かごめかごめ――夢十夜
揺井かごめ
[G]化け物になった叔父を埋める
──眠った先の「無かった」話。
叔父の家に泊まっていた時の話である。叔父は私の母の弟にあたり、私と妹と母の三人は客間に寝床を借りていた。
深夜、狼の唸り声に鈴の音が混じったような不思議な音で目が覚める。その音は、この地域で伝え聞く化け物の鳴き声と特徴が一致していた。
音源は叔父の部屋だった。夢特有の都合の良さで、私達は即座に叔父が化け物になってしまったと覚った。
私達は包丁、ノコギリ、ガムテープ、段ボール、結束バンドなど、武器や身体を拘束できる物を携えてキッチンに身を潜めた。化け物は人間と同じ食べ物を好むが、有機物を摂取すると立ちどころに泥酔してしまうのだ。冷凍餃子を温め、キッチンに隣接する玄関の上がり框に置く。手向けのつもりでビールも添えた。餃子とビールは叔父の好物だった。
叔父の姿をした化け物は、素直にそれらを喰らって静かに眠った。私達はそれを結束バンドで拘束し、ガムテープでぐるぐると巻き、段ボール数個を繋げた筒の中に仕舞って新聞で隙間を詰めた。私は最後に、叔父の頭をノコギリで落とした。化け物の核は体に宿るので、首は手元に残して墓に入れるのが習わしだった。段ボール詰めの化け物も、習わし通り紫陽花畑に埋めた。
それで全て済んだかのように思えた。
叔父の家に戻って彼の首を梅酒用の瓶に入れ、桐箱に仕舞ってから眠ろうとした時だった。
玄関の引き戸が激しく打ち鳴らされた。玄関チャイムも覚束ない手付きで押された様子で、疎らに何度も響く。
叔父の体、化物が戻ってきたのだ。
玄関を開けると入ってきてしまうので、勝手口から出て玄関先へ回る。結束バンドやガムテープを抜ける為に服を破ったり肉を削いだりしたらしく、惨たらしい姿の人型が玄関に体当りしていた。時折、ところどころ骨の剥き出した手でチャイムを押している。落とした首の根には声帯が残っているのか、言葉にならない空気混じりの音が低く吐き出される。どことなく「入れて」「帰る」「ただいま」と聞こえたような気がした。
叔父は優しい人だった。温かい人柄で、古い家と家族を大切にしていた。そんなことが思い出されてただ悲しくなった。嫌悪感は無かった。
私は化け物の背後に周り、刺股で玄関の石畳に体を押さえつけた。
頭が無いのでもう食べ物で酔わせることは出来ない。私は、叔父が好きだった歌を歌った。化け物は手足の力を抜き、私の声にあわせて首から低い音を吐いた。小さく体が揺れていた。脳天気な動きに再び心が痛んだ。
母と妹は、私と化け物が歌っている内にノコギリで四肢を切断した。重労働なので刺股で抑えながら歌う係を何回か交代しながら、夜が明ける前には解体できた。バラした四肢は化け物の支配下から外れる。墓に入れる為に腕と脚は庭へ置き、化け物の体は再び新聞と段ボールで梱包した。サイズダウンしたので、体をベキベキと折り畳めば大きめの段ボールに収まった。何となく、ムカデをガムテープで包んでゴミ箱に捨てる時の事を思い出した。ガムテープで挟んだ長い体をベキベキと折りたたんで、更にガムテープで頑丈に巻くのだ。似ている、と思いつつ、段ボールの継ぎ目を無くすようにガムテープを巻き付ける。いくら暴れても安心できる程度には、頑丈に包装された。
化け物は始終大人しかった。痛みは感じないのだろうか。叔父本人では無いと知りつつも、なるべく無痛であって欲しいと思った。
再び化け物を紫陽花畑に埋め終わる頃には夜が明けていた。血みどろになった玄関とノコギリを、庭の水やり用ホースを使って綺麗に洗い流した。叔父の血をたっぷり含んだ水は、玄関先に植えられた松や駐車場のマリーゴールドへ流れていく。
──起床。
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