第14話

 自国へ送還されたサントーロ牧師の消息が分からなくなった、と情報が入ったのは、牧師が出国した翌々日のことだった。

 保護施設への乗り継ぎの小型機は、離陸して30分後にエンジントラブルのため、近くの空港へ緊急着陸する、との連絡を最後に消息を断った。

 翌日、飛行機は現在では使われていない山間の小さな飛行場で発見されたものの、サントーロ牧師を含む、乗客乗員15名、全員が行方不明。状況からハイジャックされた後、誘拐された、との見方が有力だった。


 報告を聞いた隼也は、軽く舌打ちし、椅子の背もたれに背を預けて天を仰いだ。

 腹ただしさと、やり切れなさがつのる。

 原因は牧師が行方不明になったことだけではなかった。


 *****

 前日、南條蓮に関する書類で、両親に渡すものがあったので、隼也は警察署を訪れていた。

 窃盗事件に関して、両親も調書を取られている。警察署は対策室のビルから徒歩3分ほどだ。

 少し待たされたが、聴取を終えて出てきた父親とすんなり会えた。夫婦は別々に呼び出されているらしい。

 父親は憔悴した表情で、顔色も悪かった。

 書類を渡し終えると、隼也は聞きたかったことを口にしてみた。


「奥さん、なんで携帯持たないんですか?アプリとか翻訳機能もあるし、便利だと思うんですが」

 父親はチラッと隼也を見上げ、諦めたように口を開いた。

「持たせなかったんです。早く…国に帰したくて」

「え…」

「10年前にこちらへ戻ってくるのも、私一人でいいと思ってたんです。蓮と妻はすぐ向こうへ帰そうと…。ただ、母が蓮のことをすごく可愛がって…蓮もとても懐いてしまって」

 祖母に孫が懐いたのが不本意だとでも言いたげだった。

「彼女は言葉が分からないのが大きくて、すぐ帰りたいと言いました。私もそれでいいと言いましたよ。しばらくは、彼女は向こうとこちらを行ったり来たりの生活を続けていたんです。そこで別れておくべきでした」

 呆れ気味の隼也に構わず、父親は続けた。

「母が入院して、店の手伝いも必要だし看護もあるんで、ここ一年は、彼女も日本で生活していました。うちの母は面倒見が良くてね、言葉の分からない嫁でも、あの牧師さん紹介したり、蓮の学校へ一緒に付いてて行ったり…世話を焼いてました。なのに、あの女ときたら…恩返しっていう概念がないんですかね。病院に着替えや荷物を持って行くぐらいしかしないんですから!」

 そこまで言って、少し喋りすぎたと気付いたのか、父親は口をつぐんだ。

 受け取った書類の封筒に目を落とす。一つ、深呼吸をしてから

「彼女…この間、蓮から、ここにいても何の役にも立たないって言われて…国に帰る気になったようです。さすがに子供の言葉はこたえたんでしょう。…蓮は…私がみるしかないですが、仕方ありません」


 淡々と続けた父親の言葉からは、妻に対しても、息子に対しても愛情は微塵も感じられなかった。

 *****


「桜木さん…あの…」

 あからさまに不機嫌そうな隼也に、恐る恐るアイが声をかけてくる。

「これ、領収書と金額が合わないからもう一回計算し直して、書き直して下さいと…」

 差し出された書類を隼也はため息だけついて受け取った。毛嫌いされているのか、経理のスタッフから直接書類などを渡されたことがほとんどない。いつも誰か経由だ。

 アイの視線がパソコンの画面に吸い寄せられる。


『謎多きハイジャック』『乗員乗客全員と連絡取れず』『エンジントラブル報告後、方向転換か』など、ネットニュースの見出しが並んでいた。

 隼也が体を起こすと、視線を逸らし、知らないふりで立ち去ろうとする。

(こいつの初仕事、だったな)


 隼也が最初に関わって保護したウィンガーの少年も、自国へ強制送還された直後に行方不明になっている。隼也にとって心中に燻りを残す思い出だった。

 14歳。南條蓮も、あの少年も同じ歳だ。皮肉な偶然とも言えるが、ウィンガーの好発年齢を考えるとありえないことではない。

 最初に翼を発現するのは一般には10歳から18歳にかけてが多いとされているが、その中でも12歳から15歳までが半数を超えている。つまり、日本でなら中学生時代にウィンガーとして確認されることが多いのだ。

(まあ、今回の件では行方不明者はガキの方じゃないが)


 そう思いつつも、初めての仕事で自分が関わった人間が悲惨な運命を辿っていると考えたときの、いたたまれない気分は同じだろう、と隼也は感じた。


「前にも国に送り返したウィンガーが行方不明になったことがあってな」

 自分の席でパソコンに向かっていたアイは、驚いて顔を上げた。

 今、部屋には隼也とアイの2人だけだ。普段なら、隼也の方からアイに雑談してくることはまずない。

 アイの戸惑い顔を気に留めず、隼也は続けた。


「そいつも南條と同じ年頃の男の子だったけど、家族思いのしっかりした子だったよ。送り返される時も自分のことより、両親や妹がどうなるか心配してた。本人は未だに行方が分からないんだが、一緒にいた父親は1週間後に見つかった」

 アイはよかったですね、と言いかけたが、隼也の表情がそれを止めた。いつになく暗い眼差しが、アイの反応を伺っている。

 なにか、背筋がざわついて、アイは黙ったまま話の続きを待った。


「頭をぶち抜かれてたそうだ」

 抑揚のない、だが吐き捨てるような言い方だった。

 アイは体が硬直するのが自分でもわかった。一瞬、からかわれているのかとも思ったが、そんな空気ではない。

 自然と唇を噛み締めていた。


「何かの組織に連れ去られたらしいが、どこの誰に拐われたんだか。本人の手がかりは未だにない。須藤さんが言うにはウィンガーの能力目当てのテロ組織ならまだしも、ただウィンガーを殺すことだけが目的の過激な思想集団なんかに捕まったら最悪だとさ」

「ウィンガーを…殺す…?」

「おかしい連中なんて、世界中にいるからな。ただ、封建的な社会制度が強い国ではウィンガーに対するアレルギーも強いらしい。ウィンガーってだけで殺されたり誘拐されたりなんてこと、世界的には珍しくない。研修では教わらなかっただろ」

 アイは黙って頷いた。顔が強張っているのが自分でも分かる。ただ驚いただけではなく、海人のことが頭にあるからだ。

 隼也に動揺を悟られたくはない。だが、意識しないときちんと呼吸もできなかった。


「ここに来なきゃ知らないでいたこと、多いぜ。ウィンガーに関しては。一般人には興味のないことだからかもしれねえけど、出回っている情報なんて限られてるしな」

 隼也と目が合うと、なにか勘繰られそうな気がして、アイは机に置いた手に力をこめた。変な汗が出てくる。


「お前、もしかして自分のせいであの牧師が誘拐されることになったとか、思ってるのか?」

「え、あ…それは…まあ…」

 少しうわずった声がでた。

「そんなこと考えてると、ここではやっていけねえぞ、って、ワタナベさんなら怒鳴りつけてるぞ」

 まだあまり話したことはないが、ワタナベが明らかにウィンガーを嫌っていることはアイも知っていた。

「あの女や、コントロールの効かないガキがそばにいたんじゃ、バレるのも時間の問題だろ。それに…日本にいたって狙われたり、拉致られる可能性はあるんだってよ」

「え…日本でも…?」

 反射的に口にしていた。隼也の笑いが白々しく見える。

「そんなに平和な国でもないんだぜ、実際…」


 その後、なにを聞いたか覚えていない。なんとか受け答えはしていたはずだが、自分がなにを言ったかも定かではなかった。

 誘拐、拉致という言葉とともに海人の顔が浮かぶ。なぜか思い浮かぶのは満面の笑顔の兄だった。海人が笑ったのを最後に見たのはいつかも思い出せないが、無表情で、生気をなくした顔を兄だと思いたくないのかもしれない。



「大丈夫アイちゃん、疲れてない?」

 気持ちを切り替えて仕事をしなければ、とトイレで化粧を直しているとあかりに会った。

「あ、はい、なんか急に色々あったから、ちょっと頭いっぱいで…」

「無理しちゃダメよ。まだ入ったばかりで慣れないのもみんな分かってるから」

 あかりの優しい笑顔はありがたかったが、ここで甘えて泣き言を言うわけにはいかない。

「ありがとうございます。大丈夫です」

 取り繕った笑顔で頷いて見せる。

「室長がアイちゃんがうちの職場にどれほど必要か、これで上にも強く言えるって張り切ってたわ。半年と言わず、ここで勤務し続けて欲しいって」

 そう言ってから、ふと、あかりは心配そうな顔になった。

「あ、でも東京とか大阪で働きたい?」

「え?いえいえ!」

 慌ててアイは首を振る。

「実家もこっちなので、ここで仕事できた方がいいです!」

 あかりはホッとした顔になった。

「そうだよね〜、うん、私も一ここにいて欲しいわ」


 本心からそう言ってくれているのが分かって、アイは嬉しかった。

 実家が市内なのはもちろん、今は海人のこともあるからここで落ち着いて仕事をしていきたい。そう、海人の居場所さえ分かれば、今はとても充実しているはずなのに…


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