第55話  空気を読みたおす系王子

 馬車では既にシャーリーとシャーロット、そしてガルドが乗っていた。後ろの馬車には騎士団の精鋭達が乗っている。あまり多くの馬車で出向いて目立ってしまう訳にはいかない。


 しかし何故か馬車は六頭立てである。謎だ。


「シャーロット、一つ聞きたいんだがいいか」

「何よ」

「君がうちに送り込んだのは、結局誰なんだ?」

「私が偵察に送ってたのはレイリーとロタだけよ。あとのは全部モリスの連中。何かされたの?」

「毒殺されかけたな」


 ギルバートが真顔で言うと、シャーリーが口を手で覆って驚きに目を見開く。


「あら、災難ね」

「少しもそうは思ってないだろう? そうか。ではやはり直接手を出してきていたのは全てモリスと言う事か」

「そうよ。私がレイリーから受けてた報告と言えば専らあんたがキャン――」

「! それは……言うな」


 何かを言いかけたシャーロットの口をギルバートは慌てて塞いだ。ここにはガルドが居る。ポエムを愛読しているなどとバレたら恥ずか死してしまうではないか!


「一体何なのよ! もう!」


 突然口を塞がれたシャーロットは頬を膨らませてそっぽを向く。そんなシャーロットをガルドはどうやらまだ疑っているようだ。そんなガルドを安心させる為にも、先にあれを書いておいてもらおう。


「ついでだ、ちょうどいい。シャーロット、これに先にサインしておいてくれ」

「ん? ああ、友好条約。そうね。どうせ手を組むならモリスよりグラウカの方が数百倍マシだわ」


 そう言ってシャーロットは手早くサインをしてギルバートに返してくれた。それを見てガルドもようやく少し安心したように肩から力を抜く。


「それで王子、この後はどうするんです?」

「今頃恐らくアルバの王妃は民衆を集めて盛大にシャーロットが処刑されたと言いふらしているだろうからな。そして公衆の面前で離縁を発表するはずだ」

「公衆の面前で……ですか」

「ああ。多分な」

「私もそう思うわ。私が処刑されたのは父の責任だと言って父に民衆の恨みをぶつけさせて王政を崩壊させ、そのままグラウカに攻め込ませる。グラウカが疲弊している所をモリスは戦争を仕掛けてくるつもりよ。少なくとも私はそう提案したわ」

「……だ、そうだ」

「……なるほど」


 やはりシャーロットは悪役令嬢である。ガルドと顔を見合わせて深く頷いたのを見て、何故かシャーリーは嬉しそうだ……何故……。


「姉さまはとても頭がいいんです! お芝居も上手だし、本当に凄いんですよ!」

「芝居か……案外地だったんじゃないのか?」

「う、うるさいわね! 芝居に決まってるでしょ! 仕方なくワガママ言ってたのよ!」

「……【どうだかな】」


 声には出さなかったが、心の声を見透かしたかのようにシャーロットは眉を吊り上げる。


「シャーロット姫、良かったですね、妹さんが生きてらして。あなたただけでは本気で悪役令嬢になっていたでしょうから」


 辛辣なガルドの言葉にシャーロットは図星だったように黙り込んで、そっとシャーリーの手を握りしめる。こんな仕草を見ていると、シャーロットもまたシャーリーの存在が必要なのだろう。


 やがて馬車は国境を超えてアルバに入った。正規の舗装された道から森の中に入り、そこからどんどん山を登っていく。次第に道は細く険しくなっていくが、馬車は少しもスピードを緩めなかった。


「こんな道は初めて見たわ」

「当然です。以前王子の指示で我々がアルバに侵攻する時用に作った道ですから」

「「「え⁉」」」


 ガルドの言葉に三人の声が見事に重なった。


「ちょっと、何であんたが驚くのよ」

「いや、驚いてなど。【一体いつそんな事を指示したんだろう……全く覚えがないんだが……】」


 そんなギルバートに気付いたのか、今度はガルドがハッとして目を見開いた。


「まさか、王子はこうなる事もあらかじめ予想していてこの道を作られたのですか? 我々は侵攻する時の為だとばかり思っていましたが……」

「ああ。【と、言っておいた方がいいんだろうな。何せ僕は空気を読み倒す系王子だからな!】」


 ギルバートはさもそういう計画だったかのように頷いておいた。王子たるもの、部下にはいつでも信頼されていなければならないのだ。


「へぇ、やるじゃない。やっぱり銀狼は随分先を読むって言うのは本当だったのね。あ、見えてきたわ」


 窓の外に視線をやったシャーロットが言うと、シャーリーも身を乗り出して窓の外を見て眉根を寄せた。


「……姉さま、何か変じゃない?」

「シャーロットもそう思う? 何か……静かすぎるわ」


 シャーリーとシャーロットが馬車の窓から城を眺めて言う。時間はもう明け方だ。この時間であれば、既に城内の人間は動き出しているはずだ。


 ところが、シャーロットの言う様に何だか遠目から見える城は火が消えた暖炉のようにシンとしている。


「シャーロットが入れ替えられたという手紙は流石にまだ届いてはいないと思うのだが」


 ギルバートが言うと、シャーロットも頷く。一体アルバで何が起こっているのか……。


「ガルド、街の様子を見て来てくれるか?」

「はい。王子達はこちらでしばらく潜伏していてください」


 ガルドはそう言って馬車から降りるとすぐさま後ろの馬車に話をつけて馬に乗って颯爽と元来た道を駆けていってしまった。


 それを見送ったギルバートは、正面に座るシャーロットに恐々尋ねる。


「一応聞いておくが、何か企んではいないな?」

「企んでないわよ。今更どう足掻いたってどうにもならないでしょ。グラウカには母さまもいるし」


 シャーロットとシャーリーからすれば、シャーリーンがグラウカに居る時点で母親を人質にとられたようなものである。ギルバートはそれを聞いて納得したように頷いた。


「そうか。ところで街も異様に静かだな。まるで喪にでも服しているかのようだ」


 ギルバートの言葉にシャーロットとシャーリーがハッとした。


「まさか……父さま……」

「嘘でしょ……いや、でもあいつらやりかねない……ギルバート、城に行きましょう!」

「いや、【それは無理だろ。こんな三人で行って一体何が出来ると言うんだ! 僕なんて丸腰だぞ⁉ 戦争う準備なんて何もしてきていないし、こんな時に】罠だ【か何だかにかかったらどうするんだ!】ガルドの帰りを待つ【方がいいに決まってるだろ!】」


 ギルバートの言葉にシャーリーもシャーロットも渋々頷く。

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