第49話 帝狼会

「これは……?」 

「この首飾りには科学宝具、『瞬間移動』テレトラスポートプロトコルが組み込まれています。勇敢な貴方様なら、使いこなせるかと」

「テレトラスポート……って何?」


 旦那は小首を傾げながら答えを求めるように私の方に振り向く。


「科学宝具の中でも最上級品の能力……瞬間移動ですよ。本物は初めて見ましたね……」

「ほえ~、そうなんか。じゃあ、レイ。お前が貰っとけよ」

「え? 何で私が……今回の一件は旦那が――」

「お前だろ、今回頑張ったのはよ? だからお前が受け取るのに相応しい。貰えるモンは貰っとけ!」


 旦那は語尾を強めながら私の背中を叩き、ミゼレーレ様の前へと押し出した。


「それではこちらを……使用する際は細心の注意を」

「あっ……ありがとうございます。大丈夫です、心得ていますから」


 その首飾りを受け取ると、ミゼレーレ様は不思議そうに、眩い瞳で私を見つめてくる。


「貴女様の顔立ち、それにその瞳……どこかで……失礼ですが貴女様のお名前は……?」

「私……? 私は……レイ・アトラスです」


 本当の名前は言わなかった。お父様は現女神を守る為にその命を捧げた……もしヴェンデッタの名前を出せば、ミゼレーレ様はきっと心を痛めるだろうからだ。なら無理に言う必要はない……復讐者はもう居ないのだから。


「こちらは私のお婆様で名前はガイア・アトラス。そしてこちらはダン・カーディナレ、私の……大切な相棒です」


 お婆様は私の意を汲んでお辞儀をし、旦那も口角と共に片手を上げて対応する。


「そう……ですか。あなた方のお名前は一生忘れません。何かお困りの際はドレッドノート家が必ず御助力することを誓います。本当にありがとうございました」


 そんな立場とは裏腹な物腰の柔らかさを見せるミゼレーレ様は、再度感謝を述べながら深々とお辞儀をし、件の探し人の為と足早に去って行った。


「レイ、優しい子に育ったわね……立派だったわよ」


 お婆様はそっと肩を抱き寄せ、私は「……うん」首肯きつつ優しく微笑み返す。


「よーし、これで終わりだなー! じゃあ、さっさと帰ろうぜ! 瞬間移動もある事だしな!」

「そうですね。でもその前に先ず、マリオネッタの外に出ないといけませんね」


 旦那は「え? 何で?」と疲れ切った体を伸ばしながら私に尋ねる。


「この国の周り及び東西を分断するように『干渉』インテルファレンツァプロトコルという、言わば結界のようなものが張られていましてね……このまま瞬間移動するとそれに干渉して座標がずれてしまうんです」

「ほ~ん、ちなみにずれるとどうなんの?」

「運が良ければ別の場所に飛ばされるだけです。悪ければ何処かに激突するか減り込むか、体が分解されるか――」

「ちょおおい! 急に怖くなってきたな⁉ おいおい、大丈夫なのかそれ⁈」


 旦那はそんな言葉の羅列に慄いていたが、その時の私はなんでも出来そうな気がしていて……「大丈夫ですよ」と宥めた後――


「旦那は私が守りますから!」


 ――と自信に満ちた笑みで答えると、旦那は一瞬キョトンとした表情を見せたが、すぐに「そうかい……じゃあ、任せるわ」と信頼を感じさせる笑みで応えてくれた。





 マリオネッタ連邦 南西部――


 鬱葱と生い茂る森林の奥深くには古びた屋敷が建っており、その周囲には統一するかのように、ゴシック調の黒いロングコートを身に纏った集団が辺りを警邏していた。この国において彼らのような物騒な連中が守る者と言えば一人しかいない。


 帝国が最も危険視する男……破滅の帝王である。


 此処は破滅の帝王率いる裏社会、『帝狼会』が座す屋敷の一つであり、今まさに幹部会が開かれていた。


 帝王の間――


 まるでヤクザの事務所かのような内装のこの部屋には長テーブルが中央に備えられており、それを挟むように両側のソファーには白髪をオールバックにして髭を蓄えた老兵と、紫色のベリーショートな髪型を逆立てた女が向かい合って腰かけていた。


「おい、アルバス‼ グリーズ家が襲撃されてんのに何で動かねえんだ、テメエはッ‼」


《帝狼会 直轄 黒扈くろこ連盟一番隊隊長 アーテル・ドグマ》


 ローズマダー色をした下着のような服装のアーテルは、テーブルを叩きながら立ち上がり、その真っ黒なアイシャドウをした目で睨む。


「よせよせ、アーテル。フゥー……帝王の御前だぞ?」


《帝狼会 二代目総督 ラーウス・ロペス》


 マットグリーン色のロングコートに身を包んだラーウスは、どっしりと座りながら葉巻を吸い、いきり立つアーテルを気だるげに制止する。


「テメエは黙ってろジジイッ! グリーズ家は帝狼会の傘下なんだぞッ⁉ 襲撃されっぱなしじゃあ、俺らのメンツは丸潰れだッ! どうすんだアルバスッ‼」


 アーテルが怒鳴りつける先……その最奥には、くすんだ灰色をしたワイルドな長い髪と、肩に装飾羽根を付けた全身ダークブルー色のマントを羽織った男が、黒い粒子を纏いつつテーブルを挟んで座っていた。


「そんなことは……どうでもいい」


《第五十五代転生者 兼 賞金首俗称 破滅の帝王 アルバス・ブレイカー》


「どうでもいいって……どういう意味だッ!」

「今回、幹部会を開いたのはグリーズ家の件じゃない……を捕らえたことについてだ」


 アルバスからあっさりと告げられた事実に、他の二人には瞬きさえ忘れてしまう程の沈黙が降りる。


「帝王よ……それは本当の話で? 今まで六年間、全く尻尾を掴ませなかったというのに……」


 沈黙を破るようにラーウスが、アルバスに半信半疑で問う。


「ああ、実はリベルタに派遣したシーフズの下っ端が情報源でな。最初はただの狂言かと思ったが、『女王』クイーンが潜入したところ裏が取れた……それで捕らえるに至った」

「そんなことが……しかし下っ端が見つけるなんて、一体どんな手を使ったんで?」

「どうやらその下っ端、女神を偶然カツアゲしてたみたいでな……まあ、実際は失敗に終わったらしいが、その時に変装してた顔を覚えていたらしい。そして再度その女を偶然街で見かけたことで、返しをしようと画策した直後……周りの護衛の多さに異変を感じて、シグナルを送ってきたというわけだ」


 ラーウスは吸っていた煙を吐き出した後、葉巻を灰皿に横たえるように置いた。


「その程度のことで見つかるような奴らじゃないと思うんですが……他に何か理由でも?」

「フッ、これまた偶然なんだがな……その場にはグリーズ家を襲撃した主犯格の男も居合わせていたらしい。話によればその男は女神を助ける際、銃で頭を撃ち抜かれても死ななかったとか」


 それを聞いたラーウスは背もたれに寄りかかり、「ガハハハハハッ!」と豪快に笑う。


「なるほど……偶然自分のことを助けてくれた男が、帝王の領域に風穴を開けたとなれば、接触したいと考えるのも無理はない。もう隠れ続ける人生は懲り懲りだろうからなぁ……動きが散漫になるのも頷ける」

「ああ……そんな訳で今は『女王』クイーンの能力で、女神を最上階の方に転移させてある。だが、今はまだ殺せない……奴は七宝具の一つ、『絶対障壁の首飾り』を所持しているからな。まあ、それを破壊するのも時間の問題だろう」


 話が一段落ついたところで、今まで黙っていたアーテルが、足でテーブルを踏みつけながら開口する。


「そんなことはどうでもいいッ! うちらの領域に風穴開けられたってんなら、その男をブチ殺さなきゃいけないんじゃねえのかッ! アルバスッ‼」


 アルバスはため息をついた後、「いいじゃないか……別に――」と感傷的に言葉を吐く。


「正義のヒーローって感じがしてさ。口だけでなく行動で示せる……殺すには惜しい。しかも噂じゃその男、魔帝を退けたって話らしい」

「なっ……! 魔帝を……? そんなの噓に決まってんだろッ⁉」

「だが、初代転生者のカタリベが、先程その男と接触したという情報もある。奴が動く理由なんて一つしかない……」


 アーテルは苦虫を嚙み潰したような表情で黙り込んでしまう。


「もしそいつが噂通りの男だったとして、こちらが手を出そうものならば、逆に手痛いしっぺ返しを食らうかもしれん。なら今は無視しておけばいい。それにグリーズ家のような腐った連中は、いずれ処分するつもりだった。だから返しなんてする必要はない」


 吐き捨てるように言うアルバスは、黒い瘴気と共に立ち上がると、座っていた椅子は砂のように消えていく。


「この帝狼会を組織した時から何遍も言ってきたと思うが……目的はただ一つだけ……俺は……」


 黒い瘴気が徐々に辺りを包み、赤い稲妻を迸らせていくと、アルバスはソレを握りこぶしで消し飛ばす――


「この世の悪党どもを消すだけだ……!」



 ――己が信念のもとに。

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