第9話 婚姻届け

 リーゼに美味しい物を食べさせてあげたい。

 そのために僕は料理を上手くなる。

 外食するか、デリバリーを頼んだ方が話が早いまであるような気もするけど、それはそれとして僕も料理が上手くなりたい。

 だって自分が作ったものであんなに喜んでくれたとするなら、誰だって嬉しいに決まってる。


 僕は格闘家のように心を燃やしながら、スーパーへと足を運んだ。

 携帯に取ったメモを見ながら、店内を歩きまわる。

 

 リーゼは多分、というか絶対によく食べる人だ。

 ちょっとぐらいの量じゃ足りないと思う。

 大体二~三人前ほど必要じゃなかろうか。

 

 僕は買い物かごに、大量の材料を入れていく。

 これだけ買うのはリーゼがよく食べるからではなく、僕が料理の練習をするためでもある。


 買い物かご二つに一杯詰め込んだ材料。

 レジを通すと、結構な値段になった。

 リーゼのお金があるおかげでなんとかなってるけど、自分だけの稼ぎだったらと考えるとヒヤッとする。

 お金を用意していてくれてありがとう、リーゼ。

 僕はその分、最強の主夫を目指すから!


 大量の買い物袋を両手に持ち、僕は帰路につく。

 ひーひー言いながら道を歩き、眩しい太陽に視線を向ける。

 お願いだから僕が帰るまでは大人しくしていてください。

 流石に暑すぎますから。


 汗をボトボトかきながら、家に帰る僕。

 到着する頃には、服が汗でびっしょりになっていた。


 買い物袋を部屋に置き、とりあえずシャワーを浴びることにした。

 熱いお湯でも気持ちいい……汗が流され、気分がよくなっていく。


 シャワーを終えると、買い物袋から材料を取り出し、調理に取りかかる。

 

「うーん……まずは包丁の使い方からだな」


 ハッキリ言って、僕は全くの素人だ。

 包丁だってまともに握ったこともない。

 家にある包丁が良く切れるのが鈍いのかも分からない。

 とりあえず、切ってみよう。


 大根をプラスチックのまな板に置き、包丁で切る。

 左手は猫の手……なんて言ってたよな。


 ストンと案外抵抗なく切れる大根。

 うん。これぐらい切れるならストレスは感じなさそうだな。

 いい感じのサイズに切った大根。

 今度は桂むきとやらに挑戦だ。


 左手で大根を持ち、薄く皮を切っていくイメージ……

 うん。全然行かないや。

 ここは努力。

 三にも四にも努力だ。

 なんだって為せば成るのだ!


 それから二時間ほど大根と格闘し、少しだけだが桂むきができるようになった。

 だが改善点はまだまだある。

 これからも精進を続けよう。

 しかし、今日は予定変更。


 考えていた料理では晩御飯に間に合わない。

 リーゼがいつ帰ってくるのか分からないが、桂むきに二時間も要するなんて、ちょっと予定外だ。

 熱を入れ過ぎた自分が悪いんだけど……とにかく予定を変更。


 僕は玉ねぎを取り出し、それを細かく切り、黄金色になるまで炒めた。

 それをボウルに入れておいたひき肉の中に放り込み、牛乳とにんにくもぶち込む。

 手でそれらをこねていくと、気持ちいいのか気持ち悪いのか、何とも言えない感触を味わっていた。

 でもこれ、癖になりそう。

 合わせた肉を右手から左手、また左手から右手に投げて移動させる。

 こうやって空気を抜いていかなかればいけないらしい。


 らしいというのは、やはり料理をまだまだ知らないからだ。

 まぁ、こんな光景見たことあるし正解だろう。


 そうこうしていると、玄関のドアがガチャッと開く。


「ただいま」

「おかえり、リーゼ」


 彼女は抑揚ない声で帰宅の挨拶をする。

 それとは対照的に、僕は元気一杯リーゼに声をかけた。


「何やってるんだ?」

「料理だよ、料理。リーゼのために頑張ってたんだからね」

「そうか。例えマズくても、私は食べてやるからな」

「ありがとう。マズいなんて言われないように頑張るからね」


 萎えかけたが、ここは愛でカバー。

 リーゼはこんなことを平気で言っちゃう子なんだ。

 これも彼女の愛らしさと思えば、ご褒美というものであろう。


 するとリーゼは、僕の服の袖くいくいとする。


「?」

「結婚。どうやったらできるんだ?」

「結婚……昨日も言ったけど、区役所に行けばいいはずだけど」

「ほら」


 リーゼは一枚の紙を僕に手渡す。

 それは――『婚姻届け』であった。


「知り合いがそれもついでに用意してくれていたんだ」


 ……婚姻届け? 

 もう手に入れたの?

 というか……彼女の書くべきものが全部表記されている。


「……田中リーゼロッテって、何?」

「さあ? こちらは何も指示してないし、適当につけられたな」

「ハーフって設定なのかな?」


 エルフにハーフもクソもなさそうだけど。

 あ、でもハーフエルフって言葉は聞いたことあるな……

 だけど今はそんなこと関係無い。

 田中って、どう考えても日本の苗字じゃないか。

 で、日本とどこのハーフって設定になってるの?

 僕はそればかりが気になっていた。


「これを提出すればいいのか?」

「そうだけど……僕も書かないと」

「じゃあさっさと済ませろ。そして区役所とやらに行くとしよう」


 躊躇なしなんですね。

 これを提出したら、僕たち本物の夫婦ですよ?

 これまでの関係ではいられないんですよ?

 と言っても、関係なんて変わらないか。


 今も一緒に暮らし始めて夫婦みたいなものだし。


「…………」


 僕は変に照れながら婚姻届けに自分の情報を記入していた。

 そうか……本当に夫婦になるのか。

 ニヤニヤが収まらない。

 僕はリーゼの面倒くさそうな顔を見て、心をときめかせていた。

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