第30話 カラオケデート1

30話 カラオケデート1



「いいですか? シュミラクラ現象というのは三つの点をこのように配置することによって、それが人間の顔に見えてしまうという錯覚を表した現象で────」


 次の日。大学で一限の心理学を受講していた俺は、あまりの眠気に限界を迎えかけていた。


(眠い……眠いぃぃ……)


 だからスマファザは十一時にはやめようと言ったのに。なんで夜中の二時まで続けるかな……ねぇ、サキさん?


「和人、ちゃんと起きてよ……私も一緒に怒られるの嫌だからね!?」


 ははは、元凶が何を言うか。というか、なんでコイツは夜中までゲームした後に早朝からこんな面白くもない講義を聞いてるのに眠くならないんだ?


 ちなみに、俺とサキは学科が経済学科で同じことから、ほとんど履修している科目が同じである。そのため、講義も隣同士で座りながら受けているわけなのだが。隣にサキがいるという安心感もあってか、今ではそれは眠気を増加させるスパイスでしかない。


 事実、もう俺の意識はさっきから飛び飛びで、堕ちる寸前でギリギリしがみついている状態だ。なんとか頬をつねったりして抗おうとはしているものの、限界は近い。


「では、赤波さん。この問題について、解答してください」


「は、はい! えっと……」


 だが、そんな俺とは違ってサキは優等生。昨日はあんな時間までゲームをして騒いでいたにも関わらず、眠そうな仕草の一つも見せない。そのうえ教授とキチンと目を合わせながら、その場で立ち上がって訳のわからない問題を完璧に答えていく始末。 


(きっと、コイツがVtuberやってるなんて言っても、誰も信じないだろうなぁ……)


 サキの周りからの印象は「物静かな頭の良い女の子」。俺が告白に成功して付き合うことになった時は、それはそれは色々と聞かれたものだ。


 まあ実際この大学で一番可愛いのはサキだし、誰もが狙っていたということだろう。本当に、速攻で告白して良かった。


「────よろしい。流石は赤波さんですね。素晴らしい解答でした」


「ありがとうございます」


 ペコリ、と頭を下げて、サキが着席する。そんな様子をずっと隣から眺めていると、やがて目があい、そしてその顔が赤らんだ。


「な、何? 私の顔、変なものでも付いてる……?」


「え? あー、違う違う。やっぱり今日も可愛いなって」


「っう!!?」


 小声でそう伝えると、サキはすぐに俺から目を逸らして黙り込んでしまった。こういう照れ屋な所とかも俺以外の奴らは知らないだろうから、なんともお気の毒だ。当然俺から教えてやることもないから、知らないまま一生を過ごすといい。


「なぁ、黒田の野郎、また赤波さんとイチャついてないか?」


「おいお前ら、シャベル持って来い。この校舎の裏にいい森がある」


「塩酸にする? それともコンクリートにするか?」


 ふふふ、男の嫉妬は見苦しいぞモブA〜C達よ。……って、俺の死体を遺棄した後の処理方法の二択を真剣な顔で考えるのはやめないか? あと校舎の裏のいい森ってなんだ? 俺そんなの知らないんだが……。


 しかもコイツらの姑息なところは、その会話を絶対に俺には聞こえるが隣にいるサキには聞こえないという丁度いい声量で話すところだ。本当に裏で俺を始末する大きな計画とかが密かに進んでいたりしそうでめちゃくちゃ怖い。


「? どうしたの和人? 汗かいてるけど……今日そんなに暑い?」


「あー、いやあれだ。これはいわゆる冷や汗ってやつだから気にしないでくれ」


「……え? それって余計心配しなきゃいけない汗じゃ……」


 隣から純粋な瞳で俺を見つめながらそう言ってくるサキに「本当に大丈夫だから」と声をかけ、俺は背後の奴らの舌打ちを聞きながらサキとの会話を続けた。


「そんなことよりも、今日二限で授業終わりだよな? 昼からどっか遊びに行こうぜ」


「どっか、ってどこ?」


「うーん、そうだな……」


 ショッピングモールはこの前行ったし、自分から言い出したもののあまり行きたい場所というのが浮かばない。


 行きたいところがありすぎるせいなのか、それとも現状に満足し切っているからなのか。原因は分からなかったが、我ながら幸せな悩みだと思った。


「あ、ならカラオケとかどう? あそこなら涼しいし、長くいれるし」


「お、いいな。久しぶりに行くか〜」


 というわけで、行き先はカラオケに決定した。まあ後ろのモブ連中に命を狙われている分、大きな建物などに行くべきではないしな。その点カラオケならどうやって俺を殺そうとしても必ずサキの目に止まる。最高の抑止力だ。


「うんっ♪ 楽しみ!」



 サキの最高の笑顔と後ろからの殺意の篭った最悪の笑顔を受けながら、カラオケだけを楽しみに何の面白みもない講義の受講を続けた。

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