第33話 カラオケデート4

33話 カラオケデート4



「う、わぁ……何だこれ」


「大っきい……っ!」


 しばらくして、再び優子さんの手で運ばれて来た1400円のパフェ。値段だけあって、かなりの化け物サイズだった。


 外から見ただけでも分かる、何重ものデザートの層。食べ進めるごとに味が変わっていきそうで、圧倒的サイズ感でも飽きさせないようにする工夫が施されているように見える。


 これには、甘いもの好きなサキは大興奮だ。


「和人和人っ! 見て凄い!! イチゴにマンゴーに……あっ、桃とオレンジもあるよ!!」


「……って、てっきりこれも優子さんのサービスなのかと思ったけど、デフォルトでこれなのか。凄すぎる……」


 そそくさと退散していった優子さんの残した二つのプラスチック製スプーンの袋を開け、その片方をサキに渡すと、サキはそれをパフェのてっぺんに刺し、一枚、写真を撮った。


「ツオッターにあげるのか?」


「うん♪ こんなの、初めて見たから!」


 そう言ってサキがスマホを操作すると、隣のカバンの中から俺のスマホが鳴る。ツオッターに、写真があげられた証拠だ。


「ささ、食べよ食べよ! わぁ、私どこから食べようかな!!」


「喜んでもらえたようで何よりだよ。じゃ、俺も早速……」


 サキは桃を、俺はマンゴーを。それぞれスプーンの上に生クリームとともに乗せ、そして同時に、口の中に入れた。


 マンゴーの独特な甘味の強い味わいと、それに加えた冷たい生クリームが優しく口内を冷やしていく。


 隣でも、サキが俺と同じようにその美味しさに頬を緩ませてしまっていて、あっという間に二口目へと手を伸ばしていた。


「美味しい……♪ 朝から講義、頑張った甲斐があったよぉ」


 同意見だ。なんだかこれを食べていると、必死に睡魔と戦い、そしてアイツらにさっきを向けられ続けたあの苦しい時間の疲れが簡単に癒えていく。


 それに、パフェの味の良さだけではない。隣でサキが楽しそうに、嬉しそうに。それを食べて笑っている顔を見れる。それだけでも、俺にとっては十分なほどの癒しであった。


「はい、和人 あーんっ」


「え、ちょ!? サキ!?」


 なんて、見惚れていると、たっぷりの生クリームと苺を乗せたスプーンを、サキが俺に向けて突き出していた。


「美味しそうな苺、見つけたから♪ 食べてっ」


「お、おお、おうっ」


 決して間接キスに対しての緊張などではないのだが、サキに「あーん」されるなんて初めてのことで。ただサキが口をつけたペットボトルの水を飲んだり、ストローでシェイクを吸ったりとは全く違う。その純粋な眼に見つめられ続けながら改めて間接キスをするというのは、どこか気恥ずかしい。


「も、もぉ……早く食べてよ。……私だって、恥ずかしいんだよ?」


「は、はいっ!」


 心臓は高鳴り、サキの手に握られたスプーンへと、吸い寄せられるように顔が近づいていく。


 そして────


「ん……美味しい」


「えへへ……良かった」


 二人で照れ臭くなりながらも、確かに同じ幸せを分かち合った。一つのパフェを一緒に食べるなんてありきたりな行為でも、俺たちにとってはその一瞬一瞬が確かに宝物で。


 ああ、俺は幸せ者だな、なんて、改めて思った。


「ねぇ、和人?」


「なんだ?」


「……このまま間接じゃないキスも、しちゃう?」


「…………へ?」


 あまりの衝撃に、言葉を失った。


 幸せを感じ、油断をした瞬間の出来事。心の準備、というか、そもそもそんな発言の予測など全くできなかった。


「和人は私とキス……したい?」


 俺たちは付き合い始めて一年と数ヶ月。これだけの月日が経っているにも関わらず、″そういう行為″は愚か、まだキスもしていない。


 お互いに、そういう話になった事が無かった。一緒に大学で講義を受けて、デートをして、最近では同棲も始めて。


 そこまで関係が進んでいるにも関わらず、キスの一つも済ませていない。……いや、あまりに円滑に関係が進み過ぎていたからこそ、なのかもしれない。


 サキとの毎日には、本当に不満の一つもなくて。常に俺は、幸福感に満ち満ちていた。


 当然そういう事を考えた事がないわけではないが、サキが大人しめな性格だったこともあって。いつの間にか俺の中で「無理に、焦ってするものでもない」と、勝手に線引きをしてしまっていたのだ。


「いい、のか? しても」


「……うん。和人は優しいから、きっと……色々と我慢させてるんだろうなっ、て。まだ、エ、エッチな事とかする勇気はない、けどさ。……私のファーストキス、和人にもらってほしい」


 我慢をさせていた、か。そんな事は決してないのだが、サキから見ればそう写っていてもおかしくはない。


 だが実際は、俺の方が勝手に自分の中で決めつけを続けて。サキならきっと受け入れてくれると分かっていたのに、そのおとなしい性格を逃げ道にして。結局は、臆病だっただけなのだ。


(でも、サキにここまで言わせて……引き下がるわけには、いかないよな)


 俺が常にサキの幸せを願っているように、きっとサキのこの行動も、俺のことを思ってくれての事なのだろう。今何かと理由をつけてこのキスを断る事は、その行為を無碍に扱うのと同義だ。


 なら────


「いくぞ、サキ」


 そっと肩を手で押さえて、顔を近づける。いつの間にかサキは目を閉じていて、ただじっと、俺からのキスを待ち続けていた。


(肩、震えてる……)


 その華奢な身体は、添えた手からでもはっきりと分かるほどに震えていて。サキがどれだけ勇気を出して言い出してくれたのかが、本当に良く伝わった。


(ありがとな、サキ)


 そんなサキの唇に、俺はそっと……口付けをした。


「ん、んっ……ふっ……」


 ただ、唇同士が触れ合っただけ。それなのに、俺の身体はその幸福感と快感に一瞬で支配されていて。


 人生初めてのキスをサキと出来て、本当によかったと思った。


「ん……はぁ。しちゃったね、キス」


「ああ。凄く……気持ちよかった」


 唇を離し、お互いに見つめあっているその間も。感触は、ずっと……ずっと残り続けていて、俺たちを確かに繋いでいる。


「もう一回、してもいいか?」


「うん。私ももう一回、したい……」




 19歳で迎えた、世界一好きな人とのファーストキスは……甘い、味をしていた。

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