第4話 屋台、なのです
建国記念祭の式典に参加したプリン姫は百合ちゃんの予想通りで、式典の最中の記憶はほどんどなかったそうだ。ただ、そんな状況でも長年姫をやってきたとい経験もあり、問題になるようなことは何一つ起こさなかったのはさすがとしか言いようがない。多少は百合ちゃんの力添えもあったのだろうが、プリン姫は大衆の前で大きな恥をかくことも無く無事に式典は終了したのだった。
「あまり覚えていないのだけど、式典も無事に終わったみたいだし屋台を回ろう。どの屋台がおススメとかあったりするのかな?」
「私のお勧めは西側広場にあるゲーム系の屋台ですかね。爆発する石を投げて壁を壊すやつは楽しかったですよ。他にも、教会の鐘を銃で狙撃して鳴らすゲームですとか、常温の水をいかに早く沸騰させるかってゲームも楽しかったですね。他にも、攻撃を避ける人にパンチを当てるゲームも楽しかったですよ」
「なかなか面白そうなゲームがあるのね。でも、プリンはゲーム系よりも食べ物系の方がいいかもしれないの。ン、ちょっと待ってほしいの。百合ちゃんはずっとプリンの傍で式典を見ていたはずなのに、どうしてそんなに屋台で遊んでいた時間があるの?」
「どうしてって、先週の休みの日に行ったからですよ。久しぶりの休日で一人でしたけど、それなりに楽しめたんで良かったと思いますが、プリン姫は前夜祭に参加したりしてなかったのですか?」
「プリンは前夜祭とか聞いてないの。そんな楽しそうなことがあるなんて知らなかったの。先週の百合ちゃんの休みの日はプリンの予定空いているの知ってたはずなのに、どうしてプリンを誘ってくれなかったの?」
「どうしてって、プリン姫を誘って祭りに行こうなんて一介のメイドがすることじゃないですからね。私がそんな事をしたら他のメイドに怒られてしまいますよ」
「百合ちゃんを怒れるメイドなんてこの世にいねえの。プリンを誘わないで一人で祭りに行っちゃうことを怒るメイドはいるかもしれないけど、誘ったことで百合ちゃんの事を怒るメイドなんてこの国には一人もいないものなの」
「まあ、そうでしょうけどね。あの日は警備兵もそんなにいなかったですし、プリン姫の護衛をするのにもそれなりに人が必要なんですから我慢してくださいね。プリン姫に何かあったとしたら、亡くなったの王と王妃に顔向けできないですからね」
「ん、でも、今日はプリンを護衛してくれている人が式典が終わってから全く見当たらないのだけど、これはどういうことなの?」
「どういう事って、彼らも私と一緒で式典が終わった後は自由に祭りを見て回ろうってことになってますからね。みんな今日は式典のある午前中だけの勤務ですから、こんな日まで働かせるなんてそれはあまりにもブラックすぎると思いますよ」
「ごめんなさい。今は私を護衛してくれている警備兵はいないって事なの?」
「そうですよ。私がいるのに警備兵はそもそも必要ないと思うんですよね」
「じゃあ、式典の時にいた護衛の警備兵はいったい何のためにいたの?」
「あの人達ですと、何か良くないことをしようとしている人に対しての牽制と、来賓の方々の警護が主な任務ですね。式典が終わった後は各自で雇っている警備兵がいますので問題はないのですが、式典の最中だけは我々の国で警備を行うことになっているのですよ。何かあった時に連携が取れないと困りますからね」
「あのね、その理屈だったら百合ちゃんが前夜祭に行っている時にプリンが一緒にいても何の問題も無いんじゃないのかな?」
「そうでしょうね。この国で、いや、この世界で私を倒してプリン姫をどうにか出来る人なんて一人もいないでしょうからね。私が隣にいるという事が抑止力になっていると思いますよ」
なんだか納得のいっていない様子のプリン姫ではあったのだが、食べ物の屋台が近付いてくると不機嫌そうだった顔も自然と緩んでいったのだ。普段食べられないようなものが食べられる屋台の料理が好きなプリン姫ではあったが、普段の食事が嫌いと言うわけではなく、普段食べなれないものが食べられるという事にも価値を見出しているのだった。
多くの人でにぎわっている祭り会場に大魔王ルシファーを倒した英雄のプリン姫がいると騒ぎになりそうなものではあるのだが、そこは百合ちゃんの魔法によって人混みに紛れるように上手くカモフラージュしているのだ。普段から仲の良い相手でも一目では見抜くことが出来ないくらいに溶け込んでいるので、他の人に見つかって騒ぎになる心配はほとんどなかった。ただ、百合ちゃんの使っているこの魔法は一度でも見破ったことのある相手には使うことが出来ないのであるが、今のところプリン姫であると見破った者は一人もいないのであった。
そんな中、どの屋台の料理も美味しそうだなと思って見ていると、大魔王ルシファーを倒す旅の途中に出会った異世界人の作る料理と同じ独特の香りを放つ屋台を見付けたのだ。最初は肉料理にしようと思っていたプリン姫ではあったが、この懐かしい匂いにひかれて一件目の食事はここにすると百合ちゃんに告げていた。
ムチムチ王国で異世界の料理が食べられる店はあるのだが、異世界人の作る異世界料理が食べられるのは今のタイミングしかないのだ。基本的に、異世界人にも異世界での生活があるのでこちらの世界に長期滞在することも出来ず、元の世界での生活に影響を及ぼす可能性も高いので異世界人がこちらの世界に滞在することはほぼ無いのだ。今回はムチムチ王国からの依頼という事で一日につき金貨が一枚与えられるので、元の世界の金の価値によっては大きな儲けを生むことが出来るのだ。
「あれ、百合さん今日も来てくれたんですね。今日は何にしますか?」
「そうですね。今日はみそ味にしてみます。それと、角煮を別で一つ頂いてもいいですか?」
「はい、よろこんで。お連れ様はいかがいたしますか。うちはラーメンと言うものを出しているのですが、なかなかおいしいと評判なんですよ」
「ちょっと待って、百合ちゃんは今日も来てくれたって言われてたけど、昨日も来たの?」
「いいえ、私は二日に一度くらいのペースでこちらに来ていますが。マサシ殿の作ってくれたラーメンの味が忘れられなくて通ってしまうんですよね」
「そう言ってもらえると嬉しいですね。百合さんにはこちらの世界に飛ばされた時に助けてもらったんでお代はいただかなくても結構だと言ってるんですが、どうしてもサービスさせてもらえないんですよ」
「ねえ、プリンの事も覚えてないのかな?」
「え、プリン姫ですか?」
「ほら、目の前にいるのがプリンだって気付かないの?」
「僕の知ってるプリン姫と違う顔のように見えるんですけど、本当にプリン姫なんですか?」
「あ、プリン姫。今はカモフラージュの魔法をかけているのでマサシ殿はプリン姫の顔が別人に見えているんですよ。何かプリン姫だって証明することは無いですかね?」
「え、えっと、二人の秘密ってあったかな。何もなかったと思うのだけど、どうしよう。何も思いつかないの。プリンがプリンだってどうしたらわかってもらえるの?」
「じゃあ、胸でも見せたらいいんじゃないでしょうかね。最初に会った時にプリン姫は胸を見られてますからね。最初に会った時のインパクトってなかなか抜けないものですよ」
「ちょっと待って、マサシさんにプリンの胸を見せるなんて恥ずかしくて出来ないの。それ以外に何か思いつかないの?」
「そうですか。じゃあ、マサシ殿にはこの魔法が効かないように書き換えますね」
「それが出来るなら最初からやってほしいの」
ムチムチ王国建国祭の屋台でラーメンを作っているこの青年はプリン姫と百合ちゃんが大魔王討伐の旅の途中で出会った異世界の勇者なのだ。ただ、異世界の勇者と言っても戦闘手段は何も持っておらず、与えられた能力も自由に物を出し入れすることが出来るという能力だけなのだ。
この能力は大魔王討伐の旅において多くの問題を解決すると同時に、殺伐としがちな冒険を豊かな物へと変えることが出来たのだ。今回のラーメン屋台でもその能力がいかんなく発揮されており、食材だけではなく調理器具一式も彼の能力によってこの世界へと持ち込まれていたのである。ただ、その能力も元の世界では使うことが出来ず、この世界では自分が持っていないものでもその存在を知っていれば自由に出し入れすることが出来るのだ。
「あれ、本当にプリン姫だ。お久しぶりですね。僕は見に行けなかったですけど、式典でのプリン姫は可愛かったって操も言ってましたよ」
「ありがとう。マサシさんも元気そうでよかったわ。操さんはどこかへ行っているのかしら?」
「あの子はせっかくこっちの世界に来れたんだからこっちの料理を食べてくるって言って屋台巡りをしているみたいですよ。プリン姫とは逆の事をしているみたいですね」
「二人とも元気なら良かったの。二人だけでこっちの世界に来たの?」
「本当は四人出来たかったんですけど、色々と向こうであったんで今回は二人で来たんですよ」
「そうなのね。二人が元気だって知ることが出来て良かったの。今日は何がおすすめなの?」
「一番人気は百合さんが注文してくれた味噌ラーメンなんですが、プリン姫の好きな豚骨もありますよ。豚骨味噌にしましょうか?」
「豚骨味噌ってあの味が濃いやつね。プリンはそれにするの」
「角煮もつけますか?」
「角煮は二つ欲しいの」
「ありがとうございます。真心こめて作りますね」
ラーメンが出来上がるまでの間にプリン姫は百合ちゃんから彼らの世界が消滅したことを知らされた。彼らの世界に入ったことのないプリン姫ではあったのだが、その消滅したという話とは別に丁寧にラーメンを作ってくれている彼の姿を見てプリン姫は何と言っていいのかわからなくなってしまっていた。
「はい、豚骨味噌と味噌ラーメンお待たせしました。熱いんで気を付けて食べてくださいね」
「あの、百合ちゃんから聞いたんだけどマサシさんたちの世界が消滅したって本当なの?」
「ああ、その話だったら本当ですよ。正確に言うと、完全に消滅したわけではなく悪魔の軍団と神の戦争に巻き込まれて人類が滅亡したってだけですね。僕らみたいに助けてもらった人も何人かいるみたいなんで滅亡自体はしていないと言えるんですが、地球で暮らしている生命体はもういないってことで間違いないと思いますよ」
「じゃ、じゃあ、大魔王討伐で助けてもらったお礼にマサシさんたちの世界を救う為に何かしようと思うのだけど、何か出来ることはあるの?」
「その事なんですけど、たぶん大丈夫だと思いますよ。百合さんから教えてもらったんですけど、僕たちとは違う世界にいる地球人カップルが神と悪魔をみんな倒してくれるために戦ってる最中だって言ってましたからね。その二人は百合さんより強くなっているみたいだから時間が経てば元の世界に戻れるだろうって言ってますからね」
「そ、そうなんだ。でも、プリンに出来ることがあったら何でも言ってね。この世界で困っていることがあったら力になるからね」
「ありがとうございます。でも、百合さんが僕らの住むところとか、祭りが終わった後の仕事のお世話とかもしれくれるみたいなんで今のところ大丈夫ですね。何かあった時はよろしくお願いしますね」
彼らが暮らしていた地球と言う惑星は神と悪魔の最終戦争の舞台として今も存在しているのだが、その星に暮らす生き物は戦いに巻き込まれて全て息絶えていた。彼らのように異世界に旅立って無事だったものも数名いたようなのだが、それぞれが自分の与えられた能力を使い毎日を必死に生きていたのだった。
百合ちゃんが彼らを助けたのは一緒に冒険した仲間であるという事もあるのだろうが、異世界のうまい飯を食わせてくれるという事の方が理由としては大きいのではないかと考えるプリン姫であった。
豚骨味噌と角煮は合うのだが、サービスでいただいた餃子を食べた時には角煮よりも餃子の方が合うのではないかと思ってしまったのだ。しかし、食べ勧めてみると餃子も角煮もどちらも美味しいと思ってしまったプリン姫であった。
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