祭りの準備
恵梨香の故郷にもお祭りがあるのだけど、秋は鎮守の八幡さんで、だんじりも繰り出す賑やかなもので恵梨香も子どもの時は楽しみにしてた。それ以外に春にもある。この春祭りが少々どころでなく問題。
お稲荷さんなんだけど、〆平家の先祖が勧進したらしくて、今でも氏子総代として仕切ってるんだよね。〆平家が仕切るから、江戸時代の亡霊のような家意識剥き出しの序列関係で祭りをやるんだよ。
ここも説明がいるのだけど、恵梨香の故郷は田舎で農村だけど、全体で言えば非農家の方が多いのよね。農家と言っても機械化で人手は昔みたいにいらないし、一町歩ぐらいあったところで、それじゃ四人家族程度が暮らすのにカツカツぐらいしか収入がないってこと。
田畑は家ごと長男が継ぐと次男以下は農業なんてしないってことなんだ。恵梨香の下の弟の隆明もそう。だから村から出るのも多いけど、洲本ぐらいで仕事が見つかれば通ってる家も多いんだよね。それ以外にもバブル期に土地が安いから引っ越して来た家もある。
さすがにバブル期以外にこんな田舎に引っ越して来た家はないと思うけど、すでに子の世代になってるんだよね。それなのに〆平を筆頭とする守旧派の頭の中では、
旧庄屋 → 旧本百姓 →→→ 旧水呑百姓 →畑作農家 →→ 余所者
この序列で祭りをやるんだよ。具体的には旧水呑百姓以下の家が使用人というより下男や下女のようにコキ使われるってこと。とにかく口は出すと言うか、なにをやっても文句を付けるだけで、
『仕上がりが悪い』
『提灯の並びが気に食わない』
『掃除がなってない』
こんな感じ。準備もこんな感じだけど、祭り本番も〆平のお稲荷さんを参らせてやるの態度があからさま。田舎の事だし、お稲荷さんの祟りもあったら嫌だから付き合ってはいたのだけど、内心では殆どの人がウンザリしてた。だから義理でお参りしたら、トットと帰るのが春祭りだった。
お稲荷さんの春祭りも婆ちゃんの子どもの頃はもっと賑やかだったんだって、なんと言うか、当時の〆平の当主は、わざわざ〆平のお稲荷さんに参ってもらってありがとうって感じで、子どもにはお菓子も配られるのが楽しみだったと話してたもの。
その後はよくわからないけど、とにかくクソ元舅が氏子総代になってからは悪くなる一方だって言ってた。まず起こしたのがダンジリ事件。春祭りにもダンジリ奉納があったんだけど、
『水引や高覧掛けがみすぼらしい』
淡路のダンジリって布団屋台なんだけど、水引にしろ、高覧掛けにしろすぐに一千万円単位になってしまうもの。そんなに簡単に買い換えられるものじゃないのよね。それより何よりダンジリを維持するだけで大変だし、ダンジリにも誇りを持ってるんだよ。
『あんなみすぼらしいダンジリを奉納させてやるのだから、奉納料を出せ』
これを言われた青年団が怒って、怒って、ダンジリ奉納がなくなった。次に起こしたのが花代問題。花代って祭りの奉賛金の事だけど、秋祭りの八幡さんなら、放っておいても祭りの参加料として集まるし、別に金額も決まってないのよね。
これをクソ元舅は全戸強制にしたんだよ。一口いくらってシステム。それもどこそこの家は何口って決めてね。一応表向きの理由として、台風でお稲荷さんの屋根が傷み雨漏りするから修理が必要になってた。不満はあったけど修理のためなら仕方がないで渋々従ったぐらいかな。みんな陰でお年貢って呼んでたらしい。
ところが五年前の台風でまた屋根が傷んだんだよ。そしたらクソ元舅は花代を二倍に値上げしやがった。おかしいじゃないかの声があがったんだって。だって、花代強制徴収になってからずっと払っているのに、どうして修理代が足りないんだって。
かなり不満の声があがったらしいけど、お稲荷さんの祟りも怖いし、今までの付き合いもあるから、払ったそうなんだ。でもね、お稲荷さんの屋根のブルーシートはそのままで、去年も花代をさらに二倍にしたんだって。
『どうなってるんだ!』
この声があがったけど、
『修理代の値上がりのため』
これで押し切られそうになったみたいだけど、そこで発覚したのがクソ元夫の花代使い込み。どうしてバレたかって、笑っちゃいけないけど、花代の祝儀袋抱えてパチンコやってるのを見つかってるんだ。この時にクソ元姉小姑夫婦も一緒にやっているのが見つかってる。これに対してだよ、例のカビの生えたような上から目線で、
『注意はしたし、本人も反省した。この件はこれで終わり』
さすがに腹を立てたのも多かった。直接文句を言っても剣もホロロの対応しかしないから、もう春祭りには協力しないの声が溢れたぐらい。そしたら今年も花代を値上げしやがったんだ。さすがに村でも公然と不満の声があがって、
『去年の使い込みはすべて〆平の家の陰謀』
『祭りを私物化してる』
さらに、
『今までだって怪しいものだ』
『ずっと使い込みをやってたに違いない』
この辺は〆平の家の経済事情が田舎の事で筒抜け同然なんだよな。それとあれだけ花代を取りながら、お稲荷さんの屋根には未だにブルーシートのままなんだもの。話はさらに田舎なりに広がって、
『〆平の家が落ち込んでるのはお稲荷さんを蔑ろにしたからや』
『花代を懐に入れた祟りや』
『関わったら、こっちにも災難が来るで』
神社って地域の氏神で神社ごとにテリトリーを持ってるんだよね。神道は大らかと言うか、大雑把なところがあって、テリトリーに住む住民すべてを氏子にしてる。だから統計上では日本国民すべてが神社の氏子、つまり信者として報告されてるんだって。
ここでだけど、恵梨香の村なら氏神は八幡さんになり、八幡さんの氏子なんだよ。じゃあ、お稲荷さんはどうかと言えば、〆平の氏神で〆平が氏子で〆平は八幡さんの氏子じゃないのよね。
もっともそれは角を立てれば程度の話であって、いくら故郷が田舎と言っても八幡さんもお稲荷さんも大事してて、気分的には両方の氏子と言うか、村にある二つの神社のお祭りに参加しているぐらいが正しいと思う。お寺さんは墓や仏壇の関係でウルサイけど、神社は祭りぐらいしか関係しないからね。でも花代問題が出てから、
『うちは八幡さんの氏子で、お稲荷さんは無関係』
こう言って花代を断る家が増えてるんだって。それだけじゃなく、祭りの準備への参加も拒否が増えてるんだって。花代を集めるのも今までは、旧水呑百姓以下の家を顎で使っていたんだよ。それが集まらなくなったから、自分で行ったんだって。〆平の人間はとにかく見下す意識だけは高いから、
『つべこべ言わずに払え。払わなかったらタダでは済まさんぞ』
こんな調子だけど、口喧嘩の末に塩まかれて追い出されたところもあるそう。だからお稲荷さんのお祭りの準備も進んでなさそう。いわゆる守旧派は〆平の家だけじゃないけど、恵梨香の家みたいなところを顎で使いまくって、文句しか言わない感じ。まるで恵梨香が〆平の嫁の時みたいなもの。
そんな使用人が減ってしまって困ってるはずだけど、だからと言って自分では動かないんだって。減っても今までの義理があるから協力していた家もあったそうだけど、数が減ったら今までみたいに準備が進まないじゃない。なのに、
『遅い』
『やる気があるのか』
こうやって今までと同じように文句並べるばかりだから、最後まで義理立てして協力して手伝ってた家まで怒って帰ったって。
「祭りはどうなるの」
「神事だけにするとか、しないとか」
実はこれも村人の反感を買ってるところだけど、どちらの神社も神主さんは不在なのよね。田舎の小さな神社だから、どこでもそんなものだろうけど、祭りの時に他から呼んでるんだ。
ところがお稲荷さんの方は神主を呼ぶのを四年前から辞めちゃってるのよね。代わりにクソ舅が祝詞を読むんだけど、その頃にクソ小姑シスターズが相次いで転がり込んで来たから、神主さんのバイト料をケチったと見られてるんだ。神事の倹約は、
『あんな事をするから〆平の家は・・・・・・』
『お狐様は怖いぞ』
『ほら見た事か』
しきたりとか、慣習を破ると祟りが起こると発想するのが田舎者のデフォだけど、その結果が目に見えて〆平の家に起こってるとも見えるわけで、村内の声として、
『やっぱり』
こうなってるぐらい。一連の春祭りにまつわる騒動で、守旧派とそれ以外が対立構図になったと言うか、守旧派が村内で浮き上がった状態になってるで良さそう。もう、付き合いきれんのマグマが噴出した状態で良いみたい。
「姉ちゃん、そやからトドメを刺してしまおうの話になってるんだ」
「村八分とか?」
「姉ちゃんも古いな」
村八分って葬式と火事以外の交流を絶ってしまうものだけど、そうじゃなくて、守旧派の面子のために残されていた慣習的な役割から引きずり降ろしてしまおうぐらいだって。要は対等の付き合いにするってこと。
「その起爆剤に姉ちゃんになってもらう」
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