[G]青い皮を被った毒婦
──眠った先の、無かった話。
私の父は化け物だった。
そして、その子である私もまた、化け物だった。
代々祓魔の家系である私の家で、母は〝特別な仕事〟をしていた。
父──と呼ぶには幾分か若い外観の、男を模したカタチの化け物──は、午前二時から午後四時までを活動時間とする。母は父が活性化する時間、父のいる座敷牢に篭って父の妖気を抑えている。具体的に何をしているかは知らない。知りたいとも思わない。
弟は母の血が色濃く、ほぼ人間と差異のないいきものに育った。対象的に、私は父と同じ性質を持っていた。
ひとつ。見目麗しい相貌を持つこと。
ひとつ。他者を狂わせ廃人へと至らしめる妖気を、その身に帯びていること。
この家には後継ぎがいなかった為、私が弟のどちらかが次期当主にならねばならない。どちらが相応しいかは、火を見るより明らかだ。
弟には悪いと思っているが、同じくらい妬ましい。同じ腹から産まれたのに、弟だけが外を知っている。学校に通い、母から祓魔の術を習い、手間をかけて『育て』られている。
ただ『飼われて』いるだけの私が少しばかり妬んだとて、彼には関係のない事だ。
私は本家の敷地内にあるプレハブ小屋に、一人で暮らしている。齢十七にもなって、できる事といえば家事程度だ。祖母が時折差し入れてくれる本と手芸用品、ささやかな園芸以外に娯楽も無く、退屈な毎日を送っている。
私は父と違って半妖であるので、ところ構わず他人を狂わす妖気を撒き散らすことは無い。
私が他人を狂わせてしまう条件は、自分の体液を相手に取り込ませることだ。
例えば、私の食べさしを他人にそれとなく食らわせれば、立ちどころに狂ってしまう。伝染病に近い。伝染病と異なるのは、厄介なことに、皮膚からも感染する点である。
私の妖気は水に溶ける。量が少なければ、顔を水に漬けることで毒気が抜け、正気に戻れる。
私自身が水を嫌う、ということは無い。こんな質なので、湯浴みや手洗いなどは念入りに行う。むしろ綺麗好きだと思う。掃除などは得意な部類だ。
この特技が私以外の人間の役に立つ日は、きっと来ないだろうけれど。
◆ ◆ ◆
僕の兄は半妖だ。
人殺しの、半妖だ。
日中の兄は、ごく平凡なただの女子である。
そう思い込んでいる。心の底から。
人柄ががらりと変わり、まめまめしく掃除をしたり、編み物をしたり、花を育てたりする。気だるげだが他人との会話には礼を欠かない。そんな〝姉〟として過ごす。
母は、「育て方を間違えた」と言う。
父にかかりきりの母は、兄に教育を与えない家の方針に関与できるほどの余裕が無かった。祖母を説得できた時には、既に手遅れだった。
「だから、兄さんは悪くないんだよ。悪いのは、あの子を人にしてやれなかった私達だ」
そんな馬鹿な理屈があるか、と言いたかったが、僕は口をつぐんで下を向く事しかできなかった。
兄は夜な夜な家を出る。
どんな対策も、何の意味も持たなかった。あれは影を渡って移動する。夜になってしまえば、あの小屋は無いも同然だった。
僕は今日も、兄を探して夜の裏路地を歩く。
数時間後。
兄は、強い祓魔師の証である青色の制服を着て、街頭の下で佇んでいた。マスク越しにも、妖気の芳香が微かに分かる。
(髪が長い)
兄は〝兄〟として振る舞う際、必ず髪を短く切って捨てる。それが伸びているということは、兄が半妖としての食事を終えていることを意味していた。
「……兄貴」
兄が振り向く。作り物のように美しい、僕とは似ても似つかない顔が綻ぶ。
「お、よぉ☓☓! 今日も遅かったな」
兄は朗らかに笑い、片手を持ち上げた。
肩からもがれて血の滴る、見知らぬ誰かの片手が力無く揺れる。
「今日もかなり殺したよ。ほら、戦利品だ」
「……これは人間のだよ、兄貴」
「あー、人間混ざってたか。まあ、今日も後始末は頼むわ」
兄はそう言って、再び闇夜に姿を消した。撒き散らされた血と肉の残骸だけが、街頭にぬらぬら照らされていた。
「……三人は人間だったよ、兄貴」
兄は強い。
狂った人間や妖魔を相手取っていたから必然的に強くなったのだ、と伝え聞いている。強くなる前にどんな目にあったか訊けるほど、僕は兄と親しくない。しかし、想像を絶する何かがあった事だけは、訊かずともそれとなく察していた。
青色は妖魔を寄せる色だ。兄はこれを着てふらりと出かけ、この辺りの妖魔を狂わせては殺して回っている。実際、それでかなりの妖魔が駆逐できている。
しかし、兄には区別がつかないのだ。
己が殺すものが、人なのか、化け物なのか。
僕にとっては、兄自身が一番の化け物であるように感じてならない。
(悪いのは私達だ。だから──)
母は、何度も僕に同じ事を言い聞かせた。僕も、自分に言い聞かせるように呟く。
「だから、僕が、殺してあげないと」
──起床。
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