父と母は我が子を気遣う

その日の夜、特に来客や会合があったわけでもなかったが、義父と義兄は夕食の席に現れなかった。

そのことに少し寂しさを感じながら、アーウェンは引き取られたころよりもずっと健康的に、そしてエレノアと変わらない量の食事を食べきった。

「……よく食べましたね、アーウェン」

「……はい、おかあさま」

一瞬返事が遅れたのは、小さく「ケプッ」と息を吐いていたからである。

どうやら長期休暇で帰ってきた義兄の成長具合に刺激され、限界まで詰め込んで少しでも早く大きくなろうとしたらしい。

その子供らしい性急さにヴィーシャムは微笑む。

まったく同じことを、小さなリグレがやっていたのを思い出して──その相手は父ではなく、従者としてそばについていたロフェナに対してだったけれども。

『ぼくはロフェナよりおおきくなります!あしたもたくさんたべて、きっとおかあさまをおまもりしますからね!』

そう言っていつもより旺盛な食欲を見せた夜、母の予感通り腹痛を起こして熱を出した。


おそらく我が義息子も──


満足げにお腹を撫でるアーウェンの隣にいるエレノアも真似をしてお腹を撫で、それぞれのどちらがより丸いかと触りあって笑っている。

ふたりともこちらに気がついていないのを見計らい、ヴィーシャムはラリティスに小児二人分の腹痛薬を用意しておくようにと言いつけた。



父と二人だけの食事──これまで、一度もなかったわけではない。

貴族学園での生活や成績のことで父が教師との面談に来ると、その日の夕食は寮生全員で摂る大食堂ではなく、特別に作られた個室のどれかでコース料理を食す。

それは何もターランドという家名ゆえではなく、すべての生徒が使用できる権利であり義務であり、親に自分の学習した礼儀作法を実際に見てもらうための時間だった。


だが今はそんな状況ではなく、リグレは薄暗い寝室が自分の部屋ではなく父のそれで、何故かそのまま先ほど膝の上に乗せられていた父の私室で差し向かいの夕食となったことに混乱する一方だった。

「ち…父上……あの、何故……み、皆……母上や、エレノア……と、アーウェン…は……?」

さすがに眠りに落ちる前に告白した自分の胸のつかえを忘れてはおらず、義弟の名前を言うのに少し躊躇ってしまったが、父は気にするなと手を振る。

「母たちは、今日は別室で食事をしている。今日はお前とふたりだよ、リグレ」

「え…あ、あの……はい………」

何故父が上機嫌なのかよくわからないが、リグレはとにかく粗相をしないようにと気を入れた。

「歴史の成績がかなりよいと聞いている。特に周辺国の名産や経済力における国家間のバランスについて、結論が甘いがよく考察できているとか」

「あ、はい。ただ学園にある資料は最新でも十年前の物で……必ずしも正しく判断できてないのです」

「そうだな。おそらくそれが『未熟』という判断に繋がっているのだろう。では最新の情報として、何が必要だったと思う?」

「……ひょっとして、アーウェンのことを調べた時のように……家の力を使って……」

「それもまた方法だ。それを『卑怯だ』と言う者もいるかもしれないが、学園では『独力でのみ成し遂げよ』としているわけではないだろう?授業ではともかく、あの論文は『自分の持てる全てを使い』とあった。利用を思いつかなかったのはお前だけではないと思うが、手段に思い当たった者も複数いるはずだ」

「そういえば……」


では同じような小論文をこのターランド領に当てはめるとすると──どの部隊を使うか──期限は──


学びも教養も何もかも足りていないアーウェンとは違い、自分は愛されていないと思っていたリグレにきちんと愛情があることを示し、そして父から関心を持たれていないなどという勘違いを正し、自信を取り戻させることを初めて見る息子の寝顔に誓ってこの食事の席についたラウドは、しっかりとその目的を果たせたと確信する笑みをワイングラスで隠した。



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