第32話 卑怯VS卑怯……そして卑怯

「まあ立ち話もなんですから、取りあえず座ったらどうです?」

 

 しばらく睨みあった後、ブンカは手の平で指し示し、座るように催促してきた。


「…………………」


 オレは尚も睨め付けながらシリアスな態度を崩さずに黙って座った……ホント言うとさっきの戦闘でメッチャ疲れているので正直ありがたかった。

 

 目の前には晩餐会スタイルの長テーブルが設置してあり、五メートルほど離れた場所にお互い向かい合わせで座っているような状態だった。そんなテーブルの上にはこれでもかという程の豪勢な食事が並んでおり、腹が減っていることもあってか思わず視線が釘付けになってしまう。


「フフッ……よろしかったら食事の方もどうぞ」


 オレの視線に感づいてか、さらに催促をしてくる。


「へッ! ばっ、馬鹿言うんじゃねえよ! 敵が差し出す飯なんか食えるか!」

「そんなに涎を垂らしながら言われても、説得力というものがありませんがね」


 ご指摘の通り……目の前の色とりどりな食事によって、オレの口元からは赤ん坊の如く涎がびちゃびちゃ流れていた。


「フン、違うね! これは空腹によって口から無意識的に唾液が出てるだけさ!」

「うん……だからそのことを言っているんですよ、私は……」


 呆れた表情のブンカは、若干ズレた眼鏡を押し上げる。


「それにアレだろ?――ムシャムシャ……どうせ毒とか入ってんだろ?――ムシャムシャ……そんなん分かってんだよオレは!――ムシャムシャ……そんなんでこのオレ様が騙される訳ねえだろ?――ムシャムシャ……なめんなよコラァ!」


 食い物を口いっぱいに頬張るオレの姿は、リスのようにキュートなことであった。


「いや……そう言いながら、もうすでに食べてるし……それに私は君と違って、そんな卑怯な真似はしないんでね」

「卑怯だと……?」

 

 その発言に淀みなく動いていた手が止まる。


「そうです。君はその卑怯な性格でシーフズの元幹部を、あろうことか後ろから蹴り飛ばし、再起不能にしたらしいじゃないですか? まあ、そのおかげで私が繰り上げで昇格できたわけですが」


 一通り食事を嗜んだオレは近くにあるナプキンで口を拭い、それをマナーのかけらもないかの如く後ろに放り投げた。


「あぁ……あったなぁそんなこと。まあ、アレは敵に対して背中見せるようなクソ雑魚なアイツが悪いのであって、別にオレは普通のことをしただけさ。それにテメエらシーフズも大層あくどいことしてるって聞いたしな。っつー訳で、そんな奴らに卑怯だなんだと言われる筋合いはない。ご理解していただけたかな?」


 オレは椅子の背もたれに体を預け、皮肉めいた表情で余裕の態度を示す。


「なるほど……確かにその通りですね。ですが今のシーフズは形振り構わず暴れていた昔とは違う。カルミネの頭が三代目になってからは、子供には手を出さないというルールになっているのでね。まあ、それが今回適用されるかは分かりませんが……」

「だから何? こっちは相棒連れ去られてんだ。それなのに今はそこまで悪いことしてないから許してくださいってか? アホらし……悪党がそんなダセェ真似すんなや。最後まで貫いて大人しくオレに潰されてりゃいいんだよ」


 言葉の節々に怒気を含ませ、鋭い眼光で相手を威圧する。


「当然、許しを請う気なんてありませんよ。私がここにいるのだって、君を排除する為なんですから」


 対するブンカもまた、射るような眼差しを眼鏡の奥に忍ばせる。


「へッ、そう来なくっちゃな! で、どうすんだ? 殴り合いでもするか? そんなタイプには見えねえが」

「お察しの通り。私は正面切って戦うタイプではありません。情報を集め、相手の行動を読み、裏をかく……それが私のやり方です。そんな私が何故、君の前に姿を現したのか? それは既に勝敗が決しているからに他ならないからなんですよ。この部屋に入ってきた時点でね……」

「ほう……それってどういう意味?」


 ブンカはやれやれと嘲笑いながら額に手を当てた。


「実はこの部屋に入るための両扉……その取っ手には『猛毒』ヴェレーノ・モルターレプロトコル……つまり猛毒が仕込まれていましてね。触れた瞬間は何も感じませんが、徐々にその人体を蝕んでいき、やがて死に至る。フッ……君もそろそろその異変を感じ取っている頃ではありませんか?」


 ブンカは吹き出そうになる笑いを堪えながら、自身に満ち溢れた表情で問いかけてきたが――


「いや、特には」


「………………」


 ――オレのその意外な反応に、思わず固まるブンカ。


「え? ウソ? 猛毒だよ? 猛毒って……凄い痛いんだよ? え? 何? 我慢してんの? そういうの要らないからさ」

「う~ん……まあ確かに横っ腹ちょっと痛いかなぁって感じだけど、ただの食い過ぎかなぁって思って黙ってたんだよね。ひょっとしてこれのことかな?」

「えぇ……違うでしょ。もっとのた打ち回るような痛みなはずだよ? 部下で試したんだから」

「試すなよ……っていうかお前アレだよね? 毒仕込むなんて卑怯な真似しないって言ったくせに普通にやっちゃってんじゃん。開幕ブチかましてんじゃん」

「………………」

「いや、黙るなよ」


 腕を組むブンカ君は、しばらく目を瞑って考えにふける。


「……ハーハッハ! どうやら一筋縄ではいかないようだね! そうでなくては面白くない!」

「いや、なんも無かった感じにすんなや」

「まさか、この程度で終わりと思ってる訳じゃないだろうね? こんなこともあろうかと二の矢、三の矢は既に部屋中に仕込んである!」


 ひょっとするとこいつは……取りあえずこの場はノッておくことにしよう。


「部屋中に……だと……? 一体、何を仕込んでいるというんだ⁈」

「フッ……聞いて驚け。この部屋中の至る所に、もう既に仕込み済みなのさ。フフッ……フハハハハッ!……フゥ……猛毒をね?」

「結局毒じゃねえか‼ お前アレだけ言ってて全部毒任せかよ! 絶対お前の方が卑怯じゃん!」

「違いまーす。敵に合わせて戦略を変えているだけでーす」


 確定……やっぱりこいつアホだ。なんか凄いインテリタイプっぽかったからどんな策略で来るかと思ったら……ただのアホだったわ。


「ハァ……シーフズの幹部って言うから警戒してたけど期待外れだな。もうなんか興が削がれちまった……」

「おやおや、逃げるのかい? 私を倒さなければ先へは行けないよ?」

「う~ん……でもオレが相手する必要もなさそうだしなぁ。助っ人が来たみたいだし?」


 余裕のある態度で足を組んだオレは、ブンカ君の後方に視線を向ける。


「助っ人? ハハハッ! さすが卑怯者と噂されるだけあって油断も隙も無いね。そうやって振り返ったところで私を倒す算段なのだろうが……残念ながらその手は通用しない。この屋敷に侵入してきたのは君とレイ・アトラスの二人だけなのは確認済み。つまり君は孤立無援の状態……助っ人なんているはずないのさ!」

「それはどうかな? 実はうちのチームには三人目のメンバーがいるんだよねぇ。それも、とびっきりのカワイ子ちゃんが」

「ハァ、往生際の悪い……リベルタの国での君の行動は全て筒抜けなんだよ。だからそんなハッタリは通用しない」

「リベルタの国ねぇ……どうせ大した情報得てないだろ? オレが卑怯者の烙印押されてる噂で持ち切りだろうからな。まあ、お前がそう言うのも仕方のないこと。オレだって今の今まで忘れてたからなぁ」

「ハイ、ハイ……もうそういうのはいいよ。君はこのまま大量の猛毒に侵されて死ぬ。それでお終いさ」

「いいのかな、本当に振り返らなくて?」

「だから、いいって言ってるでしょう――ガガガガガガッッッ⁈」


 結局、最後まで振り返らなかった哀れなブンカ君は後方から忍び寄る気配に気づくことなく、すらっとした指から放たれた電撃によって一瞬で再起不能になった。


「あーあ……だから言ったのに。よお、助かったぜ」

「ハァ……あんたら遅すぎ」


 三人目のメンバーにして、第六十一代転生者の同期……ダーシーの姿がそこにはあった。  

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