伯爵夫妻は雪解けを待つ ①

フラットな目で見れば、アーウェンはいちいち『可哀想な』という枕詞が付くのがあたりまえなほど──それ以外で失礼な言い方をすれば『無知』な少年だった。

カラという従者は『贅沢に慣れていない』──この場ではなく、むしろ厨房や雑用をする方がふさわしいぐらいの教養の無さで、何故従者という役職を与えられたのかと勘繰ったが、むしろアーウェンという子供を知ればふさわしいとも言えた。


そして一番の曲者──クレファー・チュラン・グラウエス。

公国の頃から隣国との交流が多かったこの地域では、たとえ異国民でも快く受け入れてきた。

しかしこの男は違和感のある肌色と顔つきと、なのに流暢な王国語を話す──正体が知れないだけに、気を許すことはできない。

子供たち二人はひょっとしたら大人のいいように操られているだけかもしれない。

その人形師はあの男かもしれない。


ギンダーの態度は日々硬化したり和らいだり、情に流されまいと抗うようでもあり、ふと受け入れているような自然な態度にもなった。

見ている方はクルクルと変わるギンダーに『早く認めればいいのに』と思わないでもなかったが、誰も手出しも手助けもしない。

それが許される立場でも、年齢でもなかった。



「……しかし評価できるとすれば、アーウェンを侮りつつも私たちがあの子を気にかけていることを受け入れ、卑怯な真似はしないことではあるな」

「ふふっ……わたくしは知りませんでしたけど、どうやら使用人たちは誰もひとしきり受ける通過儀礼の強情版のようですわ、あなた」

「強情版?」

「ええ。新しく雇われる者たちが、しっかりターランド伯爵家に忠誠を誓う者か、ただ職が欲しいだけで主人家族に敬いを持つかどうか微妙な者か、何かしら引き出そうと潜り込んだ者か……たいていはひと月ほどで正体を現わすそうですわ」

「なるほど……私が知らない部分もあるのだな」

「わたくしもありましてよ?あなたがお仕事でどのような顔をして、どんなふうにお話しされ、他の方と接していらっしゃるか……あなたもわたくしのこと、ご存じないこともあるでしょう?」

「ンンッ…ゴホッ……あ~…うん、まあ…そうだな」

とてもではないが戦争の場にいる時の張りつめた状態の自分や兵たちなど、妻に見せられるようなものではないと理解している。

当然のように、妻もお茶会や何かで貴族の妻として立ち回る時の顔など、知りたいとも思わない。

そしてそれぞれが使用人と向き合う時にも、男主人と女主人、そしてその子供に向ける顔や表情、言葉も違うだろう。

「ひと月……まあ、もう少し様子を見よう」

「どちらが根負けするか…ですわね。もっともクレファーには折れる根もないでしょう。純粋に学問が好きな青年ですわね」

「ああ。アーウェンが発ってしまっても、この城の図書室には自由に出入りできるように手配しよう」

「その後は使用人たちの教育に携わってもらうのは?ええ、もちろんガブス共和国の文化を教える私塾を開くのもよいでしょうが、きっとそれはパージェさんの方がよく知っているかもしれませんわね」

小高い位置に君臨する領都邸を見上げる位置に広がるこの市のどこか、ガブス料理の店を構える準備を始めているチュラン・グラウエス夫妻のうち、ギンダーが怪しんでいる異国──ガブス共和国出身の母を持つパージェ・チュラン・グラウエスはその伝統を伝えられており、綺麗な織物を織ることも、もちろんガブス共和国語を話すことも読み書きすることもできるということだ。



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