第80話 誰もが
「アイザワさん・・・・・・なんでここに?」
驚いた様子のカナエに、僕は肩をすくめてみせた。
彼女は驚きながらも逃げるような事はせず、僕の元に歩み寄ってくる。
「・・・・・・私が家出したってことは聞いてるの?」
「そうだね、加奈子さんから聞いてる」
「そっか・・・・・・お母さんが」
何か複雑な顔をしながら、カナエは僕の隣に腰掛けた。
無言の時間が訪れる。僕たちは何も言わずに、ただ神社のベンチに腰掛けていた。
やがて、ポツリポツリとカナエが話を始めた。
「私ね……ちょっと疲れちゃったんだ。別にお母さんが嫌いなわけじゃないけど……ただ、少し距離を置きたかったの」
僕は無言で頷く。
「前にね、少し年上の友達がいるって話したでしょ? その友達の家に泊めて貰ってたの……だから、危ないところとか行ってないし、ご飯もちゃんと食べてたから大丈夫……」
僕はまた頷いた。
カナエの声は震えている。今にも泣き出しそうだった。
「お母さんがね、アイザワさんに酷いことしたって聞いたとき……私、なんだか酷く疲れちゃって……ごめんねアイザワさん。本当は怒らないといけないのに……友達であるアイザワさんのために、私が怒らないといけなかったのに……全部どうでもよくなっちゃったの」
ポロポロと、彼女の目から大粒の涙が流れて落ちる。
それでもカナエは俯くこと無く、空を見上げた。
強い娘だ。そして優しい娘だ。
僕は鞄から原稿用紙の束を取り出すと、カナエに差し出した。
「君のことを書いてみたんだ……読んでくれるかな?」
僕は物書きだ。
ならば、言葉はいらない。
全部作品で語るべきだろう。
少し驚いた顔をしているカナエに、僕はそっと笑いかけた。
太陽がゆっくりと沈んでいくのを眺めていた。
僕の隣には、先程小説を読み終えたカナエが座っている。
小説を読み終えた彼女は、しばらくボーッと放心していた。僕は何も言わず、彼女の隣で座っている。
やがて、太陽が完全に沈みきった後、カナエが静かに口をひらいた。
「アイザワさんからは、私とお母さんのこと、こんな風に見えていたんだね」
僕は頷く。
カナエは小さな声で「そう」と呟くと、また口を閉じた。
どれだけの時がたっただろうか? やがてカナエは立ち上がると、僕の目の前に立ち真っ直ぐな瞳で僕の目を見つめた。
「ありがとうアイザワさん。もう……大丈夫だから……だから、お母さんを呼んでくれる」
僕は頷いて立ち上がる。
スマホをとりだして遠山加奈子に連絡すると、彼女は慌てた声ですぐに向かうと言って電話を切った。
その様子を見ていたカナエは小さく笑うと、僕にこう言ってきた。
「アイザワさん。私はアナタのこと、ずっとカムパネルラだと思ってた。友達だけど、一緒には歩めない存在なんだって……でも違った。アナタはきっと私にとってのブルカニロ博士なのね」
「カナエちゃん。きっと僕は君にとってのブルカニロ博士であり、そして同時にカムパネルラなんだ。そして僕は僕の人生においてはジョバンニでもある。きっと、誰もが誰かにとってのカムパネルラで、ジョバンニで、ブルカニロ博士なんだ。だから、供に歩めない人なんてどこにもいないんだよ」
カナエは笑った。
僕は笑った。
そう、僕たちは生きている。
ならば僕たちは、みんな一枚の切符を持っている筈だ。
それはほんとうの天上にいける切符。
どこへでも行ける、そんな切符。
空を見上げる。
星の見えないあの空にも、きっと銀河鉄道はもうすぐ走るだろう。
◇
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