの言ったものを見る。
ロジェルの言った方向に目を向けると、ピピロテが出している糸を切って浮遊しているのが見えた。糸は半分くらいピピロテについたまま水になびいている。
「まずいわ。動き始めてる」
メイレンがつぶやいた。
「それじゃあ、早く抜けないと!」
ロジェルも焦っているようだ。
すると、周りのピピロテが一斉に移動しようと糸を切って浮遊し始めた。
ほとんどのピピロテが、半分糸が垂れ下がったまま移動している。糸の切れた凧たこみたいだ。
「あの糸に当たったら一貫の終わりよっ! ロジェル。なんとしても抜けるわよっ!! 全速力!」
メイレンが叫んだ。
「はいっっ!! 全速力。ABCの準備できました」
え? ABC?? なにそれ?
「行くわよ!」
メイレンがそう叫ぶと、その瞬間機体がものすごい速さで進み始めた。
「ぶ……ぶつかるっ!」
ピピロテの体が船の目の前にある。その瞬間、機体が横向きになった。
「うわぁっっ!!」
「んぎゃっ!」
「揺れすに゛……痛っ! 舌かん……」
「わわっ! メイレンっ!! ちょっ……」
だが、メイレンもロジェルも操縦に忙しくて、後ろの状況には気が付かない。
なんとか、座席にたどり着いた僕たちは必死の思いで、座席にあるベルトで体を固定する。すると、その瞬間機体が逆さまになった。
間一髪だ。
もし、一瞬でも遅れたら今は下にある天井部分に張り付くことになっただろう。
「んぎゃ~。痛い痛いっ」
そう、あんな風に……って、え?
「と……トルキッシュ!!」
見ると、トルキッシュが下になっている天井部分に首を90度に曲げて逆立ち状態になっている。
「トルキッシュ。頑張れ~!!」
エバァが楽しそうに声をかけた。
「おめぇっ、エバァっ! 楽しそうに言ってんじゃ……」
トルキッシュがエバァに文句を言いかけたとき、今度は機体が横になった。
「ぬわぁ~っ!」
トルキッシュは今度は横の窓に張り付いた。
だが、今度は窓に手をついてきちんと逆立ちをしたかと思うと、「ほわ~っ!」と叫びながら、そのまま飛んで窓を下にして着地した。
「へっ! なんだ。こうすればいいのか!!」
トルキッシュはそう言うと、機体が向きを変えるたびに、飛びながら自分の向きも変えていった。常にまっすぐ立っていられるようになったトルキッシュは笑いながら言った。
「なんだ! 結構、おもしれぇじゃねえか!! ……っとと」
機体が揺れて、トルキッシュがバランスをとっている。
そうして、ピピロテにぶつかりそうになると、船は回転しながら避けていくという状況が続いていた。
船の向きを変えるたびにメイレンが「A!」とか「B!」とか叫んでいるが、一体何なのかはわからない。
しばらく行くと、ピピロテの数が減ってきた。
余裕ができたのかメイレンが僕たちに声をかけた。
「大丈夫だった?」
すると、トルキッシュが
「へっ! なかなかいい操縦だぜっ!!」
と言った。
「ありがと」
メイレンが答える。
すると、目の前にピピロテが現れた。メイレンはすぐに機体を回転させて避ける。
その急な回転にトルキッシュが叫びながら、必死に体制を立て直そうとしている。
とりあえず、揺れは激しいものの無事にピピロテの集団から抜けるかに見えたその時!
「しまったっ!!」
ロジェルが叫ぶ声がして、突然激しい揺れがあったかと思うとそのまま今度はピタリと止まってしまった。
少しも動かなくなった乗り物の中で僕はメイレンに尋ねようとした。
その時
「うわぁっっ!!」
ピピロテの顔のドアップが窓から中を覗いた。
顔だけは蜘蛛そのものだっ! 気色わるっ……。
頼むからあまりこっちを見ないでくれっ!
「メイレンっ! どうなってるの?」
僕が叫ぶと、メイレンが言った。
「見てわからないのっ!? ピピロテの糸に引っかかったのよっ!!」
「それで? 引っかかるとどうなるの?」
僕が再度叫ぶと、
「吸い込まれるんじゃないの?」
エバァが言った。
「そのとおりよっ!」
メイレンが叫ぶ。
ロジェルが青い顔をして、言った。
「申し訳ありませんっ……。族長になんとお詫びを申し上げてよいか……。わたしは……わたしは……」
「泣き言を言ってる場合じゃないのよっ! なんとかしないと……。」
メイレンが言って、手元のボタンを押したりレバーを引いたりしていたが、急に
「なんとかしたいけど、さっきからサウンド・ライザーが働かないのよっ!」
と言って、一つのボタンを力任せにバンっ! と叩いた。
しかし、何の反応もない。
その時、
「大変ですっ! メイレン様っ!! あれっ!」
青い顔をしたままロジェルが叫んだ。何かを指差している。
見ると、他のピピロテがたくさん集まってきて僕らの乗っているものに糸をくっつけ始めている。
「あれは?」
僕がつぶやくと、
「逃げられないように絡め取っているみたいですねぇ」
レオンが言った。
蜘蛛だから……………………。
…………って、それ、ひじょ~~~~にマズイ状況なんじゃないのか!?
どうするんだよ? っていうか、どうしよう。
その時、一匹のピピロテがやって来て口らしきものを開けようとしている。
「うわっ! どうしようっ? 吸い込まれるよっ!!」
僕が叫んだのと、レオンが口を開いたのが同時だった。
「エルバー・ブロックっ!」
レオンが手を前に×印のようにクロスさせている。
見ると、ピピロテと窓の間に光る壁があった。光ってはいるが、こちらから向こうが透けて見えるし、なんだか薄そうだ。大丈夫なんだろうか?
みんなが見つめる中、ピピロテが口を閉じた。
メイレンとロジェルがほっとしたように肩を下ろしたその時だった。
機体が大きく揺れたかと思うと、光の壁が消えた。
見ると、口を閉じたピピロテが体当たりをしたようだ。
あっさりと消えてしまった光の壁……
レオンがそれを見て
「すみません。どうやら、相性が悪いらしい。跳ね返されてしまいました。向こうから見ると、眩しいはずなのに……。眩しさで退いてくれることも少し期待したのですが……」
と言った。その言葉にメイレンが
「それは、無理よ! あいつら、目がないの。足にある発達した耳で周辺の様子を知るのよ。だから、サウンド・ライザーさえあればっ!」
とくやしそうに言っている。
「サウンド・ライザーって?」
僕が聞くと
「あいつらが嫌いな音を出す装置よ! それが正常に動けば、隙をついて逃げ出せるのにっ!!」
メイレンがまたボタンを見ながら言った。
たぶん、あのボタンで音が流れる予定だったんだろうな……。
「なんだ。そうなのかよ。それを早く言えよ!」
その時、メイレンに向かってトルキッシュが得意げな顔をして言った。そして、
「俺がやればいいんじゃねぇか!?」
そう言うと
「エルバー・ブロック!!」
と言いながら、ギターをかき鳴らした。
すると、突然周りに数十匹集まって来ていたピピロテが一斉に僕らの乗り物から離れていった。一応、取り囲んでこちらの様子を伺っているようだが、かなり遠くに離れていってくれている。
「すごいっ! どうやったの?」
僕が言うと、
「おうっ。すげぇか? 俺様、音系だからな。俺様がやると、超音波の壁ができるんだぜ!」
トルキッシュが得意げにギターをかき鳴らしながら言っている。
へぇ……。そうなのか……。
「奴らが離れた!! 今のうちにっ!」
メイレンが操縦しようとするが、
「……ダメだわ。糸が切れないっ!」
数十本の糸が絡まって、全然動いていない。
「ダメですっ。一本でも粘着性のある糸なんだ。こんなに絡まってちゃ動けませんっ!」
ロジェルが操縦をしようとしているメイレンに叫んだ。
「じゃあ、どうするのよっ!」
メイレンも叫び返す。
その時、いやに呑気な声がした。エバァだ。
「ねぇ。あの蜘蛛。他に弱点とかないの?」
「弱点っ? そうね……。」
メイレンが少し考えてから口を開いた。
「山ワニかしら……。弱点っていうより天敵だけど……。でも、それ以外わからないわっ」
メイレンが言った。
ヤマワニ? ヤマにワニがいるのか? でも、そんなもの呼ぶ方法なんて……。
「おい~? どうするんだよ?
いつまでも、ここでこうやってたら、いくら俺様でも魔力がなくなりかねねぇぞ?」
トルキッシュが言ったが、他にどうすることもできない。
しばらく、沈黙が続いた。
何をするわけでもなく、遠くで僕たちを見守っている……いや、正確に言うと食べる機会をうかがっているピピロテの集団を眺める。
見ているだけなら、本当に綺麗なその集団は今や僕たちの命を奪うものとして脅威の的となっている。
こうして見ていると、緑色の提灯が沢山浮いているみたいで綺麗なんだけどなぁ……。
そんなこと……本当は言っている場合じゃないけど、どうしたらいいか何にも思いつかないし……。
あのまま去ってくれないかなぁ~。そんな様子、欠片かけらもないな……。
本当にどうしたら……? みんな、黙りこんじゃってるし……。あの糸を切る方法、ないのかなぁ?
トルキッシュのギター音だけが、静かに響いていたその時、
「ここで、死を待つしかないのかしら……」
メイレンがポツリとつぶやいた。
ロジェルは悲壮な顔のまま一心に何かつぶやいている。
どうやら祈りを捧げているようだ。
「う~ん。どうしよっか~?」
エバァが言って、窓に目をむけた。すると、エバァが突然叫んだ。
「あっ! あの子!!」
エバァが見ている方向を見たメイレンが信じられないというように目を丸くして
「う……うそっ! 山ワニよっ!! どうしてっ?」
と叫んだ。ロジェルも唖然とした顔をしている。
驚いている二人の目線の先には茶色い猫がいた。
あ……あれが、山ワニ? いや、どう見ても猫ですよ?
「あの……あの猫、溺れないのかな? こんなに深く潜って……」
僕が言うと、メイレンが
「ネコ? 何言ってるの? 山ワニのメスよっ! 女王山ワニよっ!!」
と興奮したように叫んだ。
どうやら、この茶色い猫みたいなのが本当に山ワニというものらしい。
「へ~。あの子が、山ワニって呼ばれる種類だったんだ~」
エバァも知らなかったらしい。しかし、エバァが言ったのを聞いて、僕は問いかけた。
「さっきから、あの子って言ってるけど知ってるの?」
すると、エバァは
「うん。チャコちゃん。推定年齢22歳。トルキッシュと探検してたら、山の中で迷子になってて送り届けてあげた」
と言った。
エバァ……優しいのはいいが……まるで犬のお巡りさんみたいだな……。
トルキッシュがエバァの言葉に付け加えるように言った。
「そうそう。エバァをえらく気に入っちゃってなぁ~。大変だったぜ。何度、付いて来るなと言ったことか! 最終的には二人で一気に逃げ出したもんなぁ」
逃げたのか? どんだけ、追っかけられたんだ?
「でも、山ワニのメスに気に入られる人間なんて初めて見たわ! あなたたち、どうなってるの?」
メイレンが感動したように言った。それは、こっちが聞きたいよ……。
一体、どうなってるんだよ? これっ!!
「私もです! すごいものを見ました!!」
ロジェルが言った時、僕は窓の外にものすごいものを見ていた。
何……あれ……? 茶色いワニがいっぱい……。
「あっ! 働きワニがきたわ!!」
メイレンが言った。
働きワニ? なんだ? それは??
すると、働きワニといわれたものたちがなにやら口から吐き出している。
石みたいだけど……あれは……?
「バイヤーズ・ロックよ。これで、助かるわっ!」
メイレンが目に涙を浮かべて喜んでいる。
バイヤーズ・ロック?
僕は、窓の外を凝視した。
よく見ると、石に薄い透明な羽が生えていて、こちらに向かって……飛んでくるではないか!!
そして、僕たちの機体についている糸を体で擦り始めた。
すると、驚いたことにあっという間に糸が消えていく。
どうなってるんだ?
「メイレン。なんで、この石がこすったら、糸が消えてるの?」
僕が聞くと、メイレンは驚いたように叫んだ。
「バイヤーズ・ロックは石じゃないわ!! 知らないの? とても有名なのにっ!」
だが、知らないものは知らない……。
僕の様子を見て、本当に知らないことをわかってもらえたらしい。
「驚いたわ……。まさか、バイヤーズ・ロックを知らない人がいるなんて……。
常識だと思ってたのに……。もしかしたら、そんなに有名でもないのかしら?
まぁ、いいわ……。
バイヤーズ・ロックっていうのは、山ワニの体内に生息していてピピロテの糸を好んで食べるの。そして、そこから質のいい『ラミ』という糸を作り出すのよ!
ピピロテの糸を食べられるのはバイヤーズ・ロックだけなの!山ワニにはピピロテの粘液は毒になるんだけどね。バイヤーズ・ロックが体内で消化してくれるから、ああやって丸呑みすることが出来るのよ!」
そう言って、メイレンが指差した先にはピピロテを丸呑みしている茶色いワニがいた。
っていうか、このワニたち本当にすごい。
僕の身長くらいあるピピロテを、一口で丸呑みしている。
確かに、ちょっと大きめなワニさんたちだけど……。
そこまで、巨大なわけじゃないのに……!!
だけど、謎なのは……あのワニを率いているかに見える茶色い猫だよなぁ……
あ、山ワニのメスなんだっけ? なんか、ワニに指示出してるみたいなんだけど?
やっぱり、どう見ても猫がワニを率いているようにしか見えないんだよなぁ……。
「まさか、山ワニも知らないなんて言わないわよね?」
メイレンが僕の視線の先を見て言った。
「え?」
僕は慌てて、返事をしようとするが……
メイレンは僕の顔を見て言った。
「いいわ。聞かなくてもわかる。その顔は、全く知らないわね? 山ワニっていうのは、山に生息するワニのことよ」
そこまでは、いくらなんでもわかるけど……
「山に生息するから、色が茶色くて敵に見つかりにくくなってるの。それで、山ワニは集団で生活するけど、メスが一匹しかいないの。その他は全部オスで、メスと一緒に子供を産まないワニは‘働きワニ’と称されるわ。最初、働きワニと女王ワニが集団で生活をしているんだけど、その中で一番強いと女王に認められた働きワニが女王と子供を作るのよ! で、そのワニを‘オスワニ’と言って他のワニと区別するわけ」
……は?
なんじゃ、そりゃっ!? え? ワニの世界ってそんなだったっけ?
いや、僕の世界では確か普通に……
っていうか……どう見ても、あれ、猫だし……!?
そうこう言ってるうちに、山ワニさんたちがピピロテを食べたり、山ワニからピピロテが逃げだしたりしたので周りにはピピロテはいなくなっていた。さらに、バイヤーズ・ロックが全ての糸を食べてくれたので、やっと僕たちの乗った水中旅客機は動き出せそうだ。
「よし。これで、いけます!!」
すっかり顔色も良くなったロジェルが言った。
満面の笑みを浮かべている。
こうして、僕たちは無事再び動き出すことができた。
横を山ワニさんたちが警護するようについて来ている。
「しかし、よかったです……。死ぬかと思いました。ホントに……」
操縦しながら、ロジェルがほっとしたように言った。
「大丈夫だと思ってたわ~! 考えてみれば、あんな蜘蛛くも野郎どもに私が負けるわけないのよね!? 私、運だけはいいんだから!!」
メイレンが言った。その自信はどこから?
「それに、もうすぐ海につくわよ~!! ロジェル。浮上準備!!」
メイレンは言って、ハンドルらしきものを手前に引いている。
「はいっ! 浮上準備。Bジェット下方噴射。10秒前。10,9……」
少しずつ水面に近づいていく。
「……1。噴射!!」
何かが噴射されたのと同時に僕たちを乗せた水中旅客機は一気に水面に近づきそのまま浮き上がった。
バシャンっ!
水のはねる音がして、急に青い世界からまぶしい光の世界へと飛び出した僕らは、
目が慣れないのとほっとしたことでしばらく無言だった。
「……着いたわ」
メイレンがつぶやいた。
そこは、一面に広がる青い海だった。
横は、岩礁になっている。後ろを見ると、山ワニさんたちが、引き返していくのが見えた。
「ありがと~山ワニさ~ん!!」
エバァが言って手を振っている。
僕も心の中で「山ワニさんたち、本当にありがとう」と言った。
山ワニさんたちが河の方へ消えてしまうまで、僕たちはずっと見ていた。
しばらく、山ワニさんを見送っていたが……
「回り込んだところに、船着場があったはずです」
ロジェルが言ったことで、メイレンが操縦を再開した。
機体が岩礁にぶつからないように回り込んでいく。
見えてきたのは、整備された船着場だった。
「今度こそ、本当についたわね」
メイレンが言って、水中旅客機がとまった。
僕たちは桟橋に降り立った。すると、僕たちと共に降り立った人がいた。
いや、正確に言うと人じゃない……。猫……いや、山ワニのメスだ!
体を震わせて、ついた水を弾き飛ばしている。
そのしぐさは、どう見たって猫にしか見えない。
「なんで、ここにっ!?」
僕が叫ぶと、
「この乗り物の上に乗ってついてきてしまったみたいですねぇ」
レオンが言った。
「しかたねぇな。連れて行くか!」
トルキッシュが言った無責任な一言に唖然としていたら、
「しかたないよね? まぁ、俺が面倒みるからさ。ね~チャコちゃん!」
とエバァが言って抱き上げた。猫……いや、山ワニのメスはものすごくうれしそうだ!! いいのか? だって、あの集団の中にメス1匹しかいないんだろ?
あとで、大変なことにならないよな?
そういえば……メイレンとはここでお別れだ。
連れて来てもらって本当に助かった。
操縦席の二人に向かって
「本当にありがとう」
僕が言うと、レオンも
「本当に助かりました!ありがとうございます」
と御礼を言った。すると、操縦席からメイレンが立って桟橋に降り立った。
そして……
「本当にありがとね。ロジェル」
と言った。
「は?」
僕たちが見ていると、ロジェルは笑って水中旅客機を出発させようとしている。
「ちょ……ちょっと待って! メイレン? どういう……?」
すると、メイレンは
「あれ? 言ってなかったっけ? あの船、これからこの町の移動舟として商売に行くの。まぁ、その前に修理が先だろうけどね~。だから、ここから先は乗れないって……」
と惚とぼけた顔で言っている。
「いや……そうじゃなくて! なんで、君がここに残ってるのっ?」
すると、メイレンは
「え? だって、私あなたたちに付いて行く許可もらってここに来てるのよ?」
と不思議そうに言った。
『また、めんどうが一つ増えたな』
サイアスがつぶやいた。
「あれ? 今、どこからか声がしなかった?」
メイレンが不思議そうにつぶやいた。
「さてと。章平。さっさと行きましょう!!」
レオンが慌てて言っている。
「そ……そうだね」
僕もそう言って、急ぎ足でレオンに続く。
「ちょっと待ってよ~」
メイレンが駆け足でついてくる。
サイアスが僕にだけ聞こえる声で言った。
どうやら、メイレンに聞こえてはマズイと思ったらしい。
『あの船に乗ればいい』
見ると、一つの船に人が乗りこんで行くのが見えた。
僕はレオンに声をかけた。
「レオン! あの船に乗ろう!!」
そして、僕たちはその船に近づいていった。
その船はとても大きな船で、黒と赤のラインが入っていて中々かっこよかった。
乗り込む人に続いて僕たちも乗ろうと、並んでいたら船の乗組員らしき男に声をかけられた。
「おい、お前。見たことない顔だな。ちゃんと、乗船許可証持っているか?」
しまった。そんなものが必要だったのか!! もしかして、事前購入した人しか受け付けてないのかも。僕が黙っていると、
「どうした?」
と言いながら、乗組員がもう一人やってきた。
「いや、なに。怪しいガキがいたんで、許可証の提示を……」
男が言いかけたのをさえぎって、もう一人が何か耳打ちした。
すると、そのまま男はこちらをひとにらみして去って行った。
後から来た男が、
「すまないね。中で許可証を購入してくれればいいからね」
と言った。よかった。後から購入できるみたいだ。
だが、なんかあの視線が気になる。
妙に僕の背中にあるマント……サイアスを見ていたのは気のせいだろうか?
きっと、気のせいだよな。
その時、レオンがつぶやいた。
「なんか、気に入りませんねぇ。あの人たち……。章平。この船、乗るのやめませんか」
「大丈夫だって!きっと、僕たちの格好が変だから怪しまれてるだけだよ」
僕はそう笑って言った。
だって、できるだけ遠くに行っておきたいし、それには贅沢は言ってられないと思ったから。
僕たちはそうして、この船に乗った。
部屋は、個室が一つしか開いていないとのことだったので、メイレンが個室に行くことになった。やっぱり女の子だから、相部屋はまずいだろうと思ってのことだ。
この船は三階建てだったようだ。
個室は三階にあり、二人部屋は2階と1階にある。
僕たちは二人部屋なので、トルキッシュとエバァ、僕とレオンに別れて部屋に入った。といっても、部屋が隣同士なのであまり分かれたカンジはしてないけど……。
割り当てられた部屋は結構きれいな部屋だった。
簡易式だけど、ちゃんとベッドもついている。
僕たちがくつろぎ始めたとき、船が出港した。
僕はなにげなく外を見た。
空はいつになく快晴で、どこまでも澄み渡っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます