少年は衝撃を受ける ①
魔力と剣が地を、民を守る国・ウェルエスト王国。
大陸の五分の一を有する大国のひとつで、同じような王政国がふたつ、小国が集まっている共和制の国がひとつ、それぞれ独立している国がいくつかあるが、総じてバランスが取れていると言える。
とはいえ──少しでも自分の陣地を広げたいのが人の常。
小国は隣の小国を、共和制はもうひとつでも多くの連合を、王国はさらなる小国を、もしくは王国同士で食い合い合併しさらなる大国へ。
港のない国は港を有する地を欲し、山岳が大部分を占める小国は平地の拡がる隣国を欲し、文化文明工業の発展を望む国は先進する国を取り込んでさらなる優位を。
そのためには中央ではなく辺境といわれる隣接地が屈強であらねば、たちまちのうちに地図の上からその国の名前は消えてしまう。
むろん武ではなく、知や技術を持って侵略ではなく友好を確立したり、大海原や大河や連峰を盾に物理的侵略を阻むなど、地の利を有効活用している場合もあった。
その中でもターランド伯爵家との縁があるゆえに、魔法的な後方支援を必要とする辺境公爵家の辺境衛兵隊にアーウェンが所属したのは、わずか十二歳の年である。
元々アーウェンはターランド伯爵の実子ではなく、数代前に分家してさらに血縁関係の薄くなったサウレス男爵家のさらに末子だった。
アーウェンは八歳の誕生日を迎える前日に着たこともないいつもよりもはるかに『まともな服』を着せられ、実父に王都内の貴族街区にある大きな屋敷に連れられていかれた。
何のためにこの立派な屋敷に連れてこられたのかわからないまま大きな門をくぐり、見たこともない立派な服を着た父よりもはるかに美しい服を着た人たちの前に引きずり出される。
それは痩せ細って目ばかり大きく、そしてまったく喋らないアーウェンにとっては恐怖でしかない光景だ。
「こんにちは。おにいしゃま。えれのあでしゅ。
白い大理石を敷き詰めただだっ広いエントランスで、舌ったらずの自己紹介を述べながらまだ短い手足で見よう見真似のカーテシーを決める幼女が自分の名を名乗っても、アーウェンには理解できなかった。
そうして挨拶を終えた幼女が若くて綺麗な
そんなふうに自失しているアーウェンはいつの間にか実父とともに、書類と本がたくさんある厳つい部屋へと通された。
生活感はいっさいないのに、重厚な長ソファとひとり掛けのソファが配置された大理石のテーブルに着くと、温かな紅茶と見たこともないような美しいケーキが供される。
そこで告げられたのは『ターランド伯爵家の第二子となること』だった。
だが聞かされたアーウェンはキョトンとしたまま、その目に喜びの色も納得の色も浮かばない。
いったいこれはどうしたことか──
不審に思いつつも、目の前のケーキを睨みつけている男爵の態度が気に入らないターランド伯爵はアーウェンに意識を向ける。
「さっそくだが、我が家における君の行動を確認しよう。まず朝食は朝の八時だが、二時間前に起きてこの屋敷の警備兵について訓練し、朝食後から幼学部教育の家庭教師から座学、昼食後に……は、君の学武力を確認してから決めよう。本日は入浴し、夕食を取った後にサロンに来なさい」
「は…はい……」
父であるサウラス男爵が出された紅茶にもケーキにも手を付けないのに遠慮してか、息子であるアーウェンは目の前にいる『父』になる人が話す言葉を理解するよりも、ゴクリと唾を飲み込むだけである。
そんなアーウェンの細すぎる身体と着慣れていないらしい似合わない服をジロジロと見、ターランド伯爵は考え込んだ。
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