第二十四話「もしかしたら、ワッツ・ストロガッツモデルの場合、次数分布は格子とポアソン分布の中間となるので、スケールフリー性を満たさないことを気にしているのかもしれない」


 友達の友達は、友人である可能性が高くなる。



 この性質は、社会的ネットワークの知見からも説明できる。



 社会的ネットワークとは、個人や組織をそれぞれ単一のノードに置き換えて、それらのノードの社会的な構造を複雑ネットワークの一種として見立てた考え方である。



 分析には、統計学やグラフ理論の知識が用いられる。グラフ理論において、グラフGは頂点ノードの集合 V = {v1, v2, ..., vn} とリンクの集合 E = {e1, e2, ..., em} で表記される。



(ワッツ・ストロガッツモデルを用いた俺の人間関係シミュレーションの結果によると、いま俺が孤立しているように見えるのは友人関係のリンクを遠くに飛ばしてないからだ)



 代表的なネットワークの一つ、ワッツ・ストロガッツモデル(全ての頂点から近隣の a 個の頂点にリンクを繋ぎ、そこからそれぞれのリンクについて確率 p でランダムに張り替えることで得られるグラフ)は、単純なアルゴリズムで得られるにもかかわらず、社会的ネットワークのような複雑ネットワークにとても近い性質を持つ。



 それが、スモールワールド性とクラスター性。



 スモールワールド性とは、俗に言う六次の隔たりのことで、「知り合いの知り合いの知り合い……と辿っていったら、自分から六人ほどを間に挟むことで思いもよらない人と繋がっている」というものである。ネットワークの規模にもよるが、同じ大陸内であれば、大体六人ぐらいを間に挟めばどこぞやのお姫さまやお嬢様と繋がっているものである。

 そして、ワッツ・ストロガッツモデルで得られたネットワークは、一部にショートカットが生じるため、任意の二点間の平均最短距離はほぼ d ∝ log N となりスモールワールド性を満たす。



(※補足)

 N個の頂点それぞれに、平均k本の枝を持つネットワークがあると、dステップ離れた頂点は最大で k^d 個ある。dを大きくしていっても頂点数はNを超えることはない。

 ここで、k^d≒Nとなる瞬間を考える。k^d≒Nとなる瞬間というのは、ネットワークのほぼすべての頂点に到達するようなステップ数dにようやく達した瞬間である。両辺の対数を取ると、ネットワークの平均距離dについて、d ≒ log N/log kが得られる。

 任意の二点間の平均最短距離d ≒ log N/log kとなるのは、あくまでネットワークがほどよく分散して、任意の二点が離れすぎてない上手なバラけ方になっていることが前提である。だが、そのようなバラけ方である場合は、どれだけネットワークの頂点数Nが大きくても、たかだか log N に比例する程度の距離を辿ればほぼ好きな点に辿り着ける。この性質をスモールワールド性という。

(※補足終わり)



 一方でクラスター性とは、密な連携のことである。

 たとえば自分と知り合いAを置いたとき、その二点と三角形を作れるような共通の知り合いBがいる確率はそれなりに高い(おおよそ0.1〜0.7とされる)という性質をいう。これをネットワーク全体で平均したものを、そのネットワークのクラスター係数と呼ぶ。



 ワッツ・ストロガッツモデルは、格子の構造を部分的に残していることで、クラスター係数は比較的高くなるため、クラスター性も満たす。



 すなわち、ワッツ・ストロガッツモデルを使った友人関係の研究を行うことにより、友人関係のシミュレーションを数理的に行うことが可能なのである。

 これをもって、友人関係のエキスパートだと言ってもいいだろう。一般の人たちは定性・定量的に分析しないが俺はできる。



 さて、ここから上記の知見を応用して、友人を増やすにはどうすればいいか。

 俺の導き出した答えが、“部活動を立ち上げること”であった。



(人間関係は数理モデルじゃないけども、ジャポニカ・ジンクス曰く、“類は友に及ぶ”だからな。友達の友達とは似通った類似部分があるから、友達になりやすいというわけだ)



 まずは、友人関係のクラスターを作る。

 そして楽しい部活動を通じて「せっかくだからこの子も部活動に招待したいんだけど」という招待の確率を高める。

 加えて、部活動の内容を“依頼を受け付ける”という形式にすることで、離れた人間関係とのリンクを形成するきっかけとする。



 このことを自信たっぷりに説明したところ、うちの妹ターニャにぎゅっと抱きしめられてしまった。

 他のみんなからも同情の眼差しを受けてしまい、いつもは数理モデルなどの説明に興味津々であるはずのアイリーンでさえもなんだか可哀想な子を見るような顔をしていた。



 何故だろう。

 もしかしたら、ワッツ・ストロガッツモデルの場合、次数分布は格子とポアソン分布の中間となるので、スケールフリー性を満たさないことを気にしているのかもしれない。

 なかなか鋭いところに気がつくじゃないか。



 何となく周囲とずれているような気がするが、気にすべきことではないだろう。











 ◇◇











 ヨハン・ゲオルク・ファウスト先生は、この学院においても知名度の高い先生である。

 若くして准教授の立場にある彼は、大学時代に錬金術に傾倒して今に至るという。かつては、法学、論理学、科学、神学のいずれにも満足できず、一度は自殺を考えたらしいが、思い直して今に至るという。



 錬金術師としての腕前は、かなり高い。

 俗にいう“悪魔的”という例えがよく似合う。



「あの知的なルックスと、どことなく漂う影のある雰囲気がいいんです! 私にとってヨハン先生は理想の人なんです……!」



 我が魔術研究部の最初の依頼人、アマンダは、見るからに大人しそうな外見なのに、どことなく思い込みが強そうな印象の女性であった。

 空き教室の空いている席に座って、そっと来客用のお茶を差し出したものの、彼女は一口も手をつけずに説明を続けていた。



「あれは少し前のことでした。いつものように調薬学のレポートを仕上げるために図書館に向かっていたときのことです。その日、脱走した牛の魔物が私に向かって襲いかかってきたんです」



 お茶を飲んでいる途中に急に牛の話題になったので、俺は思わずむせそうになった。吹き出さなかったことを褒めてほしいぐらいである。

 絶対あのオピオタウロスの一件だ。



「私、あまりのことにぼーっとしちゃって、あ、これ死ぬな、って妙に冷静に思いました。もう助からないなあと。私の人生これで終わるんだ、って。……まさにそんなときなんです、先生が私を助けてくれたのは」



 アマンダ曰く、それは運命的な出合いだったらしい。

 突如お姫様抱っこで抱きかかえられて、そして間一髪でその場の危機を回避できたらしい。

 お茶に手を付けずにぐるぐるとスプーンでかき回すだけかき回して、そのときのヨハン先生がいかに格好良かったかをひたすら語るアマンダの様子は、まさに“乙女”であった。



「私のことをお姫様抱っこで抱えながら言うんです。怪我はなかったか、可愛らしいお嬢さん、って。私もうそれで恋に落ちたんです。知的な男性、格好いい登場、キザな台詞、もう惚れる要素しかないですよね?」



「どうだろうな。恐らくは吊り橋効果が少し働いていると思うが」



「格好よければいいんです!」



 一瞬脳裏をよぎった俺の疑義を、アマンダはすぐさま否定してきた。

 果たして、本当に惚れるしかないだろうか。

 俺だったらどうだろう。突然見知らぬ人にお姫様抱っこをされた後、クサイ台詞を聞かされたとしても、ときめいたりはしない。もちろん逆に、女の子を助ける際にそんな歯の浮くような台詞をかけることもあり得ない。



 なんだか奇妙な既視感があったが無視をする。どこかで似たような話があったようななかったような。



「だから私、ヨハン先生にお礼を言いたくて……! そして、あわよくば恋人になりたいなって思ってるんです!」



「……なるほどねえ」



 あわよくばってなんだよ。

 そんな突っ込みを内心で入れながらも、俺はとりあえず話を整理してみた。



 ヨハン先生はアマンダを助けた。

 彼女はそれ以来、先生のことが好きである。

 だから彼女は、先生と恋人になりたいと思って相談をしてきた。



 単純な話だったが妙に引っかかる点がある。それをうまく言語化できる自身はないのだが、どうもすっきりしない気持ちだけが胸に残った。



 代わりに俺は、杓子定規のような言葉を口にしていた。



「とりあえず、先生と教え子の恋は原則禁止されている、というのは知ってるか? さっきまでは生徒同士の恋愛だと思ってたから応援する気満々だったけど、先生相手となるとちょっと話は変わる。規則はうちではどうにもならないけどいいか?」



「あ、それ生徒会で可決されたぞ。先生と教え子の自由恋愛は可能だとさ」



「え」



 ナーシュカが横からさり気なく衝撃的な情報を補足してくれた。

 先生と教え子の恋愛可能なのかここ。自由な学校だとは聞いていたが、ここまで自由だとは思ってもいなかった。



(じゃあ、応援するしかなくなるのか……)



 つまり懸念事項はなくなった。

 話は元に戻って、アマンダの恋を応援する話に単純化されたのである。であれば問題ない。最初はそのつもりだったのだから、その通りに遂行すればいいのだ。



「……分かった。我々、魔術探求部が力を尽くして、最高の告白シチュエーションを提供しよう。ヨハン先生が君の告白を受け入れるように努力を尽くす。断られる確率を下げるためのあらゆる策を講じよう」



 俺は一瞬だけ心に引っかかりを覚えながらも、アマンダに向かってそう告げた。

 アマンダは顔をぱあっと明るくして「本当ですか!?」と喜んでいた。



 他のみんなは、何かもの言いたげな様子だったが、俺が断言した以上は下手に口を挟まなかった。



 みんな考えていることは一緒なのかもしれない。



 ヨハン先生にはあまりよくない噂がある。曰く、女性をもてあそぶ男だと。



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