第6話 商店街のヒロイン(春菜)

「おはようございます! あれ? 今日は春菜さんだけですか?」


 夕方なのに『おはようございます!』と商売人特有の挨拶をして、増田茜ちゃんが店に入って来た。彼女はカウンターの中に私一人なのを確認すると、不思議そうに訊ねてきた。


 午後五時前。平日のこの時間になると、私の勤務時間が終わり、代わりのアルバイトの高校生が店にやってくる。今日は桜北の一年生の茜ちゃんがシフトに入っていた。


「おはよう。そうなの、今日はマスターが買出しに行くって、戻って来るまでは残業なのよ」

「そうなんですか。残業は辛いですね」

「まあ、たまには仕方ないね」

「じゃあ、私もすぐに用意して入ります」


 茜ちゃんはそう言うと、カウンター奥の物置兼バックルームに入って行った。


 茜ちゃんはクラスで学級委員長を務めるくらいのしっかり者。休日は同じ時間に働くこともあり、テキパキと要領よく働いてくれるので助かっている。彼女の家は商店街の中で青果店を営んでいる。幼い頃に父親を事故で亡くしていて、店は母親と祖父母で経営しているらしい。そんな家族を助けたくてアルバイトを始めた、健気で優しい女の子なのだ。少し歳は離れているけど、私は妹のように可愛く思っている。


「今日は今のところ暇みたいですね」


 店のエプロンを着けた茜ちゃんがバックルームから出てくる。今店内には一組の若いカップルがテーブル席に座っているだけだ。


「そうね。もう少しすれば、仕事帰りの人で忙しくなるかもね」

「じゃあ、今のうちに掃除してきます」

「うん、頼むわね」


 私達は忙しくなる前に、出来ることを早めに片付け始めた。



「今日は暇ですね」


 茜ちゃんがカウンターの中から窓越しに、日が完全に落ちて暗くなった外を眺めて呟く。


 私の予想とは違い、七時前になった今は店にお客さんも居らず、暇なままだった。


「まあ、そんな日もあるよね」


 私はふと、茜ちゃんの横顔を眺める。まだ幼さを残しているものの、目鼻立ちがハッキリした美人顔だ。あと五年もすれば、道行く人が振り返る程の女性になるんじゃないかと思う。


「茜ちゃんは彼氏が居るの?」


 私は思わず、心の中に浮かんできた疑問を、そのまま口に出していた。


「ええっ、いきなり大谷選手並みの、剛速球な質問ですね」


 そう言いながらも、彼女は笑顔で、気を悪くはしていないようだ。


「ごめん、ごめん、茜ちゃんの綺麗な横顔見てたら、ついね」

「いやあ、引かれるかも知れないけど、今まで彼氏が出来たこともないんですよね。どうやったら出来るかも分かりませんよ」

「ええっ、ホント! でも告白はされたこと有るんでしょ?」


 私は驚いて、失礼なのも忘れて、突っ込んで聞いてみた。


「告白されたことは有りますけどね。でも、自分も好きじゃなければ、付き合う気にはなれなくて……」

「まあ、それはそうよね」

「勉強や家の手伝いとかもしたいし、時間がもったいないって思っちゃうんですよ」


 ホント健気で素直で優しい良い娘だわ。生まれながらのヒロイン体質よね。


「じゃあ、好きなタイプの男子ってどんな人?」

「好きなタイプか……いつでも一生懸命な人かな。頑張っている人って応援したくなるじゃないですか。そんな人なら彼氏にしたいかな」

「なるほどねえ……」


 私の頭の中で妄想が動き出した。


「どうしたんですか? 難しい顔して」

「いや、茜ちゃんをモデルにして小説書こうかなって考えてさ」

「ええっ、私なんかヒロインにしたって面白くないでしょ。部活も恋愛もしてないですし」

「いやいやいや、茜ちゃんみたいな正統派ヒロインなかなか居ないよ。正統派過ぎるってところがネックになるほどね。

 でも、北斗の拳のケンシロウと同じ理屈よ。ケンシロウ自身は正統派過ぎるくらいのヒーローで面白味に欠けるかも知れないけど、周りに濃いキャラを配置すれば、あれだけの名作になるのよ」

「ケンシロウはよく分かりませんけど、春菜さんの役に立つなら協力しますよ! だって、春菜さんも小説家目指して頑張っているんですからね」

「もう、ホントなんて可愛いこと言ってくれるのよ!」


 私は思わず茜ちゃんに抱き付いてしまった。


「あ、でも私をモデルに小説書くなら、春菜さんも出てくださいよ」

「ええっ、私?」

「そうです! 春菜さんと私って良いコンビになると思うんですよね」


 そうか……二人で出るストーリーなら何が良いかな……。


 でもちょっと待って。さっきの北斗の拳の流れで言うと、茜ちゃんが正統派ヒロインのケンシロウ役で、その周りに居る濃いキャラって私のこと? もしかして、散々好き勝手やらかした挙句に「我が人生に悔いなし!」と言っちゃう人? そりゃあ、あれだけ暴れまくれば後悔は無いだろって言うね。


 茜ちゃんて毒舌キャラ? いやいや、茜ちゃんはそんな娘じゃないわ。きっと天然なのよ。


 ん? どこから見ても完璧な正統派ヒロインが、実は天然の毒舌キャラ。でもって、目の前に現れる様々な謎を天然っぷりで解決していく。私は相棒の、ちょっとMッ気のあるお姉さん。ヒロインに虐められながらも、大好きでサポートして、事件の解決につなげていく……。


「ミステリーか……」

「ミステリー? 良いですね!」

「茜ちゃんが探偵役で、私がサポート役。あなたがホームズで私がワトソンになるのよ」

「面白そう!」

「この商店街を舞台に二人が謎を解明していくミステリー。もちろん恋愛もアリよ」

「恋愛もあったら良いですね! 春菜さんの恋愛経験を活かして、良いストーリーになりそう!」


 うっ、触れられたくない秘孔を突いてきた。やっぱりケンシロウね。


「実は私、恋愛経験豊富じゃないの……もう彼氏いない歴も長いし……」

「あっ、ごめんなさい……春菜さん可愛いし、性格も明るいからモテるのかなって……」

「いやいやいや、私も聞いたんだからお相子よ」


 ホント、ちゃんと謝れる良い娘だわ。


「私、小説のお手伝いしますから、なんでも聞いてくださいね!」

「ありがとう。もし、好きな人とかできたら教えてね。参考にするから。相談にも乗っちゃうよ!」

「はい、ぜひそうします!」


 茜ちゃんは笑顔でそう言ってくれた。


「あっ、でも春菜さん恋愛経験あまりないんじゃないですか?」

「くうーっ」


 この天然っぷり、癖になりそう。


 こうなったら、この娘主人公にして、絶対面白い作品を書いてやるんだから!

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