第14話 ヤンキー君とエルフちゃん
『は、離れろっつってんだオラァ!』
道中幸いにも他のモンスターに出くわすことなくオスカーの示すポイントに近づいた辺りで男の叫びが耳に入ってきた。
なるほど。片割れの男の方だろう。
大分ガラの悪い奴みたいだな。まあそんだけ悪態つけるなら大丈夫だろう。うん。
ひとまずネズミに怯えながら死体運びをすることはなくなったようで一安心だな。
「元気アリアリねえ。私達必要なかったんじゃないの?」
「どう聞いてもカラ元気だろ。おぉーーーい! 今そっちに向かってるぞ!」
すでに声の届く位置だ。救助に向かっていることを渦中の冒険者に呼びかける。
迷宮内で声もかけずに近づく奴らは、ほぼほぼ身も心も迷宮に堕ちた盗賊だ。
だからこそ何も言わずに近づいてくるようなパーティに対しては即座に臨戦態勢に入る。
逆に他のパーティに話しかける時は紳士的に遠くから声を掛けるよう心がけている。
”迷宮内で他のパーティと接する時は必ず遠くから声を掛けましょう” 新人冒険者はギルドで二番目にこの教えを学ぶ。
でも知らない人に話しかけるの恥ずかしいよね……
『冒険者か!? すまねえ助かる! こっちだ!』
「敵は!? どんな奴で何体だ!?」
『スライム! 一体だ! 離れないんだ!』
「ええ……。わ、わかった! すぐいくから持ちこたえてろ!」
モンスターの正体はオスカーの推測通りスライムだった。それも一匹だ。
スライムに大苦戦か。二つのパターンが予想される。
第一にスライムがネズミのように強化されているパターン。だが俺たちは探索の道中いくつかスライムの死骸を目にしていた。
先程倒したゴブリンの傍らにもスライムの死骸を見つけることができた。あのゴブリン達が殺したのだろう。
スライムが依然としてこの迷宮の食物連鎖の最底辺のクソザコモンスターである可能性は非常に高い。
そしてもう一つの可能性が……冒険者がヘッポコであるというパターンだ。たぶんこっち。
「ネズミのようにスライムが強化されている可能性があるんかのう?」
「そりゃないわね。ここまで見た感じスライムは相変わらずのクソザコモンスターよ。冒険者がアレなんでしょ」
だよな。ベルティーナの言う通りだと思う。
「大丈夫か!? 今助ける!」
冒険者が助けを求める玄室へなだれ込むとそこにはとんでもない光景が繰り広げられていた。
簡単に言うとベルティーナの言っていた通りだった。
「さっさとスライムから離れろって言ってんだろ! 危ねえだろが!」
「い~や~だ~ッス! もう完全に極まってるんスよ! デュランス知らないんスか!? これ三角絞めっていう高度な関節技なんスよ!!」
「ソニアお前バカか! スライムに関節技なんて効くわけねえだろがぁ!!」
男はまだ比較的あどけない幼さが残っているか残っていない程度の年齢十五、六歳程度の人間だ。
ハーフプレートアーマーにメイス。十字架の首飾りを下げていることからクレリックと思われる。
何より特徴的なのはその髪型だ。両サイドの髪を中央にまとめ上げ、”I”の形で前方向に大きく付き出している。
確かリーゼント……って名前だったかな。
そんな特徴的な髪型のクレリックともう一人の片割れのエルフの少女。
年齢は推測出来ないがベルティーナに比べて幼さを感じる。まだ若い子だろう。
クリッとした瞳、暗闇でも光っていると錯覚するほど美しくなびかせた青い髪。
そしてやや太めの眉毛がいかにも快活さを現していた。
だがエルフらしさはそこまでだ。
髪の毛はハチマキで締め付け、僧衣? モンクのような珍しい衣服を身にまとったその子はスライムに対して何か足と手を絡ませもがいている。
「ほらぁ! もう完全に極まってるっスよスライムさん! このままだと骨ごと逝っちゃいますよ!?」
「スライムに骨なんかねえんだよおお!!」
……どうやらエルフの子はスライムに……何か体術を仕掛けているつもりらしい。
男が軽いベソをかきながらメイスでスライムをペチペチ叩いているが効果は薄い。
「アイザック……これ、あのこれ、あなたに任せていいかしら……? うん。頼むわリーダー」
「頼むぞいリーダー」
ベルティーナが無表情で俺に事態の解決を丸投げしてくる。
ギフンもベルティーナもオスカーも。めんどくさいことを俺に任せるときだけリーダーと呼んでくるんだよな。
確かにこれはまさしくめんどくさい。助けるのはめんどくさくないけど救助対象がめんどくさい奴のパターンだこれ!
「あ、はいわかりました。ファイターアイザック只今冒険者の救出作業に入ります」
……なんで俺は迷宮でこんなことをしているんだろう。
ちょっと前までネズミ相手に生きるか死ぬかの瀬戸際を彷徨っていたってのに。
今はこの……なにこの……何?
スライムに関節技を掛け続けるアホエルフを助けないといけないの?
「あ! あんたらか! 頼む! このアホエルフをスライムから引き剥がしてやってくれ!」
クレリックの男がこちらに懇願の表情を浮かべてくる。
神様が目の前に表れた。そんな顔だよ。
「あいあい。今助けますからね~。気をしっかり持っててくださいね~」
しゃーない助けるとするか。
スライム相手にメイスじゃ分が悪い。その点でこの男は運がなかったな。
「ちょいどいてな。スライムはさ、胃とさ、腸をね、あ、これ一見腸に見えないけどここの器官は腸ね。切り分けると、さ」
ロングソードをエルフの女の子に当たらないよう突き刺し、腸と胃を切り離す。
するとスライムは一度ビクンと大きく身を震わす。
その身がエルフから流れ始め、すぐに床の染みと化した。
「あれ!? スライムさんいなくなったッス! 抜けられたんスか!?」
エルフの女がポカンと口を開ける。
「バカ! このファイターさんが倒してくれたんだよ! あんたすげえよ! 助かったぜ! 礼を言うよ!」
崩れたスライムと俺を交互に見ながらリーゼントの男が俺をキラキラした目で感謝の気持ちを示してきた。
やめてくれやめてくれ。こんなめちゃくちゃ簡単なことで褒めないでくれ。
「すごいねアイザック!」
「アイザックお主は最強じゃ! おお! 勇者よ世界を救いたまえ!」
「アイザックあなた、もしかして天才なのでは!?」
バカ三人組がニヤつきながら俺を茶化してくるが無視だ無視。
エルフの子も少し衣服が溶けてはいるが無事なようだ
「無事でよかったな。しかしなんでこんなワケのわからないことになったんだ?」
リーゼントのクレリックにハチマキのエルフ。そしてスライム。
「アイザック。ひとまず休憩しようか。先程のゴブリン戦からだいぶ経っている。彼らの話を聞いてみるよしよう」
オスカーはすでに火を起こし始めていた。
うーん。確かにそうだな。ここまで走ってきてだいぶ息も上がっている。
いい頃合いだ。リーゼントクレリックとハチマキエルフの話を聞くために休憩の準備に入るとするか。
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