少年は眠ったまま城に着く ②
一瞬だけ目付きを険しくしたが、ギンダーは巧みにその表情を消して主人の前に立って子供部屋へと向かう。
別にアーウェンに危害を加えようとか、おかしな真似をしようとしたわけではないが、少しでもラウドに自分の有能さを示そうという下心があったのは否めない。
それは王都の邸で留守番役となった家令のバラットの息子として生まれたロフェナが、嫡男のリグレ坊ちゃまの専属執事となることが決まっていることと無関係ではなく、養子に迎えた少年の専属執事として認められれば、彼が独立する時にその家の家令となる可能性ができるのだ。
そのために率先して動くのは悪くはないはずだった。
しかし計算違いだったのは、思ったよりターランド伯爵がどれだけ義息子を可愛がっているかという事実である。
リグレが産まれた時の最初のお披露目ではさすがに抱いていたが、普段は乳母が面倒を見ていたし、忙しい夫に助けを求めることなくヴィーシャムは一緒にいてくれた。
だからリグレが五歳の頃に顔を合わせても、『ああ、息子は順調に大きくなったようだ』ぐらいしか思えなかったのである。
それはまあ貴族としては一般的な男親だったが、年が離れて産まれたエレノアへの溺愛はすごかった。
それは娘の成長を見守れる余裕ができたことが要因であるが、ラウドが貴族学院の幼年寮に入ったリグレの何を見逃していたのかを自覚しての反動みたいなものだった。
「……ヴィーシャム、私はとてももったいないことをしたのだろうか……」
「ええ。あなただけを責めませんわ。わたくしだって……リグレが初めて言葉をしゃべったり、伝い歩きをいつから始めたのかというのを、社交界にかまけて見逃しているのですもの」
女の子だからこそ、女親として始めからすべてを見守りたいという気持ちもあったのかもしれない。
そして息子よりも濃厚に愛情を注ぎ、初めて「ああしゃま」と舌足らずな喃語交じりで呼ばれた喜びを感じ、最初の子も同じ瞬間を得たかったと考えた。
そして迎えた遠い親戚となるサウラス男爵家の末子──アーウェンという少年。
骨と皮ばかりで髪も艶がなく、きちんと洗濯はされていたがまるっきりサイズの合わない誰かの古着を着せられた、少年とも呼べないほど幼く表情の抜けた子供。
彼らはたちまちのうちに愛情を持ち、アーウェンの育て直しが急務であり、完全に保護することこそ喜びだと悟ったのである。
だがラウドは保護するためにサウラス男爵と話をつけたのはともかく、その後にアーウェンを王都の邸にある訓練場へ案内するだとか、肩車をするだとか、喜ぶだろうと思うことを部下の誰かに先取りされてしまい、いつも地団太を踏んでいたのだ。
だからこそ本邸のアーウェンの部屋にこの子を運んで寝かせるという役目は、たとえ家令代理のギンダーであってもラウドは譲るつもりがなかった。
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