出石の皿そば

 さて今日の目的地は出石だけど、まずは六甲山トンネルを越えて六甲北有料道路に。これを終点まで走ると神戸三田ICで中国道に入るのよ。そこから吉川JCTを経て舞鶴道に入る。


 春日ICで降りて北近畿豊岡自動車道に乗り遠阪トンネル抜けて山東ICを下りる。そこから国道で和田山を抜けて出石に向かって走っていく。康太のアルトにはナビはないけど道は良く知っているから迷わず行けたよ。


 家から出石までは一三〇キロぐらいで、時間にして二時間半ぐらいだった。康太の運転は無暗に飛ばさないというより、康太に言わせると、


「飛ばしたくても飛ばせない」


 康太のアルトはダッシュ力こそあるみたいだけど、しょせんは軽だから高速巡行能力に劣るんだって。要は飛ばすとウルサクなるぐらい。別に急ぐ旅じゃないから、ノンビリ走らせてた。


 それと康太のドライブの特徴かもしれないけど、こまめに休憩を取るのよね。SAは全制覇みたいな感じ。一般道に入っても道の駅とかあると立ち寄ってみたい人で良いと思う。そこでお土産物とか特産品を見るのもあるだろうけど、たぶん恵梨香の御手洗にも配慮してると思ってる。


 康太が朝早く出たがる理由は他にもあって、駐車場も気にしているのは確実にあるのよね。有名観光地になるほどクルマを止めるのに苦労するのはあるもの。なんだかんだで十時前にはクルマは止められたのだけど、


「今日はこれに乗って見たかったんだ」


 恵梨香が連れて行かれたのが人力車。恵梨香も出石には何度か来てるけど人力車は初めて。ちょっと照れ臭かったけど夫婦だからイイよね。人力車の人とも話が弾んだのだけど、康太も恵梨香も出石は何度も来ているのを知って、


「それなら・・・」


 定番コースからちょっと外れたところを中心に回ってくれたみたい。皿そばの店も相談したんだけど、


「あれこれ良く行ってらっしゃいますね」


 地元の人に人気があるところに案内してくれて、そこで下してくれたんだよ。店に入って、


「恵梨香は何枚食べる」

「そりゃ」


 皿そばは五枚が一人前だけど、だいたいで言うなら男なら二十枚ぐらい、女なら十五枚ぐらい食べるのが標準的かな。でもせっかく出石まで来たのだから、


「追加五十枚でお願いします」


 そう、一人当たり三十枚で食べることにした。店によって変わるけど、三十枚食べるとそば通の記念品が出るから、それ目当てもあるし、それぐらい食べてしまうのが出石の皿そば。


 出石の皿そばのルーツは信州そばなんだって。江戸時代にお国替えがあった時に、信州上田藩のそば職人が一緒に付いてきて始まったのがルーツってなってるそう。独特の皿そば形式になったのは幕末の頃だそうで、


「それまでは割子そばだったらしいけど、屋台で出す時に便利な小皿方式になったらしい」


 出石と言えば出石焼きもあるけど、これが白磁なんだよね。真っ白な手塩皿にそばが映えて定着したのかもしれないし、小皿方式だから何枚でも追加注文するスタイルに発展したのかもしれない。


 そばの食べ方は自由だけど、ちょっとだけこだわれば、薬味を最初から全部入れるより、徐々に足していく方が楽しめるって康太は言ってるし、恵梨香もそうしてる。まずそば自体の美味しさを味わって、そこに薬味による味の変化を楽しむぐらいかな。


 とにかく三十枚もあるから、最初はツユだけ、次にネギとか大根おろし、そこに刻み海苔を足して、さらに山芋や卵を加えていく感じ。最後はそば湯だけど、


「恥しいけど、最初にそば湯を知ったのが出石だったんだ」


 信州とか関東ではセットみたいに付いてくるらしけど、関西のそば屋では少ないのよね。どうしてそうなのかは他にも理由があると思うけど、関西では純粋のそば屋が少ないのもあると思ってる。


 関西でメジャーな麺類はウドンで、そばも置いてあるってところが殆どなのよね。茹でる鍋も同じところが多いと思うから、そば湯じゃなくてウドンそば湯になっちゃうからだとも思ってる。


「それと信州であんまり美味しいそばに当たったことがないんだ」


 これは恵梨香もそう。信州と言えばそばだから、旅行でもお昼によく食べたけど、言ったら悪いけど普通のおそば。もちろん信州にも美味しいおそば屋さんはあるはずだけど、観光客がふらっと入るような店では少ない感じがする。


「出石ほどそば屋が密集してるところが無いのと、関西人の舌に合うようにアレンジしてるからかもな」


 そんな話をしながら出石そばを堪能して辰鼓楼までふらふらと探索。目的のそば猪口とそば皿もゲット。もう昼になってて人気店には行列も出来てたよ。後はクルマだから出来る恵梨香のコレクション集め。てなほどじゃないけど地酒集め。


「但馬と言えばやっぱり香住鶴」

「竹泉も外せないでしょう」


 この辺が定番だけど、


「へぇ、八鹿に夫婦杉ってのがあるんだ。二人のお土産にぴったりじゃない」

「出石にも地酒があるんだね」


 楽々鶴って言うのだけそれもゲット。いくら集めても夫婦でドンドン飲んじゃうから貯まらないのがネック。


「日本酒はワインと違って、早く飲む方が美味しいよ」

「日本酒だって古酒があるけど、たしかにね。ワインも安いのはそうだし」


 そこから但馬牛が欲しいって話になって観光案内所で聞いてみた。そしたら出石にもあるって言うから行ってみたら、普通のお肉屋さん。でもちゃんと売ってたから、


「今夜はこれでステーキね」


 帰りに出石のスーパーで付け合わせにするものを買い込んで、コウノトリの郷に寄ってから帰宅。五時には家に着いてたよ。康太のお出かけは朝が早い代わりに帰りも早いのが基本。たしかにそうすれば夜に余裕が出るものね。


 夕食は康太が腕を揮ってくれたし、夜は恵梨香をトロトロになるまで蕩けさせてくれて最高の休日は終わった。こんなに幸せでホントに良いのかな。

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