第226話 のんびりデート3

226話 のんびりデート3



 イルカさんの水槽を眺めてしばらく。館内をゆっくりと進んだ俺たちは、人だかりのできている場所へと辿り着いた。


「? なんかここ、人多いね?」


「ほんとだ。イベントとかやってんのかな」


 そもそも館内がそれなりに混み合っているのでどこの通りにいてもガラガラということはなかったのだが。それにしても凄い人だ。


 周りの水槽にいるのはカニやエビ等の甲殻類。あまり人が集中する場所とは思えないが……って、あれ?


「人だかり、動いてないか?」


 よく見てみると、どうやらあの人だかりの原因は水槽ではないらしい。


 普通、水槽ーーーーたとえばさっきまで俺たちのいたイルカさんの所とかなら、みんなじっとその前で動かないはずだ。


 だがこの人だかりは違う。黄色い歓声を上げる人々は少しずつ、何かに釣られるように移動している。


「あ、もしかして!」


「分かったのか?」


「うん! さっきパンフレット見た時に書いてあったの! 多分あれだよ!!」


 そう言うと、サキはぐいぐいと俺の手を引く。


 どうやらあれの正体が分かったらしい。放っていたら今すぐにでも人だかりに突っ込んでいきそうだし、とりあえず一緒に……


「ね、ねっ! 早く行こ!」


「分かった分かった。落ち着けって」


 サキがこれほど興奮する、加えてあれほどの人だかりを作るイベント……ああ、そうか。


 そういえば俺も見た。たしかこの水族館では一日一回、″おさんぽ″が行われるのだ。


 どおりで人だかりになるわけだ。さすが、イルカさんにも劣らない水族館随一の人気者だな。


「わぁ〜!! 和人和人っ! 見てあれ! ペンギンさんがいっぱいいるよ〜!!」


 サキの光り輝いた目線の先で人だかりの隙間から微かに顔を覗かせたのは、水族館のアイドルであるペンギンさんたち。


 小柄で可愛らしいフォルムに、てちてちと効果音がつきそうな歩き方。この人だかりは、彼らの一挙手一投足に目を奪われたお客さんの集団だったわけだ。


 そしてその姿を一目見た瞬間、サキもその一人へ。なんとか二人で人混みをかき分けると、十数匹ものペンギンさんとご対面することとなった。


「えへへ、てちてち歩いてて可愛い〜♡」


「っ……」


 ぴょこっ。ぴょこっ。


 可愛い! ペンギンさんは無論のこと、その背中を追いかけるうちの彼女さん、可愛すぎる!


 今すぐにでも抱きしめに行きたい……が、人目もある。よし、あとでだ。あとで我慢した分、たっぷりとハグしよう。


 そんなことを密かに決意しながら、スマホを開く。


 サキは今も必死になってレンズにペンギンさんたちを映しているが、まさかその自分が撮られるなんて思いもしていないのだろう。ウサギさんのように小さく跳ねながら進んでいく激かわお宝映像、ゲットだ。


「ほら、早くこっち来て! 置いてかれちゃうよ!」


「おう。ったく……ほんと、可愛いものには目がないな」


 スマホを胸ポケットに入れて録画は続けたまま、隣に並ぶ。


 子供達に混じるのは少し気恥ずかしかったが……サキのこんなに嬉しそうな表情を見れば、羞恥心なんて簡単に消し飛んでしまーーーー


「なあオイ。見ろよあの子。ヤバくね?」


「なんだあれ!? あんなサイズ見たことねえよ。しかもめっちゃ可愛い……ッ!」


「……すぅ」


 無邪気な笑顔に夢中になっていたせいだろうか。周りの声が耳に届いてようやく、気付いた。


「 o(≧▽≦)o 」


 ぶるんっ。ぶるんぶるんっ。


 羞恥心がどうとか、そんなことを言っている場合ではない。





 ウサギさんステップにより激しい振動に晒された″凶器″が……躍動するように、揺れていた。

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