第6話 レベルドレイン

「それで……むぐ……オスカー。お前の話を聞かせてくれよ」


 硬くて塩っ辛い。まるで干し肉のようなベーコンを無理やり噛み切っては胃の中に放り込む。

 俺はオスカーと一階の酒場スペースで朝食を取っていた。

 宿屋と酒場が一緒の施設は手っ取り早く飯にありつけるからありがたい。

 店内を見渡すと朝っぱらだというのに、すでにほとんどの客が出来上がってしまっている。

 ドワーフのファイターが美味そうに腸詰めとエールを交互に味わい、その傍らではエルフのウィザードがすました顔でチーズとワインを楽しんでいる。

 どの客も笑っている。笑っていないのは俺とオスカーだけだよ。

 すでにエールを二杯空けているがまったく酔えねえでやんの。


「君と同じさアイザック。今朝、目覚めた瞬間に自分の力の衰えを感じたんだ」

「ああ。足音ドタドタ打ち鳴らしてて不自然だなあって思ってたけどやっぱりそうだったのか」

「そう。隠密技能も鳴りを潜めてしまったし爆弾や毒を作ることが出来なくなっていた、流石に使えるかどうかは実際は試していないがまず失敗するだろうね」


 盗賊技能も錬金術師としての技量もレベル1ってか。

 爆弾は……試さないで正解だな。剣や短剣と違って爆弾は、毒もだな。うん。扱いを失敗した時を考えると危険すぎる。それ正解よオスカー。


「じゃああの短剣で?ズズズ……」


 ベーコンを口の中でスープと混ぜ合わせて少しでも柔らかくしながら質問を続ける。

 スープにベーコンの塩気が混ざる。


「そうさ。それで君のように短剣を見事にぶん投げてレベル1に巻き戻ってしまっていることに気づいた。僕の場合は天井じゃなくて壁だったけどね」

「そして俺の所にやってきたと……待てよ。なんで俺の所にやってきたんだ?」


 一年も顔を見てない旧パーティメンバーの所に即決で尋ねるってのもちょっと不思議じゃねえかな。

 いやまあ実際俺もレベル1になっていたのは確かなんだけどさ。


「レベル1に巻き戻った僕は急いで他の冒険者の様子を調べたんだ。この現象は自分だけなのか? それとも他の冒険者にも発生しているのかどうか? それで僕はすぐに冒険者ギルドに向かった」


 ああ。確かにギルドなら早朝だろうが深夜だろうが冒険者が詰めているだろう。

 冒険者に会いたきゃ酒場かギルドだ。


「結論から言うと他の冒険者にはレベルの巻き戻りが一切発生していなかった

「全員レベル据え置き?」

「ああ。レベル3の新人ファイターも。レベル15のベテラン盗賊も、特に何もなくいつも通りって感じさ。それで次にこう思った……」


 オスカーはジョッキを掴み、エールで軽く口を湿らせてから続ける


「まっずいなあこのエール。それでねアイザック。僕はレベル20だろう? だからこう思った。これはレベル20だけに起こり得る現象なのではないかと。そして……」

「それでレベル20ファイターの俺の所へ駆けつけたってわけか」

「そう。そっから先は君が素敵な素振りを僕に見せてくれた。それだけだ。」


 まいった。結局俺が新たに得ることのできた情報は

 ”レベル1に巻き戻ったのはレベル20の冒険者のみ”これだけだ。


「あの素振りはもう忘れて、くれ。ムグムガ」


 次はパンとベーコンを一緒に口に放り込み、そこにスープを流し込む。

 硬くて味気ないパンとベーコンはこうして食べるしかない。


「まとめるとだね。”レベル20の冒険者にのみ一夜にしてレベルドレイン現象が起こった”ってことさ」

「ム、グッ! レベルドレイン!?」


 俺は驚きと恐怖で喉にパンを詰まらせかけた。

 レベルドレイン! 比喩や冗談ではなく全ての冒険者が死んだほうがまだマシと思っている呪いだ。

 効果は至って簡潔。相手のレベルを奪い取る。永遠に。それだけだ。簡潔にして無慈悲!

 死んでも寺院で蘇ることが出来る(極稀に失敗する)がレベルドレインは違う。一度奪われた経験、成長。つまりレベルはもう二度と戻らないのだ。


「レベルドレイン。僕たち冒険者にとって最も恐れる”状態異常”さ」


 過去に名を馳せ剣聖とまで呼ばれた伝説の冒険者がいた。

 まるでバターのようにゴーレムを切り裂き、吸血鬼すらその男の気配に勘づけばコウモリに化けて惨めに逃げ出す。それほどの冒険者だ。

 しかし不意を突かれてレベルドレインを受けたその男は新人冒険者と同等の実力にまで下がり、そして引退した。

 喰らえばまず引退。それがレベルドレインなのだ。

 オスカーは俺たちがその呪いを受けたと言っているのだ。

 その名を聞くだけでパンを喉に詰まらせちまった。


「待ふぇ。待ふぇオスカー。今……飲み込む。……俺、たちはダンジョンでぐっすり眠っていたわけじゃないだろ。平和な街の中だぞ?そこで呪いを受けるってのはどういうわけだ?」


 納得がいかなかった。迷宮の奥底ならまだしもだ。

 平和な街(そこまで平和とは言えないが)の中でぐっすり眠っていたらレベルドレインを受けましただなんて冗談じゃない。

 オスカーは再びエールを軽くすすってからこう答える。


「だがそれ以外に考えられない。僕らに起きた現象はレベルドレインそのものだ。レベル20がレベル1になったんだ。それ以外に言いようがない」

「街の中だぜ?」

「そこが僕にもわからない」


 そう。わからないんだ。レベルドレインなんて使うモンスターはそれこそダンジョンの中でも極々限られている。

 下層の下層。それこそ最下層に属するような相当な魔力、力を持つモンスターでしか使えない呪いなのだ。

 ダンジョン上層部の小さなネズミやカエルが間違って街へやってきてしまった、なんてことすら起きたことのない街だ。

 俺も、恐らくオスカーもだろうか。何か得体のしれない予感を覚えた。

 その時だった。


「アイザック、オスカー。二人共久しぶり。来てやったわよ」


 テーブルを挟んで考え込んでいた俺とオスカーの視界に黒い影が入り込む。だがそれは影ではない。

 褐色の肌に極上の絹糸を思わせるほどのサラリとした銀のロングヘアー。それに胸元が強調された紫色のローブを身にまとったダークエルフ。

 なんてこった。ベルティーナだ。何年ぶりだろうか? 


「ベルティーナ……ベルティーナじゃないか。オスカー。お前こいつも呼んだのか?」


 天才ウィザードのベルティーナ。

 元々才能に溢れたウィザードであったが、俺達とパーティを組んでいた頃に突如才能を開花。

 使う魔法は強力無比なのだがそれだけではなく魔法と魔法を組み合わせるセンスが図抜けているのだ。

 毒の霧で敵集団を気絶させてから極大火球で引火させ大規模爆発。

 彼女の得意技だ。そのセンスと才能で絶体絶命な窮地を何度も救ってくれた。まさにパーティの大黒柱だ。


 そんなベルティーナだがパーティを解散してからはお見合い婚活パーティに日夜出席するほど婚期を焦っている。

 実際ベルティーナが俺のパーティを抜けた理由は”婚活に集中する為”、だったからだ。

 たまにこいつの噂を酒場で耳にするが、どうやらあまりうまくいってはいないらしい。

 ワイバーンと戦うよりお見合いパーティの方が難しいとはなんとも皮肉な話だ。


『300代までに絶対パートナーを見つけて結婚する!』


 ベルティーナがパーティメンバーだった頃はそんな決意を耳にタコが出来るほど聞いたものだ。

 今何歳なんだろう。後で聞いてみよう。そうだ絶対聞こう。


「もしかしたらと思ってね。使いを出しておいたんだ。事情を伝える手紙と。あのナイフを添えてね。といっても僕やアイザックと違って彼女はウィザードだから高ランクの魔法をそのまま試せばわかる話だけど」


 そうか。こいつもレベル20のウィザード。レベルドレインが発生したと考えてオスカーは使いを出したのか。

 ベルティーナはムスッとした表情を浮かべながら雑に着席する。


「ナイフ……振れなかったわよ……魔法も無理」


 テーブルに突っ伏した体勢のままダークエルフは呪詛を吐く。

 ああ……やっぱりベルティーナもか。一目でわかるくらいに彼女は不機嫌だった。

 がに股で貧乏ゆすりを繰り返すそのダークエルフを酒場にいる他の客は不憫な目で見つめる。

 ちょ、ちょっとはしたないですぞ!

 ベルティーナは隣にいるオスカーのエールを奪い取り一気に飲み干すとテーブルを直視しながらブツブツ呟く。


「冗談じゃないわよ……別に冒険者なんて半分引退してるようなものだからレベルドレインなんてどうでもいいっちゃいいのよ……でもね」


 そういえばこいつは半分引退しているような身分だったな

 隠遁生活ならぬ婚活生活を毎日送ってたんだっけか。


「それにしちゃ随分荒れてるね。僕やアイザックはまだ冒険者稼業で食っているから人生かかってるけどベルティーナ。君は何か事情があるのかい?」


 オスカーが取られたエールを寂しげに見つめながらベルティーナに問いかける。

 その瞬間ベルティーナは顔を上げてオスカーを睨みつけて食いかかってきた。


「人生? ねえオスカー! あんた今人生って言った!? 言っとくけど私だって人生かかってるのよ!!」


 突然大声を出すベルティーナに俺もオスカーも。他の客も騒然とする。

 落ち着いているのはこの酒場の店主のドワーフ。ドレンさんだけだ。眉一つ動かさずにコップを磨いている。


「す、すまないベルティーナ。そうだよね。君もレベルドレイン被害者だったね。迂闊うかつだったよ。謝るよ」


 あの慇懃無礼なオスカーもこうなったベルティーナにはもはや形なしだ。

 いやいやいや、それにしてもキレすぎだろこいつ……やだこの人怖い……


「で、でもベルティーナ。実際冒険者を引退してレベルなんて関係ない生活を送っているわけだろ? 人生かかってるってのはどういうことなんだ?」

「レベル15……」

「え?」

「レベル15以上の冒険者限定お見合いパーティにこのままじゃ参加できないのよ!!!」

「レベル15……あ、お見合い、あ。パーティ。へえ~。それは、大変なの、かなあ? うん。大変だなベルティーナ……」

「大変な問題に決まってるじゃない!! レベル15以上の冒険者はあんたらみたいな残念ファイターや残念盗賊は例外として高額物件だらけなのよ!」

「あの、僕は錬金術師も……」

「同じようなものでしょ!」

「あ、はい」


 オスカーの抗議はすぐに取り消された。


「ううううう~……王国直属兵どころか騎士様すら出てくる超レアイベントなのよ……!」


 ベルティーナはうつむいて泣き出してしまった。

 どうやらレベル15以上の冒険者だけが参加できる婚活パーティにこのままだと参加できないことを嘆いているようだった。

 うーん……しょうもない……とは言えないよな。大事だもんな人生のパートナー探しって。俺は全然興味ないけど。


「ま、まあほら。なあベルティーナもう一杯飲むか? すいません親父さーん! エールもう一杯!」


 俺とオスカーは泣き出してしまったベルティーナを落ち着かせる為に2時間とエール8杯を費やした。

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