第46話 気まぐれシェフの燕返し-季節の真っ二つを添えて-

「ギフンならそろそろ終わりそうだよ」


 オスカーの指差す方向を見るとなるほどなるほど。

 すでにギフンは”締め”に入っていた。


「ギ、ギイイ……!!」


 息も絶え絶えにギフンに対し虚勢を張る異形。威嚇じゃない。虚勢だ。

 右腕は切り落とされ全身は切り傷だらけで血まみれだった。

 ギフンはただ闇雲に異形の体を切っただけじゃない。より効率よく出血させる為に血管を狙って斬っていた。


「流石ギフンだな。やっぱサムライは戦い方が綺麗だ」


 思わず感心の声が出てしまった。

 異形に対して中段の構えを悠然と取り続けるギフン。一切の淀みないその構えはまさに泰然自若と言った所か。

 侍。自らの刀に魂と人生を掛けて振るう前衛職だ。

 同じ前衛でも俺のように盾や剣、更には足などなんでもありで戦うファイターとは全く違う。

 彼らは刀一本でどんな相手とも渡り合う事ができる。戦場で振るう一刀にこそ価値があると信じているのだ。


「ねえアイザック。あんたもあんな感じで戦ったらかっこいいのに」

「うるせえ! 俺だってやりたきゃやってるよ!」


 俺は先程の戦いでトドメに侍の上段斬り、所謂『兜割り』を使いはしたが、あくまで使えるのは要所要所の一部だけだ。

 やはりファイターが侍のマネごとをするのはリスキーな行為なのである。

 俺の猿真似と違いやはりギフンの構えは堂に入っている。


「ギャイイイイイ!!」

「来るぞ!」


 血まみれの異形が捨て身の攻撃を仕掛けてくる。残った左腕で突き刺し……いや、掴みだな。掴みかかろうとしていた。

 中段に構えていたギフンは刀を水平に寝かせて体をひねって構えを変える。流れるような動きだった。

 横切り。右から左への横切りで異形の胴を薙ぎ払うつもりだ。


「ムウン!!」

「ギィ!」


 しかしギフンの胴切りは、横切りは異形に当たらなかった。

 直前で異形は足の爪を床に食い込ませてブレーキをかけるとすぐにバックステップ。

 ギフンの刀は異形ではなく宙を切っていた。捨て身と思わせた攻撃はフェイントだったのだ。

 大ぶりの横薙ぎをスカされたぞ! 体をひねったギフンは異形にほぼ背中をさらけ出してしまっている。。


「ギイイイイイイイ!!」


 ピンチのギフンに異形が狂気の表情を浮かべながら突進する。今度はブレーキなど一切考えていない最高速度だ。

 片腕しかないとはいえ組み付かれでもしたらまず勝てないぞギフン!


「ギフン!!」

「ヌ、ムウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン!!」


 その時だった。ギフンの体が一瞬膨れたように見えた。

 いや、実際に肩と背中が盛り上がっていた。

 まるで圧縮された筋肉が一度縮んでから破裂するような、そんな筋肉の脈動がギフンの体に走っていた。


「ゼイアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「ギャ、ギイイイイイイイ!?」


 渾身の横薙ぎを外したギフンは人間とは……正しくはドワーフだが。ドワーフとは思えない程の速さで体と手首を切り返す。

 そして今度は左から右への横薙ぎを放っていた。その薙ぎ払いは先程のとは比べ物にならないほど早く、鋭く、力強かった

 異形が予想も反応も出来ないスピードで左脇腹に刀が入り込む。

 なんという速さだ。最初に躱された横薙ぎは囮だったのだ。

 こっちがギフンの本粋ほんいきか。

 隙を突こうとした異形だったがギフンの異常な膂力りょりょくですぐに二発目の切り返しを放ったのだ。


「チェエエエストオオオオオオオ!!」

「ギャイッ!!」


 異形の左脇腹、腹、右脇腹を刀が走る。そう思ったのも束の間。

 やつの上半身と下半身は空中で二つに分かれていた。真っ二つだ。


「ギイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!」


 ドオッという音が迷宮内に二重で響く。異形の下半身が倒れる音、上半身が床に落ちる音だ。

 上半身のみとなった異形は数秒悶えるがすぐに動かなくなった。勝負あり。ギフンの勝ちだ。

 流石ギフン! 

 俺は嬉しくなって小走りで駆け寄る。

 

「やったなギフン! すげえよ今の技! 何!? なんて技!? 昔そんなの使ってなかったろ!?」

「今のは気まぐれシェフの燕返し-季節の真っ二つを添えて-じゃ」

「気まぐ、気まぐれ……気、何? 季節……季節の何?」

「気まぐれシェフの燕返し-季節の真っ二つを添えて-じゃ」

「そうなんだ……すごいね……」

「うむ。すごい」


 刀についた血を振り払いながらギフンが技の解説をしてくれた。

 どうやら異形を倒した技は『気まぐれシェフの燕返し-季節の真っ二つを添えて-』らしい

 餌の横薙ぎを避けさせて攻めさせてからの本気の胴払い。シンプルだが非常に強力だ。

 初見でこの技に応対するのは相当難しいだろう。

 それにネーミングにも威力がある。うん。すごいすごい。


「さて、とりあえずは俺とギフンはなんとかなったが……」

「あとはソニアじゃのう」

「それな」


 俺がタイマンで異形を倒せるんだ。ギフンの心配はしてなかった。

 だが問題はソニアだ。彼女はどうだろうか。めでたく前衛組全員合格を願いたいものだ。

 さて、ソニアはどうしてるかな。迷宮内を見渡すとすぐに視界に入ってきた。

 一人のエルフと一体の異形だ。

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