第211話 私にとって2

211話 私にとって2



「アヤ……サキ。なんだよ、その目。私が男嫌いだってことは何度も言ってたろ!」


「うん。でも、この先も同じグループとして活動していくなら、ちゃんと彼のことも知っておいてもらいたくて」


 すぅ、と小さく息を吸い、吐く。


 俺の手を握りながら、サキは少しだけ震えていた。


「彼は黒田和人。私にとって……大切な人、です」


 夕凪さんはサキの言葉を聞き、あんぐりと口を開けていた。


 当然だろう。″大切な人″と呼称する異性。それは即ち……恋人だと。そう解釈して然るべきなのだから。


(もう兄妹設定は使わないんだな……)


 俺たちはアカネさんとミーさんに対し、嘘をついた。それはまだ柊アヤカと二人の関係値があまりにも薄く、とてもじゃないが彼氏がいるなんてことを打ち明けられる相手ではなかったからだ。


 しかしそれを正しい行いだと言われた反面、やはり罪悪感と共に少し後悔もした。


「それって、″そういうこと″……なのか? サキ、お前……」


「本当はね? 言わない方がいいんだと思う。アカネさん達と初めて会った時も関係を誤魔化したし。でもやっぱり、もう嘘はつきたくないから」


 だからサキは、もう隠さないことにしたのだろう。それが同時に夕凪さんへの信頼の証にも繋がるから。


 夕凪さんはサキの言葉を聞いて、ぽりぽりと頭をかくと。やがて小さなため息と共に言葉を返す。


「サキの言いたいことは分かった。そいつがここにいる理由も。けど、論点がズレてる」


「え……?」


「私はサキの……そしてアヤカのことが好きだ。可愛い女の子はみんな大好きだ。けどな、その子が大事にしてるってだけで嫌いな男まで好きにはなれん」


「う゛っ」


 ダメ、か。


 サキにとっては……というか、俺も少し期待してしまっていたけれど、サキの彼氏だということが伝わればもしかしたらここへの同伴も許してもらえるんじゃないかと。そんな気がしていた。


 しかし現実はそう甘くはないようだ。嫌いなものは嫌い。夕凪さんの主張は一貫している。


「てかオイ、彼氏ってマジか……普通にちょっとショックだ……」


「ご、ごめんなさい……」


「謝んなくてもいいけど、な。まあ……うん。こんだけ可愛いんだもんな。当然っちゃ当然なのか。アカネさん、アンタも知ってたのか?」


「へっ!? あ、うんっ! 教えてもらったのはつい最近だけど、初めて会った時から気づいてたかな……」


「気づいてた……ってことは、最初は関係性を偽って伝えてたわけね。大方兄妹設定とかか。まあどう観ても似てないし騙せるわけないけども」


「あ、ぅあ……」


 すご、何この人。予想ドンピシャなんだが。


 てか……どうしよう。結局サキは俺のために頑張ってくれたけれど、何も解決はしなかったみたいだ。


 依然夕凪さんには嫌われたまま。どう見てもこの場にいることを反対されている。


 やっぱり、ダメか……


「か、和人待って! 大丈夫だよ。私がなんとかするから!」


「いや、でも……」


「私は和人がいてくれなきゃ嫌だもん! それに、ママはああ言ってるけどさ。和人の気持ちもちゃんと伝えないと。そしたらきっと分かってもらえるって!!」


 俺の、気持ち……か。


 アヤカを、そしてサキを支えたい。夢を応援したい。アカネさんとミーさん、そして夕凪さん。この三人と共に活動を広げていくというのなら、俺もその輪の中にいたい。


 けど、俺はVtuberではなくて。目指すものはミーさんと近くても、まだまだ何もかも未熟だ。きっと俺だけ、この空間に釣り合ってはいない。むしろこれまで受け入れてくれた二人が優しすぎたのだとさえ思える。


(それでもやっぱり、俺は……!)


 この気持ちを吐露するのは、サキの迷惑だって。所詮は俺のわがままにすぎないんだって。そう思っていたけれど。


「……分かった」


 


 このわがままを、共にサキが望んでくれるなら。叶わないのだとしてもせめて、俺の気持ちをぶつけたい。

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