第30話 疑う王子

 サイラスは明日からの戦争に備えてギルバートの甲冑の手入れをしていた。すると、甲冑の内側に何か光る物が見えて蝋燭でその部分を照らすと、あのマントについていたのと同じ針が刺さっているではないか!


「……こんな所にまで……」


 しっかり手入れをしておいて本当に良かった。サイラスはホッと胸を撫でおろし、甲冑を部屋に持ち帰った。ここに置いておいて、また細工でもされたら敵わない。


 そして針をまたモンクの所へ持って行くと、明日の準備を始める。


「戦争か……」


 ふと思い出した白い棺にサイラスは首を勢いよく振った。サイラスは戦争には参加しない。だから余計にもどかしく感じるのかもしれない。待っているだけというのは、どれほど経験しても嫌なものだ。


 サイラスは就寝前にギルバートに明日の戦争に使う為の磨き上げた剣をギルバートに届けに向かった。


「失礼します。明日の剣をお持ちしました」

「ああ【悪いな、サイラス。こんな時間に】」


 ギルバートは既に就寝前だったのか、ベッドに腰かけた状態だった。サイラスは剣を机の上に置き、退出しようとした所で足元に落ちている紫色の何かに気がついた。


「ん? これは……リボン……ですか?」


 拾い上げたのはリボンだ。リボンには『全ての秘密は守られし』と書かれている。


 そんなサイラスに気付いたギルバートが近寄って来てサイラスの手からリボンを引き抜くと、冷たい声で言った。


「ああ。この間からあの時の鳥が来ていてな。【酷い飼い主なんだ。あんなにも可愛い鳥にこんなにも可愛くないメッセージのついたリボンを結んでいてだな!】見ろ、これを。【こんな愛想の無いリボンを結ぶ奴があるか!だから、】僕が取り換えてやったんだ」

「あの時の鳥……ですか?」


 ギルバートがそう言って差し出してきた二本のリボンを見てサイラスは息を飲んだ。


 これは!


 二本のリボンには、それぞれこちら側の動きが記されている。


 ギルバートはどうやらいち早くそれに気付いてこっそりリボンを付け替えていたらしい。この為にあの鳥を逃がしたのか!


 あの時はただ泳がせる為に逃がしたのだとばかり思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。あえて敵の鳥を使い情報を書き換える為だったのだと知ったサイラスは、ギルバートに深々と頭を下げた。


 モリスとアルバが手を組んでいるという情報は、このリボンで確定した。そして城に居る間諜は直前で作戦が変更された事によって、こちらがそれに気付いている事を知り伝令の鳥を使い知らせた訳か。となると、間諜が居るのは必然的に――。


「明日は兵士たちに注意するよう、ガルドに伝えておいてくれ。【たった一人の死傷者も出さないよう気をつけなければな!】」

「はい! 失礼します」


 サイラスはその足でガルドの元へ向かい、既に寝ようとしていたガルドを叩き起こした。


「ガルド! 大変だ。間諜は間違いなく兵士たちの中にいる」

「なに⁉」


 既にベッドに入っていたガルドは、飛び起きてどういう事か、とサイラスを問い詰めた。


 そして全てを聞き終えたあと、大きなため息を落としてベッドに腰を下ろす。


「さすが王子、としか言いようがないな」

「そうだね。まさか伝令の鳥をそのまま利用するなんて……作戦変更は兵士にしか伝えていないんだよね?」

「ああ、もちろん。兵士ではない誰かが知っていたとしても、それは立派な機密漏洩だ。間者でなくても、どのみち裁かれる」

「明日、誰がどんな反応をするか楽しみだね」

「全くだな。とりあえず、王子からの伝言はしっかりと受け取った」

「うん。それじゃあ、おやすみ」

「ああ、おやすみ」


 ガルドの部屋を出たサイラスは、ギルバートの思考はどれほどまでの先を読んでいるのか気になりつつ、部屋に戻り明日の戦争に備えて眠りについた。


◇◇◇


 たとえ戦地に向かう朝でも、コッコちゃんとピッピちゃんの卵は待ってはくれない。


 ギルバートは今日も朝から呑気に鶏を追いかけ、戦争利品の二つの卵を調理場のいつもの場所にそっと置いておいた。こうしておけば、毎日ピカピカのゆで卵がギルバートの食卓に上がるのだ。


 今日も朝から鶏を追いかけた事で既に一日の全ての運動をこなした気になっているギルバートは、立派なゆで卵を食べて部屋で準備をしてギルと入れ替わり、兵士に紛れて馬に乗った。


 いつもは先頭を馬で闊歩するので何だかとても新鮮な気分だ。


【ふぅ。いつもよりはずっと気楽だな。道を間違える心配もないし、ついていけばいいと言うのはいいな!】


 鼻歌でも歌いだしそうなギルバートに、隣を歩いていた兵士が話しかけてくる。


「お前、知ってるか? 今回の戦争はあの噂の姫が指揮をとったらしいぞ」


 それを聞いてギルバートはピンと来た。悪役令嬢シャーロットだ。間違いない。やはり、ロタは真実を話してくれていたのだ。


 アルバは信用するなという忠告のおかげで、ギルバートは今ここに居る。あの言葉が無かったらきっと、自分が結婚を我慢すればアルバとは友好条約を結べると、信じていただろう。


 しかし、それをここで答えたらギルバートだとバレてしまうかもしれないので、ギルバートは、何も知らない振りをする事にした。


「そうなのか?」

「ああ。俺も噂を聞いただけだが、悪役令嬢はそもそもグラウカの王子と結婚する気なんてさらさら無かったらしい。モリスと手を組む事を決めた上で、こちらを欺く為に王子との婚約をでっちあげたみたいだぞ。それにアルバの王族を巻き込んだそうだ」

「アルバの人間は誰も止めなかったのか?」


 いくらシャーロットが悪名高き悪役令嬢とは言え、末の姫の言う事に王が従うか? 身内にすら毒を盛る女だとは聞いているが、実際にその毒で亡くなった者はいない。


 もしもシャーロットが単独で今回の計画を押し切ったとして、アルバが本当にグラウカと友好条約を結びたいのであれば、姫の計画など一蹴しただろう。


「それが誰も止めなかったらしい。ここだけの話、悪役令嬢は家族の弱みを何か握ってるんじゃないかって噂だ」

「それを盾にして今回の計画を実行したと?」

「ああ」

「……」

【それは……どうだろうな。一国の王が弱みを握られているぐらいで果たしてそんな判断をするだろうか? 何かおかしいな。この戦争の裏に居るのは、本当は誰だ?】


 ついさっきまではギルバートも悪役令嬢の仕業だと思っていたが、この兵士の話を聞いて少し考えを改めた。


 兵士の意見では、まるで今回の事は悪役令嬢が一人で仕立て上げたように聞こえる。だが、国の判断としてそれはありえない。いや、あってはならない。


 王とは、常に民を守り導く存在だ。それは自分の子供であっても、間違えていれば正してやる存在でなければならない。少なくともギルバートはそう教わってきた。


 しかしアルバはどうだ。末の姫に実権を握られている? そんなおかしな話があるか?


「じゃあ今回の事は悪役令嬢の独断なのか。アルバ自身は何の関わりもないと?」

「ああ。そうみたいだな。ほんと、とんだ女だよ」

「ほんとだな。で、お前、それ誰に聞いたんだ?」

「俺か? アルバの奴だよ。商人なんだ。アルバでは今、そんな噂が流れているらしい」

「へぇ」


 嘘だな。ギルバートは咄嗟にその兵士の甲冑の兜の下の方にあるナンバーを覚えた。


 グラウカの甲冑には、全ての兜と足の裏にナンバリングがしてある。それは、戦死した者が身元不明にならないようにだ。

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