5 使えるものは使わないと
「なぁなぁ、そこのお嬢ちゃん達。二人旅かい?」
「危ないねぇ、そんな無防備な格好でどこに行くつもりだい?」
「随分と高そうなもの身につけてるじゃないか。ちょっとおじさん達に見せてくれないか?」
「そんなに金余ってるならオレ達にもわけてくれよ〜」
下卑た笑みを浮かべた男が数人。背後からやってくるのを感じるが、ベルーナは気にせずそのまま無視して歩く。
「おいっ、なんとか答えたらどうだ!?」
短気な男が肩に手をかけると、触れられたほうが振り返る。
「汚い手で触るんじゃない」
「お、男……!??」
動揺している男をよそに、ウィクトルはその手を掴んで一気に投げ飛ばす。続けて他の男達にも蹴りを入れたり転ばせたり、投げ飛ばしたり吹っ飛ばしたりとコテンパンに叩きのめした。
「ひぃぃぃぃ!! た、助けてくれぇぇ!!」
「じゃあ、有り金ぜーんぶ置いていってね」
すっ飛ばされて腰が抜けた男に、ベルーナがにっこりと微笑めば、「うぎゃああああ!!」と男は叫んで、腰に巻いていたポーチらしきものを落とすと一目散に逃げ出していく。それに追従するように、他の男達も先程の男同様荷物を放るとあとを追って逃げ出していった。
「人の顔見て逃げ出すなんて失礼ね。これでも清楚な美人令嬢だって領民から人気だったのに」
「清楚な美人令嬢は普通こんな作戦思いつかないけどな」
ベルーナの考えた作戦は、返り討ち作戦という単純なものだった。この辺りの治安が悪いのを利用して、女二人旅だと思わせて油断させ近づけて、そのまま返り討ちにして金を巻き上げるというとんでも作戦だ。
「いいじゃない、成功してるんだから。さっきの野盗でもう三グループは引っかかってるわけだし」
この作戦の成功率は非常に高く、今のところ百発百中である。やはり遠目から見たらウィクトルは女性に見えるようで、みんな油断して近づき、いずれもウィクトルの返り討ちにあっていた。
「そりゃそうだが。元々一人で旅するつもりだったわりには、俺がこき使われている気がするが」
「そりゃもちろん、使えるものは使わないと。これでまぁまぁ資金は貯まってきたでしょ。まずはやっぱり先立つものと言ったらお金だしね。収穫があってよかったよかった」
先程まで弱気になってたとは思えないほどのベルーナの図太さに、ウィクトルは苦笑する。それがベルーナの魅力でもあるが、これほどまでの逞しさはさすがである。
「それにしてもまだアブラーンに来てからそんなに経ってないはずなのに、この量の収穫はすごいな」
「アブラーンは結構移民とかがウェルカムだからか野盗や山賊などが多いらしいしね。それもあってアブラーンに行こうと思ったの。それに、この辺の野盗や山賊達はそれほど強くないっていうのはリサーチ済みよ。実際ウィクトルも物足りないんじゃない?」
「まぁ、確かに骨のあるやつがいない気はするが」
「でしょう? 荒くれ者は多いけど、そこまで悪どい人がいないんでしょうね」
「悪どいこと考えるならベルーナの右に出る者はいないだろうな」
「何よ、何か文句あるの?」
「いや、別に」
ベルーナはぷんぷんとしながらも、集めたお金をまとめて布袋に入れる。先程まで文無しだったはずなのに、この作戦のおかげで潤ったおかげで数日は過ごせそうな金額が貯まっていた。
「とにかく、この調子で続けましょう〜」
「はいはい。で、アブラーンのどこに行くつもりなんだ?」
「うーん、そこまで考えてない! でもきっとどうにかなるでしょう」
「計画的なんだか、行き当たりばったりなんだか」
「もう、ウィクトルは一々小言が多いんだから」
「俺がストッパーにならないとどんどんろくでもない方向に進んでいくからな、ベルーナは」
「そんな褒められても……」
「褒めてない」
◇
「あともう一杯だぞ!」
「アニキ、頑張れ〜!!」
「うぅうううう、……っ」
「うぉおおおお!! 飲み切ったーーーーー!!」
「嬢ちゃんの方はどうだ?」
「え? もう飲み切ってるけど」
「何だって!? どうなってやがる!?」
「ズルしてるかと思って見張ってたが、ちゃんと飲んでるし、わけわかんねー……」
「化け物かよ、このねーちゃん」
「うぅううううう……うげぇえええええ」
「あーあ、吐いちゃった。てことで、私の勝ちね」
「あぁああああ、おれ達の掛け金がぁぁぁああ!!」
とある宿屋の一画での飲み比べ。かたや顔を真っ青にしながら床に這いつくばってげぇげぇと吐き戻ししてるのに対し、もう一人の女……ベルーナはけろっとしながら「私はもう一杯飲んじゃお〜」とさらに酒を呷っているのだから、周りの男達も青ざめる。
「それ以上飲むんじゃない」
「いいじゃない。開けちゃったんだし、もったいないわ」
そう言いながらさらに酒を呷るベルーナ。ウィクトルは呆れながら、周りにある酒瓶を片付けて宿屋の主人である女店主の元へ酒瓶を持って行く。
「悪いねぇ、片付けさせちまって」
「いいんです。お借りしてる立場なので」
「はは、お互いウィンウィンの関係なんだからそこまで気にせんでもいいのに、随分と礼儀正しいんだねぇ。その辺の男どもにも爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだ」
追放されてから半年が経っていた。あのあとも返り討ち戦法で金を稼ぎつつ、村や街を転々としていたのだが、先日とうとうベルーナが「この辺を拠点にしましょうか」とこの街に腰を下ろすことに決めたのだ。
そしてこの宿屋の一画を間借りして、この宿屋を利用する旅人や野盗などに飲み比べ大会なるものをふっかけてはさらに金を稼ぎ、最近では酒豪の若い女がいると噂が広まり、ベルーナ目当てでこの宿屋に来る人達も増えてきたくらいには有名になっていた。
「それにしても相変わらず凄いねぇ、ベルーナちゃん。あの可愛らしい見た目なのに酒豪とか」
「恐れ入ります」
「まぁ、あんたがいるからあの子もあれだけはっちゃけられるんだろうねぇ」
酒が入ればトラブルになることも多いが、そこはすかさずウィクトルが仲裁に入る。仲裁といってもほぼ相手方への制裁になっていて、ベルーナに手を出しようものなら、速攻で吹っ飛ばしてしまい、それもあって誰もベルーナに手出しをしようとはしなかった。
「ほぉら、あんたたち! 汚したのならちゃんと掃除してくれよ! モップやバケツはどこにある!」
「何でおれ達が……!!」
「最初に説明したでしょ。不用意に周囲を汚した場合、当人及び仲間が清掃してくださいって」
「あ、あれはそういう意味だったのか」
男達は渋々といった様子で掃除用品を手に取り、掃除をし始める。飲み比べに参加した男は未だに床に転がった状態で、いつのまにか気絶したように眠っていた。
「この人もちゃんと部屋に運んでおいてね」
「マジかよ、こいつどんだけ重いかわかってんのか?」
「そんなこと私に言われても。ねぇ、女将さん」
「そうそう。あたしたちか弱いレディがそんな図体のでかい男を運べると思うのかい? 口ばっか動かしてないでさっさと働くんだよ」
「どこにレディが……」
「なんか言ったかい?」
「ひぃぃぃ! な、何でもありません!!」
さすがこの地で働いているだけあって、女将は人の扱いなどに長けていた。どことなく気の強さがベルーナに似ている部分もあり、だからこそベルーナはここに逗留することに決めたのだった。
柄の悪い人達は多いものの、やはりいずれも移民達のようで、他国での生活に困窮したり不当な扱いを受けた者達がアブラーンに流れついたようであり、根っからの悪党ではないため扱いについてはさほど難しくない人が多いのも利点である。
「じゃあ、女将さん。もう私は店じまいにするね、おやすみ〜」
「あぁ、おやすみ。また明日ね」
ベルーナとウィクトルは間借りしている部屋に戻る。ちなみに掛け金の二割を上納することでこの部屋をあてがってもらえていて、おかげで金も貯まって二人はそれなりの生活ができていた。
「一時はどうなるかと思ったけど、国外追放されたほうが案外悠々と暮らせている気がするわ」
「それは言えてるかもな」
「国を出ていないとウィクトルとこうして一緒にいることもできないしね」
「随分と急に甘えてくるな」
「何よ、ダメだった?」
「いや、可愛らしいと思ってな」
国を出たおかげで主従関係など関係なく接することができるようになり、さらに二人の仲は深まっていた。女将からも「いっそあんたたち結婚したら?」と言われるくらいにははたから見ても仲睦まじかった。
「そういえば、王子結婚したらしいわよ」
「王子?」
「ディデリクス王子。随分とスピード婚よね」
ベルーナのときは婚約からかなり時間をかけていたが、今回結婚したことを考えると異例のスピード婚だった。二股されていたのか、とベルーナは考えなくもないが、さすがにそこまで王家は愚かでなかっただろう、と思い直す。
「どこで聞いたんだ?」
「さっきの旅人さん達。あの人達うちの国から来たらしくてね」
「そうだったのか。相手は?」
「相手はカダレ公爵令嬢だって」
「カダレ公爵令嬢か」
含みのある言い方をするウィクトル。ベルーナはカダレ公爵令嬢に特別心当たりがなかったのに、なぜ従者であったウィクトルが知っているのだろうかと不思議であった。
「知ってるの?」
「まぁ、ちょっとした有名人だからな」
「どういうこと?」
「彼女はあまりいい噂を聞かない、ということだ。昔、パーティーで俺にも声をかけてきたことがある」
「え、それ初耳なんですけど!」
「言ってないからな」
ベルーナが膨れる。隠し事をされていた上にまさか誘われてたと知って、モヤモヤとした感情が湧き上がっていると、「ちゃんと断ったさ。だからヤキモチを焼くな」とウィクトルに抱きしめられた。
「別にヤキモチなんか……」
「してなかったか?」
「してたけど」
「素直で可愛いな、ベルーナは」
ウィクトルは微笑むとベルーナに口付けて、ベッドに共に転がる。そしてそのまま二人は絡み合うと、仲良く眠りにつくのであった。
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