これが幸せだ!

 恵梨香が最後に選ばれた理由がついにわかった気がする。もう確信として良いと思う。康太の本当の好みはスリム狐。だから理恵先生を選んで結ばれたんだよ。でも、理恵先生はセレブの娘過ぎたで良いと思う。


 康太も口を濁していた部分があるけど、理恵先生との交際は相当な物だったはず。理恵先生と結婚しなかった理由はあれこれ並べてたけど、恋人でもあんなに大変だったのに、夫婦となればやっていけない部分を強く感じていたんだ。


 そこで反動のようにポッチャリ狸に魅かれたぐらいかな。それがキーコさん。スリム狐にウンザリしているところにスポっと嵌まり込んだ感じで良いはず。康太はポッチャリ狸だって嫌いじゃないからね。


 ところが康太はキーコさんを失った時に、キーコさんタイプのポッチャリ狸を無意識に避けてたんだよ。キーコさんの死が辛すぎて、見ただけで思い出しちゃう感じかな。だから結婚したのが、まったくタイプが違う狐の元嫁。


 だけど狐の元嫁との結婚生活は、今度は理恵先生との恋人時代の悪夢を蘇らせた気がしてる。元嫁との結婚生活で康太が思い出してたのは、キーコさんとの同棲時代だったと思う。これは浮気じゃないと思う。誰だって夫婦生活で上手く行かない事があれば、今の相手より、あの時の相手ならって思う時があるはずだもの。


 でもそういうのは、心の奥底に秘めて終わるはずのものだったんだ。それが変わったのは元嫁の不倫による離婚。康太は、子育てのための夫婦生活維持の軛から突然解放されたことになる。


 離婚してから康太が考えていたのはキーコさん時代の楽しかった思い出のはずだよ。再婚するなら、あの楽しかった時代を再現しようと考えるのは自然だと思うもの。ここのところが恵梨香には経験がないからわかりにくかったかな。


 恵梨香が出会った頃の康太は、離婚騒動の真っ只中で結婚生活にウンザリしてたものね。そんな康太が恵梨香と会ってキーコさんと同じタイプの匂いを感じたんだ。これは聖女智子よりビッチ恵梨香により強く感じたで良いはず。だから魅かれたんだよ。


 それだけじゃない。結果としてだけど康太のスリム狐との恋は上手く行ってないのよね。理恵先生ともそうだし、元嫁だってそう。一方でポッチャリ狸との恋は智子や由佳とは青い恋の懐かしい思い出だし、キーコさん時代は輝くようなものだったと思う。


 康太は恵梨香と出会う事で、また恋が出来て、恋の先に結婚を考えたはずだよ。出会ってからプロポーズまでの期間は、それが段々に燃え上がっていく時間だと今ならわかる。康太が再婚相手として恵梨香がずっと一番と見ていたのはウソじゃない。ひょっとしたら、恵梨香以外となら再婚していなかったもしれないもの。


 マッハ婚にしたのは素直にキーコさんの早すぎた死への思いから。恵梨香と少しでも早く、少しでも長く幸せな時間を過ごすため。ここもキーコさん時代の素晴らしい時間に一刻も早く戻りたかったぐらいの気がする。


 そう、恵梨香は選ばれるべくして選ばれて、ここにいる。選ばれた結果も日々経験してる。でもね、康太でも恵梨香にキーコさん時代の再現が出来るかどうかは確信はなかったはず。そりゃ、そうよね。キーコさんと恵梨香は別人だもの。


 でも現実がすべて。康太と恵梨香の夫婦生活は最高。恵梨香はキーコさんに似ているところもあるらしいけど、キーコさんとの最大の違いはバツイチかもしれない。あの悲惨な初婚時代を対照にすれば夢かと思うほど恵梨香は幸せだし、この幸せを守るためならなんでも出来るよ。


 もうなんの不満もないはずだけど、最後にどうしても知りたいのはキーコさんの姿。どれだけ恵梨香に似ていたか。これだけ見間違えるのだから、よほど似ていたはずだけど、キーコさんの写真を持っているとしたら康太だけ。だから頼んでみた。


「そんなに見たい」

「やっぱり気になるもの」


 やっぱり持ってたよ。でもこれって、


「似てないよ」

「写真映りもあるからな」


 写真の中のキーコさんは恵梨香よりずっと可愛い。たしかにポッチャリ狸だけど、ブタマン・ブスの恵梨香とじゃ、比べ物にならないじゃない。でも、そうかもしれないよね。キーコさんは康太と出会うまではヤリマン・ビッチだったけど、いくらヤリマン・ビッチでもブタマン・ブスじゃ相手にされないもの。


「だから恵梨香とキーコは違うって言っただろ。似てるのは、持ってる雰囲気だよ。だから坂崎は見間違えたんだ」


 康太が言うには顔だけならキーコさんの方が可愛かったかもしれないって。でも、相性は恵梨香の方が遥かに上回るとしてた。うん、恵梨香もピッタリと思う。まるでパズルが組み合わされるように合ってる気がするもの。


「誤解しないで欲しいけど、キーコの場合は過去の美化が入ってるからね。そもそも十代のキーコと今の恵梨香を比べるのが間違ってるよ。ボクは恵梨香を愛してる」


 康太がどれだけ恵梨香を愛してくれてるかはわかってる・・・だ か ら、まだ昼間じゃない、恵梨香の後ろに回ったらダメだって。まだ早いんだから、


「それより晩御飯を買いに行こうよ」

「そうだな。なんにしよう、今日は軽めにしようか」


 これも康太が好きな休日の過ごし方の一つで、生ハムとか、チーズとか、ポテトサラダぐらいをアテにして、それこそ三時か四時ぐらいからワインをマッタリ飲むのよね。実は恵梨香も好き。


「ちょっと良いワインにしよう」

「珍しいね。じゃあ、ル・マルキ・ド・カロン・セギュールとか」


 カロン・セギュールはボルドーの三級メドックなんだけど、十八世紀にラファイエットやラトゥールも所有していたセギュール侯爵が、


『われラフィットやラトゥールをつくりしが、わが心カロンにあり』


 三級だけど一級に迫るワインの評価もあるぐらい。そのセカンドラベルがル・マルキ・ド・カロン・セギュールなんだ。これはだいぶ違うけど、強いて言えば日本酒なら特級に対する一級ぐらいかな。値段もファーストラベルの五分の一ぐらいになるし、すっごく美味しいの。康太や恵梨香じゃ、ファーストラベルとの差がわからないもの。


 ワインセラーもだいぶ充実してきたけど、中心はセカンドラベルやサードラベル。値段なら五千円以下が中心。だってさ、ファーストラベルになるとすぐに五万円とか、十万円超えちゃうもの。そんな高価なワインを気軽に飲めないじゃない。


 これも康太のポリシーだけど、普段使いに無駄な贅沢しないのよ。結婚する前のドが付く安酒はやり過ぎと思うけど、それでも千円台のワインが中心なのよね。だから今日のカロン・セギュールのセカンドラベルは康太にしたらかなりの贅沢。


 だ か ら恵梨香の後ろに回らないの。買い物に行かなきゃ、晩御飯が出来ないじゃない。最近は回られただけでも恵梨香は堪んないのを良く知ってるくせに。それにだよ、朝も康太のアレを入れられて叩き起こされて燃えまくったじゃない。こんな時間から二回戦をやったりすれば夜に三回戦だって・・・


「恵梨香は可愛いよ」

「ありがと」

「どんどん綺麗になってる」

「ありがと」


 買い物に行かなくても、冷蔵庫のあり合わせで恵梨香が作れば良いか。そういうのは康太は苦手だものね。康太の左腕がもう回ってるんだよ。こうなったら、もう恵梨香は抵抗できないようになっちゃってるの。次に右手が来たら完全にトドメになる。というか、左腕だけでもほとんど沈没してる。


 これからハッピータイムになるけど、アラフォーだからって、やりすぎだと思わない。なぜなら康太が望んでるから。そういう夫婦にしたいのなら恵梨香は大賛成。恵梨香がビッチになって欲しいなら大喜びでビッチになる。夫婦がいくら愛し合おうが、それこそ夫婦の勝手。恵梨香はね、


『女は最後の恋をあきらめる事ができない』


 恵梨香にとって康太は最後の恋。これこそが幸せだよ。恵梨香は康太に出逢って人生が変わったんだよ。恵梨香が手に入れたかった物のすべてがここにある。


「行くよ」

「うん」

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