第19話 耳のドラッグ

19話 耳のドラッグ



 ピンポーン。


 サキとぐだぐだとしながら迎えた日曜日の昼。不意に、家のチャイムが鳴った。


「はーい?」


「宅配便でーす!」


 その声を聞いてドアを開けると、宅配業者の人は俺が頼んだ覚えのない大きな段ボール箱を抱えてサインを求めてきた。


 何が何やら分からず一緒に玄関まで出てきていたサキの方を向くと、無言で「サイン書いて」と手振りのみのサイン。どうやら、この荷物はサキが頼んだ物らしい。


「ありがとうございました〜!」


 ズシリ、とかなり重量のある段ボール箱を受け取って家の扉を閉めた俺は、とりあえずそれをリビングまで運んで机の上に置いた。


 重さ的に、配信関連の機械か何かだろうか? 


「いやぁ、ごめんね和人。ここに送ってもらおうと思って和人名義で買い物しちゃって。あ、お金はちゃんと私の方で払ってあるから安心してねっ♪」


「ん、それは別にいいんだけどさ。これ、なんだ……?」


「まあまあ、開けてみれば分かるよぉ〜」


 ささ、早く早く、とカッターを手渡してきたサキに先導されてダンボールを丁寧に開けると、中からは大量の緩衝材と、それに包まれた黒色の大きなマイクのようなものが。サキの俺を喜ばさんばかりの言いっぷりにしては、思っていたよりも普通のものが入っていた。


「なんだ、ただの新しいマイクか」


「よく見てよく見て? 本当にただのマイク?」


「ん〜?」


 緩衝材を取り払い、マイクを丸裸にして机の上に出す。するとその形は、明らかに普通のものではなかった。


 横長な全長をしているそれには、左右の端にそれぞれ一つずつ人間の耳を催したようなものが。触ってみると思っていたよりもその質感は本物の耳に近くて、耳の穴までもが再現されている。


「おい、これまさか!?」


「あ〜、やっと気づいたみたいだねっ♪」


 ここまで見れば、Vtuber好きなら誰でもこのマイクがどのような用途に使われるものかすぐにわかるはずだ。いや、Vtuberを見ていない人でも、一度はこれを使った配信を目にしたことがあるのではないだろうか。


「ASMR用のマイクか! え、サキもしかしてこれ使って配信するのか!?」


「まだ未定だけどね〜。とりあえずセールされてたから、買うだけ買っておいたの〜」


 ASMR。それは耳に癒しを与えるということを目的とした配信形態であり、この耳を催したマイクに耳かきをしたり、耳舐めをしたり、囁いたり。様々な手段を用いて睡眠導入効果を与えたり、時には性的な興奮すら覚えさせてしまう危険な代物だ。


 実際、ASMR配信で過激なことをしすぎたからといい理由でその配信が運営からBANされたり……なんて事案も結構起こったりしている。だがそのギリギリを攻めてくる女の子Vtuberなどは、男性リスナーをこれまで以上にメロメロにすることも可能だ。


 言うならばこれは、耳のドラッグ。Vtuberなんかは特に声が綺麗な人が多いから、自分の好きな声がパチッと嵌れば、もうその魅力からは抜け出せなくなること間違いなしだろう。


「サ、サキ……? その、なにか? その配信ではサキの甘い囁き声とか、聞けるのか!?」


「ちょ、ちょっと! 興奮しすぎだって!! まだ未定だって言ってるでしょ!? 本当にまだ何も決まってないんだよぉ!!」


 ついつい鼻息を荒くしながら詰め寄ると、サキは焦った様子で俺を振り払った。


「その……ちゃんと配信に載せるなら、練習とかもしなきゃいけないし、ね? すぐには無理だよぉ……」


「む……練習か」


 不意に俺の脳内に、大量の映像が流れ込んでくる。


 一人、自室に篭りながら耳マイクに恥ずかしそうに囁くサキ、耳掻きをするサキ、そして……ペロペロと慣れない舌使いで穴をほじくるように舐める、サキ。


「ちょっと和人! また変なこと考えてるでしょ!?」


「そ、そんなこと! 一人でマイクを舐めるサキのことなんて、これっぽっちも!!」


「耳舐めなんてしないよ!? 囁きと耳掻きくらいまでしかやらないもん!!」


 なんだ、耳舐めはやらないのか……。まあでもサキの耳舐め配信を色んな奴が聞くなんてちょっと嫌だしな。仕方ない。囁きだけでも充分耳が昇天する自信はあるし、それで満足するとしよう。


「もぉ……こんな人が練習相手なんて、嫌な予感しかしないよ……」


「へ? 練習相手が、俺?」


「? 当たり前でしょ? 他に誰がいるの?」


 ちょ、ちょちょちょっと待て!? そ、それってつまり、その……俺の耳に生で甘い囁きをしてもらったりとか、優しく耳掻きをしてもらったりとか。そういうことをしてもらえるってことでいいのか!?


「今日からたまに、練習相手になってよね。リクエストとかあれば、それにも応えるから」


「サ、サキさん! それはその……多少、いや、ほんの少しだけえっちなやつでも可能でしょうか!!」


「……ユリオカートとスマファザ、これからも一緒にプレイしてくれるなら」


「いえぁぁぁッッッッ!!!!!」



 俺はその場でガッツポーズをして叫び、同時に脳内でサキ専用の原稿作りを並行して始めるのだった。

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