第9話 あとは家を買わないと
「ギアアアアアアッ!」
閃いた白刃が
堅い石鱗がまるで豆腐のように寸断され地に落ちる。
《ダースラット》、《ハーピー》、《ケルピー》の群れが躍りかかり、リゲルの喉元へと迫るが彼は『転移短剣バスラ』を投擲、まとめて貫通させ魔物どもを斬り裂いた。
直後、彼の手元にバスラが瞬間移動し、手に収まる。
《転移》の効果だ。返す力でリゲルは背後のケルピー二体へ投擲――馬型の魔物の首を裂く。
地面に倒れるケルピー。この間、戦闘は約二十秒。瞬殺とも言える快挙だった。
増援がないことを確認した後、リゲルの手元に短剣が転移する。
「使えるな、この短剣は。やっぱり手元に戻るのは使い勝手がいい」
鋼すら容易く両断する斬れ味に、瞬時に手元への『転移』、そして今回は使わなかったが破壊されても『自動修復』のある効力。どれをとっても優秀だ。
『転移短剣バスラ』。オークションで手に入れて良かった。
「さて魔石の回収をしよう、完全体がいくつあるかな?」
魔石は軒並み欠けのない『完全体』ばかり。
バスラのおかげで魔石回収の効率も格段に上がってる。
いわゆる
何しろバスラは、切断力が高く、投げても投げても手元に転移してくる。さらに『自動修復』と来れば利便性においてこれ以上はない。そして装飾も気に入っている。
「これなら迷宮探索はひとまず問題ないな。あとは……」
これならそう遠くないうちに、ミュリーと住む新たな住まいも確保出来るだろう。
リゲルは弾む気持ちのまま、迷宮を出て街に戻ったのだった。
† †
「うわ、どれも高いですね……」
しかし、問題が生じていた。家が、予想外に高騰していたのだ。
街の不動産屋、大通りからやや外れた一角にて。リゲルは苦笑していた。
「うーん、これは」
彼としては、『合成』スキルと
が、意外や意外。家は最近、高騰化していた。
理由は『希少種』の魔物が増えたこと。
レアな素材を得られる魔物は、それだけで美味しい獲物。
それを目指し、ここ数ヶ月で探索者の数が増加、比例して家屋の高騰化も進んでいるらしいのだ。
特に、きちんとした設備の『屋敷』などは、数ヶ月前より四倍、五倍などもある。
これまで、リゲルは安宿だったため定期的に銀貨数十枚を払えばそれで済んでいた。
だが、きちんとした設備の家はそうもいかない。
どれもこれも金貨千枚は下らず、安くて千三百枚、高くて二千百枚。
最高位となると一億枚と言う――膨大の金貨が必要。賃貸でもその八割から七割という域になる。
もちろん、それらは金貨のみで支払えるわけではない。例えば『ランク三』の魔石は金貨四枚以上なのでそちらで代用可能だし、さらには高級武具を売ればそれ以上になることもあり得る。
ゆえに、【合成】スキルを持つリゲルは魔石やそれを売って、家を買うのも容易と思ったが、それでも時間が掛かるらしい。
さすがに金貨千枚を一日やそこらで出せるほど便利ではない。バスラを競売で得た関係で残存の魔石がかなり減った。今後の戦闘を考えると、無駄遣いではないが、再度金貨千枚以上得るとなると、当分かかる。
あとは中級程度の宿屋に泊まる選択肢だが……そちらはミュリーの安全性を考えると躊躇してしまう。
「さすがは都市部……他の街では考えられない物価だね」
アーデルの裏切りの後、リゲルが放浪していた時期、途中の街ではこちらの五割ないしそれ以下の値段だった。
リゲルとミュリーは今、衛兵の駐在所で一時的に寝泊まりしているが、いつまでもそこにいるわけにはいかない。
『仮面』の刺客がまたいつ現れるか解らない。
衛兵は野盗などに襲われた人を保護する制度があるが、それにも限度がある。
早急に新しい家が必要なのだが、出鼻をくじかれた形だった。
「そうすると、臨時の高収入が欲しいな」
カジノ、武具売買の類は駄目だろう。金額や確実性に欠ける。
持っている品を競売屋に出すか? これも確実性に難点が。
となるとやはり、バスラを要に迷宮にひたすら潜り込むのが無難かもしれないが……。
「あ、そうだ、もう一つだけ選択があったか」
リゲルは思い立つと、別の小さな通りをいくつか経由した。
そして十分後、大通りから外れたすら寂しい一角に着いて――。
「へい、らっしゃい。二人住まいですか? そうですねぇ……」
リゲルは格安物件屋にいた。
別に、安くて良い物件がないわけではないのだ。
『事故物件』――それらを当たれば、それなりに良い条件の家屋は存在する。
「この南通りの家なんかおすすめですね。裏に川があり、観葉植物もあり、近くに美味い食堂もあります。武器屋も近いので探索者の方にはおすすめかと」
「ふむふむ。良さそうですね」
カタログの羊皮紙を見ながら頷くリゲル。
ただ、そう言った家屋にはやはり一つか二つの問題が存在するものだ。
「一応聞きますけど、そこ、何かありますか?」
「……え? あー、強いて言えば、隣近所に『筋肉マッスル同盟』という
リゲルは顔をひきつらせた。
「あの……すごく嫌な予感がするんですけど」
「はい、そうですね。……胸筋ぴくぴく動く筋肉ゴリラ五体ほどに囲まれ、ほとばしる汗や笑顔と共に変な液体飲まされるのに抵抗がなければ、オススメできますが」
「他にします」
誰がそんな所に住めるか。僕が筋肉男になったらミュリーが気絶する。
いや、ミュリーにも筋肉勧められてマッチョミュリーになったら死ねるだろう。
無理、無理、そんな未来は嫌だ。
リゲルはそう言って、別の不動産屋に赴くが――。
「はい、格安物件ですか? これなどどうでしょう? 建物は綺麗ですしアロマが芳しいですし、オーナーが元探索者ですので武具も融通してくれます」
「で、問題の方は?」
「……ええとですね、裏の建物に『マフィア』の拠点がありまして。たまに『指斬り飛ばすぞオラァ!』とか『金きっちり払わんかいゴラァ!』『兄ちゃん金が足りないのか? ――肝臓、膵臓、心臓、どれがいい? 高く買うよ?』とか、そういった類の声が聴こえ」
「ありがとうございました」
辞退して踵を返す。
無理。駄目だ。ミュリーが怖がる。一日も休まる気がしないし、精神衛生上、非常によろしくない。
怖がるミュリーに抱きつかれるのも一興だが……いやいや、それでは本末転倒、ミュリーが心から安らげる場所でなくててどうする。
次だ、次。様々な不動産屋をリゲルは見て回る。
「昼は凄く静かなんですけど、夜になると『あんっ……激しいよ、もうダメ、ダーリン~~っ』と嬌声が聞こえる家ならありますな。他にも、『お兄さん、あたしと一緒に気持ちよくなろう。アッ――ッ!』とか女の子同士の喘ぎ声が」
「娼館とゲイバーとレズバーに囲まれた家とかどうしろと?」
リゲルは頭を抱える。
どう考えても無理だ。毎日頭の中がピンク色になって狂いそう。
そのように、いずれもそのような有様で、安物件はやはり問題あるものばかり。
ミュリーと二人で暮らすには問題がありすぎた。
それに時期も悪い。
ちょうど、『希少種』と呼ばれる魔物が迷宮に多数出現した関係で、ますます他地方から探索者が多く集まっていく見込みだ。
上級探索者が良質物件を押さえ、中級探索者が中流物件を押さえ、そしてその下は――というように、下の中レベルの探索者だったリゲルには分が悪い状況が続く。
「くっ、僕はミュリーと静かで安全な場所で暮らしたいだけなんだけどな」
やはり、迷宮探索をもっと過密にするか?
あるいは武具を競売に出すか?
それがギャンブルなど他の手も……。
そう、リゲルが結論づけようとしていた時だった。
「あ、お客様、一つだけ、建物の状態も周りの環境もまともな物件がございますが――」
「本当ですか? ぜひ詳細を聞かせてください」
――十数分後。
「なるほど、分かりました。そこを視察してみます」
十八件目の店で見つけた物件に、リゲルは賭けてみることにした。
「(今度こそ、良い場所があるといいのだけど)」
リゲルが紹介してもらった物件。
それは――『幽霊屋敷』だった。
【リゲル(本名アルリゲル) 十八歳 探索者
(元ヴォルキア皇国の『六皇聖剣』) レベル26
探索者ランク:『
クラス:
状態異常:『能力簒奪』(アーデルにより能力の大半が奪われている)
称号:『裏切られた英雄』『克己者』 (HPゼロ時、高確率で生き残る)
(習得する経験値が通常の1・5倍となる)
『精霊との契約者』 (スキル【合成】が発動可能になる)
体力:298 魔力:287 頑強:258
腕力:265 俊敏:256 知性:314
特技:『短剣技Lv3』 『投擲術Lv4』
魔術:『付与魔術Lv4』 『補助魔術Lv3』 『回復魔術Lv4』
装備:『転移短剣バスラ』
『スチールナイフ』×15
『レザーシリーズ一式』
『グラトニーの魔胃』×5 (数トンの持ち物が入る)
『魔石』×534 (拠点内を含む)
スキル:『見切りLv7』(広範囲攻撃以外、高確率で回避する)
『合成Lv2』
(あらゆる魔石、もしくは魔石の欠片を【合成】することが出来る。詠唱を『短縮』して発動可能)】
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