少年は『自分の部屋』に驚く ②
その部屋は食堂にしては小さくて、円卓と椅子が中央に置いてある。
その上にはテーブルクロスが敷かれ、カラが言ったようにお粥と温めたミルクが用意されており、着替えもしていないのに席に座らせてくれた。
「昨日は何も食べずに寝てしまいましたからね。皆さんが起きられる前に、少し食べてください。落ち着いたら、こちらの訓練場を見に行きませんか?」
慣れた手つきでカラは給仕をし、戸惑いながらアーウェンは小さなスプーンを使ってゆっくりとお粥を口に運んだ。
いくら腹の虫が鳴ろうと、起きたばかりのアーウェンの身体は大量の食べ物を受け付けない。
それをわかっているカラは、小さめの深皿に温かいお粥を注いだ。
優しい味付けのそれはスルスルとアーウェンの喉を通り、幸せのため息が漏れる。
「落ち着いたようでよかったですね。熱もないようですし、お部屋の中を見て回りますか?」
「へや?」
そういえばとアーウェンはようやく周囲を見回す。
壁際には本棚が並べて三つもあったが、あまり本は入っていないし、一番左の棚はまるっきり空であったが、それだけでも王都邸の図書室に似ている気がした。
もっともあの部屋はものすごく本が多かったが、当時のアーウェンは文字がまったく読めなかったので、全然興味がなかった。
しかしクレファーに教育を施されている今は、あの本のどれかを見て読むことができるだろうかと考える余裕ができている。
「一番右の本棚に入っている本は、いずれアーウェン様のお勉強に使われる物を収めているそうです。真ん中のは今までの本が入っていますが、アーウェン様の手が届くところにありますから、いつでも読んでいいそうですよ」
「ほんと?」
キョトンと見上げれば、カラは笑顔で優しく頷いてくれた。
それから改めて見れば、確かに真ん中の本棚には見慣れた薄い本が何冊も置いてあり、下の方には箱も置いてある。
「あの箱にはアーウェン様が旦那様に買っていただいたおもちゃや、使っていたクレヨンやノートが入っていますよ。お好きに並べるようにと旦那様が言ってらっしゃいました」
「ほんと?」
さっきと同じ言葉だったが、目の輝きが違った。
まさかアーウェンの玩具が。こんな素敵な部屋にあるとは思わなかったのである。
だいたい遊ぶ物は子供部屋に置かれるのが基本であるが、ラウドは『アーウェン自身の物』と呼べるものが何ひとつないことに気がついており、王都から領都への移動の間に購入した物はすべてアーウェンの管理下に置くつもりだった。
それらを使ったりしまったり、眺めるためにどんなふうに置こうかと考えることが、アーウェン自身に必要だと考えていたのである。
それらをすぐにでも手に取りたいとアーウェンは思っていたようだが、カラが着替えをするようにと注意した。
「着替えはあちらです。今日着る服を決めましょう」
「え?」
この邸に到着するまでアーウェンには決められた服が先に準備されていて、それをロフェナが着させてくれていたため、聞き慣れない言葉に驚いてしまった。
だいたいサウラス男爵家では生まれた時からボロ布同然の物しか身に付けておらず、二~三着ある服を自分で濯いで乾かすようにと家政婦は言い、アーウェンは『乾いた物』が身に付けていい物なのだという認識しかなかったのである。
ある雨続きの時、乾いている布が無くなったと知った家政婦がさすがに気の毒に思って自分の知り合いのお下がりをアーウェンに着せてやったが、それを見た主人のサウラス男爵はアーウェンを殴り飛ばし、あっという間にその服を取り上げてしまった。
「こんな贅沢な物をお前が着ていいと思っているのか?着る者がなければ台所から出てくるな!今日の給仕はお前がやれ!」
「ヒッ……か、畏まりました……旦那様……」
もともと食事の給仕は家政婦がやっており、アーウェンはすぐ上の兄に用事を言いつけられる時ぐらいしか部屋に入ってこない。
だがそんなことを忘れたかのような言い方に家政婦は首を捻ったが、自分は殴られたくなくて卑屈に従った。
ちなみに取り上げられた服は家政婦に返されることなく、サウラス男爵は勝手に古着屋に売ってしまったのだが、そのことを指摘することもできなかった。
戸惑うアーウェンが連れていかれたのは、先ほどの寝室を通って、反対側の壁にある扉の向こうだった。
開かれたそこにはたくさんの服が吊るされており、さらにはタンスまで置いてある。
「すごいね……」
「ええ。旦那様が吟味なさったそうです。奥様も。リグレ様が着てらっしゃった物もあるということですが、ここに来る前にいたお邸で誂えた物がこちらに納められています」
「え…?あ!」
一瞬何のことかと思ったが、そういえば何故かたくさんメジャーを当てられてクルクルと回され、たくさんの布を見せてもらったのを思い出す。
数日後に「とりあえず既製品の中で見繕いました」と言いながら仕立て屋が持ってきた服を着せてもらったが、それと同じ物が確かにそこにあった。
しかしこの部屋にあるのはそれ以上──まるで服を売る店のようである。
それらが全部自分の物であるという実感を持てないまま、アーウェンはカラが差し出す服に困惑したまま頷いて着替えさせてもらった。
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