第4話

「ここが私たちの拠点にしている街、アーガスです」


 アッシュに紹介され、私は改めてアーガスの街並みに目をやる。

 正直なところ、街並み自体は私の時代とそんなに大きな差はなさそうに見える。


 大きな違いは、魔道具があるかないか。

 例えば街灯にはろうそくが置かれているし、通りにあるのは、徒歩の人か、生き物が引く昔本で読んだ馬車みたいなものしかない。


「それでは、約束通り、少し話を聞かせてください。この先に私たちの常宿があります。そこへ行きましょう。ちょっと混み行った話なので、人がいないところで」

「え……? 人のいないところ……?」


「もちろん害を加えることは絶対ないと誓いましょう。と言っても、言葉にする以外、証明のしようもありませんが……」

「ううん。あなたたちが悪いことを考えているのなら、わざわざ私を街まで送ろうとしてくれなかったはずだもの。信用するわ」


 もし何かしらの危害を加えたいのなら、出会ったあの場ですればいい。

 あそこなら他の人の目もないし、想像すると怖いけれど、死体ができたってそのまま置いてくればいいのだから。


 ということで、私はひとまずアッシュの言葉を信用することにした。

 現状頼れる人がこの人たち以外にないというのも大きな理由の一つだけれど。


「そうですか。助かります。それでは、案内します」


 アッシュはそう言いながら街の奥へと進んでいった。

 私も慌ててその後を追うと、私の隣に、同じ歩幅でクレイが近寄って来て口を開いた。


「それにしてもさ。エマのその格好ってなんなの? 特にその白いひらひらした外套みたいなやつとか」

「私の格好? なんか変かな?」


 言われて私は自分の格好に目を向ける。

 今着ているのは動きやすいような短パンと、ぴっちりした袖の短いシャツ。


 その上に研究室で義務付けられていた白衣を羽織っている。

 正直、裾がピラピラして、作業の邪魔になるので、私は個人的に好きではないのだけれど。


「そんなに珍しいかな? 普通じゃないのか、この格好……」

「わ、わぁ! 何見せてんだよ!!」


 私が白衣のボタンを外して、開いて見せてみると、突然クレイが顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。

 なんだろう……ちゃんと中にも服を着ているんだから、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。


 それとも私の身体は見たくもないほど醜悪だとでも言いたいのだろうか。

 よし決めた。今後クレイとは、必要最低限しか口をきいてやんない!


 少しぷりぷりしながら歩いていると、先を歩くアッシュが足を止めた。

 目線をあげると、扉の上には、【熊と小鹿亭】という看板が掲げられていた。


 ところで、私は今、苦もなくアッシュたちと話したり、千年後の文字で書かれた看板を読んだりできているわけだけど。

 これにはちょっとした秘密がある。


 今はどれほどの数の国があるのかも分からないけれど、私の時代には各国、各人種で様々な言葉が用いられていた。

 もちろん共通語というのもあったけれど、必要な情報がそれで書かれているとは限らない。


 ま、もっと言うと、私はその共通語も不得手だったんだけどね。

 なので、私は一つの魔道具を、私専用に創りだした。


 それが今かけているこのメガネ型の魔道具で、相手の話している言葉や、見ている文字を、私の母語に自動的に翻訳してくれる。

 逆に私が話す言葉は私が意識している人の言語に訳してくれるのだ。


 問題は私が書いた文字だけは、相手には通じない。

 こればっかりはそのうち勉強しないと。


 まぁおいおい……

 ということで、このメガネはぜーったい無くさないようにしないとね。


 一応スペアも用意してあるけれど、魔道具創りがなくなった世界で、同じものがまた創れる保証はないのだから。

 私は少しズレたメガネをかけ直す。


 その間にアッシュたちは扉を開け、中に入っていった。

 三人が中に入った後も、アッシュは扉を手でおさえ、私が入るのを待ってくれている。


 うーん。紳士的!

 どっかの失礼なクレイとは大違いだね!!


「ありがとう。わぁ! 素敵ね!!」


 中に入って内装に目をやると、そこには素敵としか言いようのない空間が広がっていた。

 淡い間接照明に照らされた、磨きあげられた調度品の数々は、長年丁寧な扱いを受けたようで、新品にはない質感を醸し出している。


「おう! アッシュ。帰ったか。いいもん見つかったか? それで? ウチを褒めてくれた可愛らしいお嬢さんはどうしたんだ? とうとう食うに困って誘拐でも始めたか? がっはっはっは!!」


 カウンター越しから髭面の大男が話しかけてきた。

 自分で言った冗談で笑っているが、とにかく見た目も大きければ声もデカい。


「馬鹿言うな。ベアード。こんなの誘拐するかよ。それに俺らは食うに困ってなんかねぇだろ」

「がっはっは。相変わらず冗談が通じないやつだな! クレイは!」


 あー!

 今私のこと、こんなの、呼ばわりした!!


 それ比べてベアードは可愛いお嬢さんって言ってくれたんだから、お世辞って分かっているけど好感度上がるよね。

 見た目は熊みたいだけど……

 あ、もしかして?


「もしかして、この建物の名前の熊と小鹿亭の熊って……」

「ん? ああ。俺のことだぞ。ちなみに小鹿はカアちゃんだな! 可愛らしくてびっくりするぞ!!」


「出たよ……また、ベアードの惚気。はいはいご馳走様」

「なんだぁ? クレイもいい歳だろ。そろそろ可愛らしい彼女の一人くらい作らないのか? 例えばこの可愛らしいお嬢ちゃんとか……」


 ベアードの発言を聞いた瞬間、その続きを遮るように私は叫んでいた。

 そして、私と全く同じタイミングで、クレイも全く同じ言葉を叫んだ。


「冗談じゃない!!」

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