第28話 柔らかな日差しの下
「やぁ、おじゃましてるよ」
僕が何気なく片手を上げて彼女に答えると、カナエはクスリと上品に笑った。
「おじゃましてるって……別にここは私の家じゃないわ」
「そりゃあそうか。失敬」
「やっぱりアイザワさんはおもしろいわね。隣、座ってもいい?」
「どうぞ、もちろん」
カナエはそう言ってちょこんと僕の隣に腰掛けた。前回から学んだのか、今日は可愛らしい水色の水筒を持参している。
ベンチに腰掛けたカナエは、背負っていたリュックサックから慣れた手つきで本を取り出した。
やはりというか、その本は前にも読んでいたボロボロの『銀河鉄道の夜』。
名作ではあるが、ボリュームのある作品という訳でもない。普段から読書をしている僕の感覚で考えると、本を読むスピードが遅いような気がする。しかし、読書のスピードなんて人それぞれ、次々に色々な本を読む僕のようなタイプもいれば、一冊の本をじっくりと時間を掛けて読む読書家もいるだろう。
「その本、前も読んでたよね?」
僕の問いに、カナエは頷く。
「ええ、そうね」
「お気に入りの本?」
「そうともいえるし、そうでないともいえる」
「つまり?」
「本をこれしか持っていないの。この本は好きよ? でも選択肢が無い以上、それはお気に入りの一冊と言えるかしら?」
「むずかしい問題だね? 僕はその答えを持っていない……他の本をお母さんは買ってくれないの?」
「そうよ。私はあまり良い子じゃないから」
良い子じゃない。
その言葉に、今は平日の昼間であることを思い出す。
普通の小学生なら、学校に行っているような時間帯だ。
「学校……言ってないの?」
尋ねてから、失言だったと後悔する。
学校に行っていないというなら、それはとてもデリケートな問題の筈だ。彼女の事をよく知りもしない、僕のような人間が気軽に尋ねて良い事ではない。
しかし、僕の心配をよそに、カナエは事もなにげに答えた。
「ええ、だってつまらないもの」
「つまらない?」
「そうよ? 小学生がそんな事言うもんじゃないって、お母さんには怒られるけどね……アイザワさんは、小学生の頃、学校はつまらなくなかった?」
「どうだろう。僕はそんなに頭が良くなかったからな……つまらないとか、つまらなくないとか、そういうことを考えた事すら無かったよ」
「……そう。それは素敵な事ね」
一見皮肉にも聞こえる台詞だが、彼女の表情を見ていると、別に皮肉で言っている訳では無さそうだった。きっと彼女は、心の底からそう思っているのだろう。
「こんなつまらない話はやめましょう。アイザワさんは、ここで何してるの?」
「何もしてないよ。ただボーッと座ってた」
そう、何もしていない。
何をするでもなく、僕はただこの場所にいた。
「素敵な時間の過ごし方ね」
彼女がそう言ってくれて、本当に良かったと思う。
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