スレイヴランナー ~サイボーグの体を使ってリモートワークしながら領地奪還~

ジント

プロローグ

封印

大陸の西方に、サンエレクという国があった。

 

 周辺国と同様、エーテルの吹き溜まりから生まれた魔獣が跋扈ばっこするこの国には、スローターと呼ばれる狩人が存在した。


 スローターは人々を守るために魔獣を狩り、その分だけ、魔獣からエーテルを吸収し、より強くなっていく。


 しかし、スローターはエーテルを溜め込んだまま死ぬことは許されず、半減期を迎えるまで封印されるのが、代を重ねても変わらない不変の習わしだった。


 狩っては封印され、再び魔物が現れては新たな狩人が魔獣を狩るという不毛な連鎖が幾年も続いた。


 世界がその円環から抜け出せぬまま、今日もまた一人、役目を終えた一人のスローターが長き眠りにつこうとしていた。


「親愛なる臣下たちよ。 今日まで私に忠を尽くしてくれたこと、感謝する」


 謁見の間にて、入口からしわ一つなく敷かれた深紅の絨毯が玉座へと続く段の下で、青年から勇ましく放たれた第一声に、そこにいた全ての者が傾聴けいちょうしていた。

 目元が隠れるほど伸びた前髪に、あごに薄っすらと生えそろった髭によって年齢よりも大人びた印象を受ける青年、アルバはその場に集った百人余りの家臣たちに、最後尾まで届くよう声を張り上げた。


「私はこれより、隔絶のひつに入り、長きの眠りにつく。 次に目が覚めるとき、お前たちの子孫と対面するのが楽しみだ。 皆、その為によく働き、子を成し、健やかであってほしい」


 その一言一句に、ある者は嗚咽を漏らし、あるものは歯を食いしばってそれを耐えていた。

 青年はその光景を眼に焼き付けた後、自らの父が座する玉座に向かって振り返り、片膝をつく。

 

「父上、私の勤めはここまで。 あとは、私よりも遥かに優秀な弟に任せようと思います」


 玉座に腰掛けていた王は、憐憫とも諦めとも取れる表情でその青年を見つめていた。


「アルバ、確かにお前には政は似合わん。 しかし、出来ることならこれから先も、弟のサルバや私の傍で、この国を見守ってほしかった」


「ご期待に沿えず、申し訳ございません」


 セリフとは裏腹に、アルバは薄っすらと悪びれる様子もなく笑みを浮かべ、それにつられるようにして王もまた、息子であるアルバに笑みを返す。


「馬鹿を申すな。 お前はこの国全ての人間の期待に応えてくれた。 そして、この国の未来を拓いてくれた。 後は、私たちがお前の期待に応える番だ」


 その王の言葉に、その場に集ったすべての者が背筋を正し、踵を鳴らす。


「そう言っていただけると、私も憂いなくこの後を任せることが出来ます。 ――弟よ、いつまで顔を伏せている」


 赤い絨毯に沿うようにして並んでいた国の忠臣達、その年配者たちと共に列席していた齢十にも満たない少年、サルバが、感情を押さえつける様にして唇を震わせながら顔を上げる。


「……兄上は噓をつかれました。 獣を狩りつくした暁には、次代の王となり、善政を敷かれるとおっしゃったのに……」


「――すまん、弟よ。 確かに狩は終わった。 しかし、代償として私の体には澱が溜まっている。 これを処置しない限りは、狩は本当の終わりにはならない」


「兄上のおっしゃることは、分かりますが……」


 理解はしていても、納得が出来ない。 共に未来を歩んでくれると言ってくれていた親愛なる兄と共にあることが出来ない現実が。 そして、もっとも国の為に傷つき、苦心してくれた兄だけが、その未来を見届けることが出来ない不条理が。

 しかし、それをここで喚き散らしたところで、周囲を困らせるだけだということは、少年が一番よく分かっていた。


「自分でも分かる。 これは、いつ私の中から飛び出すかも分からない。 そうなれば、今までの狩が無駄になってしまう」


 数多の獣を倒した代償に、青年の体には澱と呼ばれる呪詛が貯まり、首から下――鎧で覆われた全身に、まだら模様の刺青ように表れていた。


「こればかりは、教会も医師も、呪い師でもどうにもならない。 これは病ではない。 治すのではなく、箱に収めて鍵をかける他にないのだ。 これは、どの土地でも、どの代でも行われてきた。 それが今回は、私だったということだ」


「……なぜ、兄上だったのですか?」


「それは私が、最も狩りに秀でていたからというのもあるが、実際には、私が誰より、後顧に憂うことがなかったからだ」


 アルバはサルバのもとへと歩み寄り、片膝をついて目線を合わせる。


「私は恵まれている。 素晴らしき王と、優秀な王子、我儘を通してくれた臣下……。 魔物がはびこり、数多の命が散っていったこの乱世にあって、私ほど幸せな人間はそうそうおるまい」


「幸せというなら、なぜ兄上は伴侶を娶ることをなさらなかったのですか? 私は、兄上の色恋話を、ついぞ聞くことはありませんでした」


 年の割にませたことをと、青年は少々面食らったが、言われてみれば確かに、幸福の一つの形でもあると、苦笑してみせた。


「伴侶か……。 あいにく、狩ばかりで伴侶も跡取りを作る暇はなかったが、澱を抱えた身で子をなしてもな。 どのような影響があるかも分からんし、まぁ、その点は再び目が覚めた時にでも考えるとしよう」


「今生でこれほどの徳を積んだのですから、来世ともいえる未来では、きっと素晴らしい伴侶と出会えますよ」


「うむ、サルバがそういうなら、間違いないだろうな」


 多少気がまぎれたのか、サルバの顔には若干の余裕が生まれていた。 だがそれも、見た者にとって印象であって、本人の心の内は未だに悲痛が満たしていることは、想像に難くなかった。


「兄上、もしお目覚めになられたら、まず何を致しますか?」


 それが分かっているこそ、青年も努めて明るい調子で視線をかわす。


「む、そうだな……。 目覚めがいつになるかは分からんが、きっとそのころには、お前の子孫たちが素晴らしい国を築いていることだろう。 私はその国を漫遊したい。 だから弟よ、代々忘れずに言い伝えてくれ。 もし私が目覚めたときには、幾ばくかの路銀を持たせるようにと」


「分かりました。 必ずや、兄上が羨むほどの国を築いて見せましょう。 そして、ついでに路銀だけでなく、馬もお付けいたします」


 気が利くではないか、と青年は笑い、少年もつられて笑みを浮かべる。

 その光景を、その場にいる全ての者が微笑ましく傍観し、また、涙を流しながらも目に焼き付けていた。


「お前がどのような国を作るのか、歴史書や回顧録なりで見られるのを楽しみしているぞ」


 その場で再び立ち上がったアルバは、まだ幼さの抜けきらない 弟と視線を交わす。

 互いに、これが言葉を交わせる最後の機会だということは分かっていた。

 自分がいなくなった後の未来を任せることが出来るのは、目の前の人間を置いて他にはいない。 兄も弟も、眼を見ればお互いそう考えていることが容易に理解出来る程度には、二人の絆はか細くはなかった。


「息災でな。 サルバ」


「おさらばです。 アルバ兄さん」


 兄弟の会話は、それが最後となった。


 アルバはその後、数人の魔術師達を伴い、自身が休眠するための部屋へと向かった。


 周囲を装飾一つない、簡素な白い天井と壁で覆われ、中央に棺桶のようにして櫃が置かれただけの空間。


 隔絶の間と呼ばれる、特殊な呪具を保管、運用する、普段は誰一人として足を踏み入れることがない部屋だ。


 そこで、簡素な布地を羽織ったアルバに、傍についていた魔術師がかしずく。

「殿下、ご説明は既に受けたでしょうが、この隔絶の櫃は、殿下の体に溜まった膨大な澱、エーテルが完全に消え去るまで、櫃内に入ったものの時間を止め、宿ったエーテルだけゆっくりと散らしていきます」


「うむ、保持したエーテルの量だけ時間がかかるという事だったな」


「はい、私どもが予想したところ恐らく殿下がこの櫃からお目覚めになられるのは、約200年後かと思われます」


「気の遠くなるような話だ。 まぁ、私にとっては一瞬の出来事なのだろうな」


「さようでございます。 万が一にも不測の事態などが起きないように、常に一流の魔術師、と医者をお傍に置いておきますので、ご心配なく」


「すまん。 眠った後でも、迷惑をかける」


「とんでもございません。 お休みになった後にもお仕えできるとあらば、我ら全員にとって、喜び以外の何ものでもございません。 どうか、ごゆっくりとお体をお安めください」


「そうか。 この場にいる者達、そして、これから来る者たちに、感謝を」


 そうして、アルバは櫃に横たわり、ゆっくりと蓋が閉じられた。 その後、何か物思いにふける――などという間も無く、意識は瞬く間に眠りの淵へと落ちていった。

 意識が完全に途絶える刹那、未来に出来ているであろう、弟の作る素晴らしい国を思い浮かべて――。


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