第55話 加速せよ!かませ犬!

「アイザック! 火球ファイアボール!? 加速ヘイスト!?」

加速ヘイストォ!! いいとこで頂戴よ!」

「承知!」


 駆け出す俺達に向けてベルティーナが加速の詠唱に入る。


「こ、このまま突撃っスかアイザック兄さん! このままだと異形とモロにかち合うっス!」

「突っ込む! ビビんな! ベルティーナを信じろ!」

「な、なんで姉さん!?」

「いいから突っ込め! 緩めるな!」

「これはワシらの鉄板戦法じゃ! とにかく迷わず行ってみよ!!」

「ひいええええええっス!」


 異形の群れは俺に二体、ギフンに二体 ソニアに一体がそれぞれ向かってきた。残りは様子見か。

 このまま激突すれば身体能力に優れる異形が俺達を打ち砕くだろう。

 左から喉狙いの爪。右からは噛みつきが迫る。こいつらこればっかりだなおい!

 昨日までの俺達なら瞬殺だったろう。だが冒険者三日会わざれば刮目して見よとは言ったもの。

 今の俺達は昨日の俺達より誇張抜きで五十倍は強い!


「今だベルティーナ!」

「あいあい! 加速ヘイスト!」


 ベルティーナの持つ杖の先端が緑色に輝きだし光が俺達を含む前方へと広がっていく。

 その光に包まれた瞬間、目の前の異形の動きが途端に鈍くなる。

 異形の繰り出す爪の先端にこびりついた垢すらじっくり眺められる程に、噛みつきは虫歯が何本あるかじっくり確認出来るほどに

 異形が、世界が遅く見える。これが加速だ!


「ナイスタイミングだ! オッラア!!」


 加速した世界の中で異形の爪をかわし、盾で直角に叩き、へし折る。造作もないことだった。

 右から来る噛みつきはそのままロングソードを口内に突き出して食わせる。

 そのまま口腔内のロングソードを力の限り突き進める。

 

「ゲ、ギイイイイ!?」

「ゲ!? ゴッボ……!」


 爪を叩き割られた異形は悶絶し、剣を口内に突き刺された異形は血の泡を吹いた。


「っぜあ!!」


 更に力を込めるとロングソードは口内を貫通し、後頭部から刃が飛び出す。まずは一匹!


「ゴ、ゴボボ」

「次ぃ!」


 すぐに身を翻し爪を叩き割られた異形に体勢を向け直す。

 すでにダメージから立ち直りつつあった異形が今度はこちらに向かって中腰のタックルを繰り出してくる。

 組み付けば素早さも関係ないということか。ネズミにしては知恵が回る。だが……


「遅い!」

「ギギッ!?」


 異形のタックルに合わせて膝で鼻を思い切り蹴り上げる。

 膝でかち上げられた異形はそのまま天を仰ぎたたらを踏む。

 そう。急所である喉を無防備に晒した状態だ。


「喉!」

「ゴッボ……!!」


 がら空きの喉にロングソードを突き入れすぐに引き抜く。

 まるで噴水のように鮮血が吹き出し始める。

 あれだけ苦戦した異形が赤子の手をひねるように手球に取れる。

 やはり加速は強い。これがあるかないかでパーティの戦力は段違いだろう。

 そして加速は敵の目の前で発動することで従来のスピードからのギャップを生み出す。

 相手からすれば突然目の前にいた敵が瞬時に消えたように感じるほどだ。

 出来る限り引きつけてからの加速。俺達が昔から愛用している戦法だ。


「ギフン! ソニア! こっちは片付いた! そっちはどうだ!?」

「こっちは今……! やったわい!」

「すいま、すいません! まだ私は、倒せてないっス!」


 ソニアはまだ加速の体に慣れていないのか異形の攻撃を回避出来ているが攻撃には活かせていなかった。


「わかった! 俺が行く! ギフン! 残りの異形を警戒してくれ!」

「あいよ!」


 異形は九体。 俺とギフンがそれぞれ二体ずつ倒したが、ソニアに異形が一体追加されて二体に絡まれている状況だ。

 残りの三体(内一体は右足切断済)は鼠の王の警護に回っていた。用心深いな……一番厄介なタイプだ。

 何にせよまずはソニアのサポートだ。


「ソニア! 俺が一体受け持つ! タイマンなら勝てるだろ! 実績あるし!」

「それならやれるはずっス! ありざっス!」

 

 加速は移動速度が上がるだけで本来筋力が増す効果はない。

 だが、スピードがそのまま威力に繋がる攻撃と加速の相性は抜群だ。

 ソニアを囲む異形の一体に盾を正面に据えたタックル……シールドチャージだ!


「せぇいやあ!」

「ゲボォ!!」


 空いた脇腹に盾ごと突進をぶちかます。

 直撃と同時に異形の脇腹からゴキンという音が響く。こりゃ肋骨逝ったな。

 加速タックルで吹き飛ばされた異形を更に追いかける。本来なら追いつく前に立ち上がられるが今は加速中

 ふっ飛ばされうつ伏せに倒れている異形に余裕を持って追いつく。その体勢なら……


「これで五匹目!」

「ギャアアアアアイ!!」


 異形の肩甲骨が開いていた。本来なら剣を突き刺そうとしても邪魔をしてくる骨だ。

 もちろんそのチャンスを逃さずにロングソードを突き刺す。剣はすんなりと入り込み、呆気ない程に心臓へ届く。


「ギャ、ボ……!」


 異形は呼吸困難に陥っていた。

 どうやら先程のタックルで折れた肋骨が肺に突き刺さっていたらしい。

 どちらにせよ勝負はついていたってことか。加速タックル! 相変わらずつええなおい!!


「一匹やった! ソニアァ! どうだ!?」

「今、やったっスぅ!」

「ギャバッ!」


 視線を向けると両腕を折られた異形が今まさにソニアに首の骨をへし折られていた。

 前回戦ったスリーパーホールドに近い形だが今回は両腕が完全に機能を停止していた。

 異形はもはや掻きむしることすら出来ない状態であった。


「いいぞソニア!」

「ありざっス!」


 調子はいい。加速のお陰で一対二でも勝てる。だがまるで勝利に近づいているとは思えなかった。

 雑兵を何匹やろうが王を倒せなければ結局は意味がないのだ。

 今だ鼠の王は健在。当然奴の乗っている大蜘蛛もだ。

 いくら加速があろうが今の俺達では鼠の王には到底勝てない。

 だが勝機はある、あるはずなんだ……なのに……


「どうしたアッシュ……! まだか……!」


 アッシュは未だに姿を見せず隠密に徹していた。

 肝心の王はというと周りに護衛をつけたまま付かず離れずの距離を保ちつつ周りを警戒している様子だった。

 鼠の王……凶暴だが冷静な性格をしていやがる。

 このままアッシュが不意打ち出来ずに俺達が王と対峙すれば確実に負ける。

 そして潜伏していたアッシュも直に見つかり失敗に終わることになるだろう。


「クソッ! ネズミキングの野郎、部下がこんだけやられたってのに意にも介していやがらねえ」


 これは不味かった。部下を蹴散らして激昂させてアッシュのチャンスを作るつもりだったのだが見込みが外れた。

 今俺がすべきは周りの部下を倒すことではない。奴の気を引くことだ!

 と、なると。久しぶりにあの手を使うしかないな。


「おい! 聞いてくれ!」


 俺は剣をしまい込み鼠の王の周りにいる護衛に遠くから声を掛ける。さあうまくいってくれよ。 

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